七十七、本気ですか
「もう暑くないですか?」
気温14.3℃。出身地から南に遠く離れた九州で、私は上着を脱いだ。
「そうだなぁ。正直北国育ちのあたしらからしたら、上着なんて着て来なくても良かったな。」
地図上の『寅』の文字が光ったことを陰陽神社で確認したのち、私たちはネット上で噂になっている、不可解な事件を発見した。
それは、九州のとある川辺で起こっている、子供の連続殺人事件。学校や塾帰りの子供が、帰宅時間に家に戻らず、翌日になると川辺で死体となって発見されている。その死体には、身体中の血液が一滴も残っていないという、不可解な共通点があった。
「しかし、暑くても川で遊ぶ子供が少なくなったことは、不幸中の幸いだな。引き摺り込まれる人数がこの人数ですんでいるのは、奇跡に等しい。」
この地に伝わる民間伝承に、『水虎』という妖怪の話がある。川辺で遊ぶ子供の足を掴み、川の中へと引き摺り込む。水虎は引き摺り込んだ子供の生き血をすすり、血液と魂の抜けた身体のみを陸地に返すという。
「『水虎』と言うのでしたっけ?昔同じ悪さをしていた妖怪というのは。」
「あぁ、十中八九、今回式神たちと融合しているのは水虎で間違いないだろう。式神の使い手となる陰陽師はこれから探すしかないが、これ以上犠牲者を増やす訳にもいかない。」
「私個人の希望としては、同じく生き血を吸われるのなら、虎ではなくイケメンの吸血鬼がいいのですけれど。」
「あほ。不謹慎なこと言うもんちゃうで。」
「でも、どうやったらそいつは、姿を現わすんすか?子供が引き摺り込まれるのを待ってるっつー訳にもいかないでしょう。」
「それは…。」
仙太郎さんは、少々バツの悪そうな顔をして私の方をチラリと見た。
え…何その顔。
その視線に気がつき、一瞬目を逸らす。嫌な冷や汗が私の頬を伝った。
「あのぉ…、もしかして仙太郎さん、まさか方法が他に無いから、誰かをおとりにしようなんて…。」
そう言いかけると、仙太郎さんはズカズカと真顔で近づいてきた。そうかと思うと、勢いよく頭を下げて、こう言った。
「すまん。」
「へ?」
「は?」
「ちょっ…お前!」
「…すまん。」
「…いやーっ!!!」




