五、月夜の兎
「よいしょっ…と。」
私は唯来姉に支えられ、鳥居の前にたどり着いた。奥を見ると、雑草は生え放題、拝殿はボロボロで、とても手入れがされているとは思えぬ有様の神社だった。先に登り切った京音さんが、腰に片手をあてて言う。
「やっぱこんな夜遅くに人はいないか。それどころか、今やってるのかどうかも怪しいね。千晶ちゃん、坂道お疲れ様。」
「はぁ…大丈夫。いやぁ、歳はとりたくないねぇ。」
「歳じゃなく怪我でしょ。」
「あはは、ツッコミどーも。」
「とりま、素通りしたらバチ当たりそうだし、参拝しよっか。」
冗談を言いながら、私たちは鳥居をくぐった。
その時だ。
突然、ドーンッという大きな音が響き、地面が揺れた。
「え?何?地震?」
「…違う。あれっ…!」
京さんは、震えているが比較的冷静な声で、壊れた石灯籠の方を指差した。その先には、握り拳大の青白い火の玉がゆらゆらと揺らめいている。するとどこからともなく、琴や和太鼓の艶やかな音色が聞こえ、周りの木々がざわめきだした。
「何!?なんなの一体?」
う〜さ〜ぎ〜う〜さ〜ぎ〜
「この曲って…。」
よく耳をすますと、子供の頃に聴いたことがある、懐かしの旋律。
な〜に〜み〜て〜は〜ね〜る〜
それは十五夜の夜、月に焦がれた兎が天に向かって跳び跳ねる古の童歌。
じゅ〜う〜ご〜や〜お〜つきさ〜ま〜
青く光る文字の帯が火の玉を囲むように回転し、火の玉は少しずつ形を変えていく。
み〜て〜は〜ね〜る〜
音が鳴り止むと、蒼い目をギラつかせた漆黒の兎が、光の中から姿を現した。
『グオォォォオオオォォォオオオォォォオオオ!!!』
兎は、その大きさからは想像できない、ドスの効いた声で雄叫びをあげた。