四十二、犬神
「ご馳走様でした。」
店員さんにそう言ってうどん屋から出ると、外はもう暗くなっており、吐く息がうっすら白く見えた。
「それで、恭士さん。次は何処当たってみます?」
「せやなぁ、もうだいぶ暗くなってしもたしなぁ。下手に動いて、犬神に襲われてもかなわん。一旦宿に帰るで。」
犬神。それは平安時代、陰陽師が呪物として使役し、西日本に数多く逸話の残る犬霊の憑き物である。犬を首だけ出して土に埋め、ギリギリ届かない距離に餌を置く。そうして飢餓状態となった犬の首を切り落とすと、首は餌に食らいつく。その首を焼き、骨を器に入れて祀ると、永遠に術者、及び血縁者に取り憑き、術者の願望を叶えるとされている。
しかし、犬神は従順に憑き人に従うものにあらず。時には術者の家族を殺し、その死体には、大きな犬に噛まれた様な不審な傷跡が残っているらしい。
私たちが陰陽神社で見た、四国上で静止する「戌」の文字。それはこの地で、選ばれし陰陽師が、「戌」の式神に憑いた悪霊を浄化したことを意味する。それと同時に、その陰陽師が恭士の様に、現代まで陰陽道を受け継いだ家系の人間であることも意味する。
その陰陽師は、選ばれし陰陽師、大災厄についてどこまで知っているのか。それを確かめる意味でも、この仲間探しは私たちにとって特別なものであった。
という訳で四国に来てみたはいいが、初日で陰陽師を見つけることは出来ず、代わりに、犬神に殺されたかの様な死体が、この地で次々発見されているという情報のみを入手して、現在に至る。