二、嵐の前の…
「おーし、着いたぞ。皆起きろー。」
担任の山口先生が、生徒に向けて声をかけた。どうやら今夜宿泊する旅館に着いたらしい。
私は小さく肩を回し、隣の輝を揺すった。
「着いたってよ。降りるの手伝って。」
「ん〜、後5分。」
輝はそう言ってもぞもぞと動いた。心なしか、口角が少し上がっているように見える。あ、これ絶対わざとだ。
「ふざけてると置いてくぞ。起きろ!」
輝の後ろに座っていたクラスメイト、佐々木唯来が彼の頭にチョップをくらわせた。
「いってーな。ちょっとふざけてただけじゃん。」
輝はわざとらしく頭をさすった。
「そんなに強くやって無いでしょ。ほら、荷物持ってあげるから先に行こう、千晶ちゃん。」
彼女は、私が靭帯を切った時に丁度ペアを組んでいた、空手部内唯一の同学年女子だ。
あの時は、突然目の前で崩れ落ちたため、大変驚かせてしまった。
輝はたいして相手にされなかったことに少々いじけながら降りる準備を始め、唯来姉はひょいっと私のバックを持つと、空いている側の手で私の手をとった。
3人は他のクラスメイトたちに混ざってぞろぞろとバスを降り、旅館の中へと入る。
一階のロビーは思いの外広く、明るい照明と擦りガラスのテーブルがある。旅館というよりホテルだな、という印象を受けた。
2年生全員がロビーに揃うと、先生たちが連絡事項を告げる。寝起きで意識がはっきりしていない生徒が数多くいる中、茶色いおじさんこと、学年長の高館先生がマイクを取った。
ちなみに、何故茶色いおじさんかというと、休みの度に趣味の登山に行き、月曜日にはこんがりと日焼けして現れるから、である。
「えー、ここで皆さんにお知らせがあります。先生たちで相談した結果今夜、8:00まで外出して良いことになりました!」
その言葉に反応し、寝ぼけていた生徒たちの目が急に爛々としはじめた。
「ただーし!外出は複数人で、担任にその旨を伝えてからにすること!明日の集合は、朝8:00。食堂でな。その前に出発する準備はしておくように。寝坊すんなよ!以上!解散!」
茶色いおじさんのパワフルな連絡の後、生徒たちは思い思いの場所に散っていく。私も、いわゆるイツメンとなっている、2次元好きの仲良しメンバーと集まった。
「どうする?皆外に出る?私は夜風にあたりに出るけど。」
最初に口を開いたのは、メンバーの中で一番色白の女子、圓鍔京音だった。
「ん〜、僕はいいかな。千晶ちゃんが出るなら、付き添いも兼ねて出ようと思うけど。」
唯来姉はそう答えて、私を見た。
「う〜ん…。明日の飲み物だけ買っておきたいから、コンビニに行きたいかな。付き添いいい?唯来姉。」
「いいよ〜。ついでに僕も飲み物買う。男性陣は?」
唯来が男2人組みの方へ振り返ると、メガネをかけた方の男子、五家優穂が答えた。
「俺らはいいや。輝と2人で花札してるから。3人で行って来な。」
「京都っぽいねぇ、いいじゃん。帰ってきたら私もはまるわ。」
京音がそう言ったのを最後に、女子3人は月明かりに妖しく照らされる、京の町へと繰り出した。この後、どんなに奇怪な物語に巻き込まれるかなど、知るよしもなく…。