二十九、瘴気
1週間後の土曜日、私と恭士さんは田園風景が広がる、とてものどかな場所にいた。ここは岩手県のとある地域。河童伝説や座敷童といった民話が有名で、小説の舞台にもなったところだ。しかし、のどかな風景とは裏腹に、町中に鬱々とした雰囲気が漂っている。
「随分いや〜な空気感ですね。色んな家から黒いオーラが出てる感じがする。」
「ん?楯本も視えるようになったんか?」
「え?」
「そら瘴気や。出とる感じがするんやなくて、実際出とる。。視えるようになったっちゅうことは、楯本の霊力が前より高くなったっちゅう証拠や。」
千晶は良く目を凝らしてみた。すると確かに、そう感じただけではなかったらしく、実際に揺らめく黒い炎のようなものが視えた。
「で、ずっと気になってたんやけど、その背中に背負ってるもん何なん?」
恭士さんは、私の背中を指差した。背にあるのは、修学旅行のお土産で買った木刀。
「見て分かりません?木刀ですよ。ぼ・く・と・う。」
「そら見りゃ分かるわ。何でそんな役に立たんもん持って来てるかて聞いてんねん!」
私は少々ヤケになりながら抗議した。
「だって多少術使えるようになったって言っても使うのペラッペラの紙じゃん!?私怪我人なんですよ!?心細くて武器持ってきて何が悪いんですか!!!」
「ペラッペラ言うな!てか木刀なんかで魑魅魍魎倒せるか!せめて持って来んならそな中途半端なもんやなく包丁とかあるやろ!」
「何物騒なこと言ってんですか!?銃刀法違反になるじゃないですか!」
「真面目か!言葉の綾やろ!言葉の!」
2人で言い争っていると、1台の軽トラックが通りかかり、頭にタオルを巻いたおじさんが、窓を開けて声を掛けてきた。
「おい!兄ちゃんたち、他所から来たのか?」
「ん?せやけど、何か用ですか?」
「河童釣りさ来たのかなんだか知らねぇけんとよ。今この町さ来ねぇほいいぞ。ここ最近、町で不吉なことばり起こってっからな。」
おじさんはそう言うと窓を閉め、町とは反対方向の道へ車を走らせて行った。
「…やっぱり変ですね。この町。今の人、何かに怯えてたみたい。」
「せやな。そんでどうやら、一番怪しい気配がするんは…。」
恭士は、大きな松の木がてっぺんに生えている山を見た。
「あそこやな。」
その山からは、町の家々よりもドス黒い瘴気が湧き上がっていた。