一、手負いの少女
「ふわぁあ…眠い。」
旅館へ向かうバスの中、私こと楯本千晶は口元を手で隠しながら大きく欠伸をした。
それを横から見ていた隣に座る男子、平良輝は窓の下方に頬杖をついた姿勢で苦笑する。
「そんなもの着けて1日中歩いてりゃ、疲れて眠くもなるだろ。ってか俺、お前のお守するために、まともに観光できてねぇんだけど?」
輝の視線の先、私の右膝には、メタリックブルーの装具が装着されている。制服姿の女子高生に似つかわしくないそれは、車内の光を反射して無駄にキラキラと輝いていた。
「ごめんね。でも、輝たちが助けてくれるからうちはすごく楽しめてるよ。」
私と輝は、東北の同じ高校に通う幼馴染み。小学生の頃から何かとクラスや班が一緒になり、親の職場も同じという、いわゆる腐れ縁ってやつだ。
今日は、修学旅行2日目。奈良、大阪、京都の観光地をわずか1日で周る超弾丸ツアー。
私の膝がこうなった原因は、1年生の終わり頃まで遡る。
空手道部に所属している私は、ある日、部活動中に怪我をした。2人組になっての組み手練習。裏回し上段蹴りを相手に入れようと、いつものように腰を捻り、左脚をあげしならせた。すると間もなく、パチンッと軸脚にしていた右の膝から、弾けるような音がした。
最初は、骨が折れたのかと思った。思うように力が入らなくなり、私はその場に崩れ落ちた。
診断名は、前十字靭帯断裂。手術をして早期に退院できたはいいが、リハビリ期間が長く、暫く友人たちの手を借りて日常生活を送っていた。
まぁ、それ以前にも骨折やら肉離れやら、小さな怪我を繰り返していたのだが。そうこうしている間に、2年の修学旅行の日は徐々に迫り、周りに迷惑がかかるからと、私は来ることを半ば諦めていた。
「最初は行くの、諦めるしかないかなぁって思ってた。でも、皆が一緒に行こうって言ってくれたから、嬉しかった。それに、何だかんだ文句言ってても、いつも輝が面倒見てくれるしね。」
私そう言って、ニシシッと笑った。
「お前なぁ…。俺は専属介護士じゃないんだぞ?そう何回も怪我して、その度に頼られる俺の身にもなってくれよ。」
輝は呆れ顔でそう言うと、小さく欠伸をした。
「俺も眠いわ。お前は近いうちにお祓いでもしてもらえ。寝る。」
そっぽを向いて目を瞑ってしまった輝を見た後、私も膝掛けをかけ直してから目を閉じた。もう結構前に、一回お祓いしてもらったんだけどなぁ、と思いながら。