十、突然の来訪者
その2日後、私たちはバスの中で夕食を済ませ、それぞれの自宅へ帰った。
私は自分が見た夢のことは、なるべく考えない様にしていた。勿論、土産話を聞かせろとせがむ母にも、陰陽師の話をすることはなかった。
寝るための支度を済ませ、修学旅行後の荷物整理を始める。
「えっ…と、財布はこっちの鞄に…ん?」
一瞬、鞄の中にあってはならないものを見た気がした。否、いてはいけないものを見た気がした。
恐る恐る確認すると、それはもふもふした、動く白いかたまり。
驚きで硬直していると、それまで忙しなく鞄の中を動き回っていたソレと、うっかり目が合ってしまった。ソレは蒼い目をうるうるさせ、私の顔面に飛びついた。
「ほぎゃっ!」
『ご主人〜っ。会いたかったですぅ〜〜。』
「ふごっ…!ふごごごごっ!!!…ふごっ!」
く…苦しいっ!
もふもふした毛が口元を塞ぎ、私は呼吸困難に陥っていた。息苦しくなり、床の上をのたうち回るが、顔にいる生き物は全く離れようとしない。
あ、ヤバい。これ窒息する。
「いい加減離れろや。嬢チャン苦しがっとるやろ。」
『え〜。』
聞き覚えのある声が耳に入ると、顔面にへばりついていた何かが、無造作に引き剥がされた。
「ぷはっ!…ゲホッ、ケホッ!…っっっ!?」
ようやく息苦しさが無くなったと思い、目を見開くと、人語を喋る白兎と、2日前に会った陰陽師の男がそこにいた。
あぁ…もう、どうにでもなれ。
私はつっこみを諦めて気絶した。その時、下の階から母親の声と足音が聞こえた。
「千晶〜?なんかすごい声が聞こえたんだけど〜?」
「え!?あ、オイちょっと!あぁもう!ダイジョーブ!へーキ!」
「そぉ?」
男が裏声を出して返事をすると、訝しんでいる様な返事をしつつ、足音は去って行った。
「…おい、嬢チャン起きろ。」
男はそう声を掛けて、私を揺さぶった。
「はっ!びっくりしたぁ。三途の川渡りかけた。」
「アホぬかせ。そんなんで三途の川渡ってたまるか!」
私は男と兎の姿を確認する様に、交互に見つめた。
「やっぱり…夢じゃなかったんだ。」
「…まぁな。」
「ていうか何で私の部屋にいるんですか?そしてどっから入ってきたんですか?」
「それも含めて、今から事情話すわ。…聞いてくれるか?」
「…まぁ。こっちも色々聞きたいことあるし。」
おもむろに頷くと、男は話始めた。
私がこの物語に巻き込まれた理由と、ことの顛末を。