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幕間  ヴァルターの回顧録 2

引き続き、カレナ輿入れ前の話第二話です。

 ルードヴィヒが使いに出している者の帰還を告げる合図だ。


「入ってくれ」


 ルードヴィヒが気だるげな声で返事をすると、部屋の扉が静かに開いた。


 ルードヴィヒが抱える影の七人は先代国王から譲り受けた私設部隊だ。そのうちの五人を、国内外のあらゆる場所に送り込みその様子を逐一報告させている。


 音もなく入ってきたのはラヴィーナに行かせているフースだった。


「失礼致します。ラヴィーナに動きがありましたのでご報告致します。ラヴィーナの東北地方にあるビルンバウムの山からソルライト石の原石が多数発掘されました。しかも、最高級の赤ソルライトも含まれています。恐らく今後、ビルンバウム山全体からソルライト石が採掘されると思われます」


 報告を受けたルードヴィヒは驚くほどの勢いで、椅子から立ち上がった。


「真実なのか、それは?」


「はい、この目で確認してまいりました。確かに赤ソルライトでございます」


「……わかった。引き続き状況を探ってくれ。合わせて王族の動きも。逐一報告を入れるように」


「畏まりました」


 命じられた指令に頷き音もなく部屋を出て行くフースを見送り、ヴァルターはそのまま立ち尽くしているルードヴィヒに視線を移した。


 ヴァルターもフェリクスも、ルードヴィヒが大陸の南端にある最小国ラヴィーナに異様な程の執着を見せているのは知っている。それは三人がまだ出会って間もない頃認識してから十数年、全く変わらないものだった。


 七人の間者のうちの一人を交代で十数年間途切れることなく潜伏させているのだ。しかし、その理由をヴァルターもフェリクスも知ることは出来なかった。ルードヴィヒの執着振りがある種異常とも言うべき域に達していて、口にするのが憚れるのだ。


 以前、ヴァルターは一度だけ国の宰相を務めている父親に尋ねたことがあった。しかし、父親は少し寂しそうに微笑むだけで何一つ語ることはなかった。それ以来本人にも、事情を知っているであろう国王の周りの重鎮たちにも、そのことを尋ねたことは一度としてなかった。


「ルディ?」


 退出したフースに命令を下したその姿のまま動く様子を見せないルードヴィヒに、ヴァルターは訝しげに声を掛けた。しかし、よく見るとルードヴィヒの身体が小刻みに震えていることがわかる。


「くっ……くくくっ…………」


「ルディ?どうしたの?」


 先ほどまで寝ぼけ眼だったフェリクスが、目を見開いてルードヴィヒを呼ぶ。


 しかし、その声に反応する様子は一切ない。


「はっ、はははは………」


 小刻みに震えていた身体が、今度は大きく揺れている。何がそんなに可笑しいのか、身体を折り曲げここまで声を上げて笑っている姿をヴァルターは見たことがなかった。しかしそれもつかの間のことだった。


「神などいないと思っていたが、先見の奴の言葉を真実にするのも自分次第だということか。踊らされるのは俺の趣向に合わないが。くくっ、手に入れようではないか、黒の聖女を……」


 辛うじて聞き取れるくらいの大きさで呟くルードヴィヒの言葉の意味がわからず、ヴァルターは自身の記憶の欠片を探し出す。そしてようやく気がついた。フランツ1世が賜ったお告げの後に一言付け加えられた続きの言葉を。


 ――――黒の聖女現れし時 真実が口を開くであろう。


 フランツ1世前国王が息を引き取る数日前、ヴァルターとフェリクスは病に伏せる枕元に呼び出されたことがあった。普段ならば滅多に会うことのなかったフランツ1世を前に酷く緊張したのを憶えている。


 そしてその際に聞かされた先見師のお告げの続きである言葉は耳にしたことのないもので、ヴァルターはその意味をフランツ1世に尋ねた。


 しかし返ってきたのは尋ねたこととは違う答えと、弱々しい微笑みだった。


『二人とも、ルードヴィヒが全てを成し遂げるまであの子の力になってやってくれるか』


 あまりにも弱々しい微笑みにヴァルターはそれ以上尋ねることができず、フェリクスと二人言われるがままに頷いていた。


 もしや、その時が今まさにやってこようとしているのだろうか。今がその全てを成し遂げる時なのだろうか。


 ヴァルターは身じろぎひとつせず、黙ってルードヴィヒが何かを発するのを待った。


「決めたぞ」


 どのくらいそうしていただろう。ルードヴィヒの身体の震えは治まり、ヴァルターとフェリクスを交互に見つめるその金色の瞳には、通常時では見ることのできない力強い輝きがあった。


「ラヴィーナのカレナ王女を正妃として娶る」


 余りにはっきりとした強い口調に、ヴァルターは思わず目を見張った。


 この時はじめてヴァルターは、ルードヴィヒが何のためにあの南の小国に間者を送り込んでいたのか、ということに辿り着く。


 『真実』というのは、ルードヴィヒの真の姿を示しているのだということを。『口を開く』というのは、その姿を世に曝すということ。本人でさえ忌み嫌っていたルードヴィヒの真実を人々の目に触れさせるということは、即ち国を背負うことになる。


 天賦の才に恵まれ、人を惹き付け従える魅力を持つ、全てのことに秀でた王子。大国の次期国王として申し分のない嗣子。しかし、それを偽りの姿で自ら覆い隠してしまったルードヴィヒ。周囲の人々を拒み、自分自身さえも拒み続けてきた。その幾重にも重ねた鎧を、今まさに脱ぎ捨てようとしているのだ。そして、それは黒の聖女を得てはじめて成り立つのだ。


 お告げにある黒の聖女が、なぜラヴィーナの王女でなければならないのか、その理由はどこまで頭を巡らせても分からなかったが、ブルグミュラーを再び生まれ変わらせるために黒の聖女が必要なのは理解できた。


 黒の聖女の正体に、どうしても腑に落ちないものを感じながらも、ヴァルターは自身を無理矢理納得させた。なぜなら、それがヴァルターの長いあいだ抱き続けてきた願望でもあったから。


「何も正妃でなくても側室としてでは駄目なのかい?ラヴィーナの王女では正妃の承諾を得るのは無理だと思うが……」


 策を練っているのであろう、一人考え込むルードヴィヒにヴァルターは至極当たり前の疑問を投げかけた。


 大陸の数多ある国の中でも、最も矮小な国ラヴィーナ。その国の王女を正妃に娶るなど、国政議会での許可が下りないのは目に見えて分かり切っている。たとえソルライトの鉱山が見つかり多少の財を成したとしてもだ。国の立場も歩んできた歴史も、何もかもがブルグミュラーとは違い過ぎる。正妃に娶ったとしても、こちらが得るものは微々たるもの。そんな国相手の婚姻提案など、頭の固い古参の重鎮たちには鼻で笑われて終いであろう。


 けれども、ヴァルターの発した言葉にルードヴィヒは厳しい表情をして振り返ると、静かに口を開いた。


「……期待を裏切って悪いが、俺が手に入れようとしているのはカレナ王女だけだ。国の平穏はそのために手に入れざるを得ない副産物でしかない。だが、先見の言葉にあるように黒の聖女を手に入れるのと同時にこの国を正しき道へと導かなければならないのならば、俺はそれを持てるすべての力でもって成し遂げよう。…………だから、二人とも俺に力を貸してくれ」


 ルードヴィヒの強い口調と内容に驚かされながらも、ヴァルターは辛うじて頷き返した。見つめるその先には、やはり翳りの無い黄金の瞳。

 

 ヴァルターは、つい先ほど頭の中を廻った思考がまったくの間逆だったことに、落胆と寂寥感を感じていた。そして、それに加えてほんの微かな嫉妬心も。


 しかし、それ以上にルードヴィヒの決断に歓喜の思いが胸を込み上げる。


 ヴァルターたちがどんなに力を尽くしても変えることの出来なかったルードヴィヒの心。あまりに頑な過ぎて、半ば諦めかけている者もいた。それを、ラヴィーナの王女はいとも簡単に覆した。ルードヴィヒの心を。その先の未来を塗り替えた。


 ラヴィーナの王女はルードヴィヒにとってそれほどの存在なのだろうか。王女以外いらないと告げたルードヴィヒ。多くの時間を共有してきた中で、彼が自らの意思で何かを欲したのははじめてのことだった。


 その王女とルードヴィヒがどこでどう繋がっているのか、長年仕えてきたヴァルターでさえ分からない。けれども、ここまで思い入れる何かが二人のあいだにあった筈だ。恐らくは、ヴァルターたちと知り合う以前に。


 ルードヴィヒを、自身が継承すべきこの国よりも執着させ、更には欲望赴くままに行動させる小国の王女。ヴァルターは、その未だ見ぬ姿に思いを馳せる。


 いつか話してくれるだろうか。幼い少年が幼い少女に自身の運命を託したその物語を。肺腑に隠されたその想いを。


「まずは議会の承認と…………背反者の洗い出しだな。まあ、大概の目処はついているが」


「証拠を全部押さえないとねえ」


「一人一人裁いていたら隠蔽の恐れがある。かなりの人数だ。やるなら一気に叩くしかないな」


「そうだねえ」


 のほほんと返すフェリクスを尻目に、ヴァルターはどうしても確認しておきたい事項を口にした。


「ルディ、そのあとはどうするつもりだ?」


 その問い掛けに、意図は理解しているとでもいうように、ルードヴィヒは口端を上げて笑った。


「俺はフランツ1世とは違う。それに国王とも。殺しはしないさ。だが、死ぬほど後悔させてやる」


 ルードヴィヒの祖父であるフランツ1世がまだ王子と呼ばれ、運命の鍵を握る側室との出会いを果たしていない頃。ブルグミュラーが大陸最強の国と謳われ始めた時代。才のない父王を尻目にフランツ1世が大量の命を無残に奪った暗い過去。


 似通ったこの状況の中で、ルードヴィヒが同じ過ちを繰り返さないという確たる証があるわけではない。ましてや、ルードヴィヒにはこの国自体を恨む正当な理由も存在する。ルードヴィヒを信じていないわけではなかったが、彼の中で燻ぶり続けたものは禍根にもなりうる危険なものだ。


「心配しなくても、俺は大量虐殺などの趣味は持ち合わせていない。ましてや、独裁者になろうなどとも考えてはいない。それに、俺が暴走したとしてもお前たちが止めてくれるだろう?」


 心底楽しげに返してくるルードヴィヒに、長いあいだ付き纏っていた暗い闇の部分は見当たらない。


 ヴァルターはそれを目に留めて穏やかな笑みを浮かべた。


「ああ。俺とリックで何が何でも止めて見せるさ。なあ、リック」


「えっ、僕にはちょっと荷が重すぎるかと……。倍返しで返り討ちなんて僕は嫌だよぉ」


「慈愛に満ちたこの俺がそんなことをする筈がないだろ」


「よく言うよ。いつも僕を苛め倒すくせに」


「可愛さ余ってだ」


「それってちょっと違うよねえ」


 楽しそうに掛け合いを続ける二人を微笑み眺めながら、ヴァルターは近い将来に自身が跪き頭を垂れるであろう輝かしいルードヴィヒの姿を脳裏に描く。


 恐らく、その隣には異国出身の美しい王女が穏やかな微笑みを浮かべて寄り添っていることだろう。









ヴァルターは心配性のお兄ちゃん。

もしくは、やきもきしているお母ちゃん。

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