眠れる獅子目覚めるとき 4
婚約の儀の当日は朝からかなり慌しかった。
ブルグミュラー国に来て半月ほど経つが、その間採寸や色合わせなどの準備をした儀式の衣装や装飾品の数々で、カレナは朝早くから仰々しく飾り付けられた。もちろんその中には、宝石の中でも最高級品との呼び声高いソルライト石で作られた飾りも多く含まれていた。
早朝に離宮から王宮へ移り、身を清め香油を塗り、純白の皺一つないシンプルなドレスと手袋に身を包み、そして婚約の儀に用いるといわれているブルグミュラーの伝統ある紋章の入った金の飾りを要所にあしらう。髪はクララの手で巻かれ美しい花飾りを散りばめられた。
しかし、周りが称賛する自分の姿を誇らしく思う感情など、カレナには全く生まれてはこなかった。
カレナがすべての準備を終えた頃には既に昼時に近かった。
自室として用意された部屋に戻ると、すぐにクララがほかの侍女との打ち合わせを終えて軽食を携えて戻ってきた。だが、準備があまりにも大掛かりで過ぎて儀式の前に既に疲弊しきっていたカレナは、食事をする気力さえ残されていなかった。
「カレナさま………。お美しいです!素晴らしいですわ!」
「ありがとう、クララ」
「お仕えして六年。ようやくこのお姿を拝見することができて、わたくし感無量でございます」
クララは、王族にしては傲慢さも無く、機知に富んで感受性豊かな自分の主を昔から誇りに思っていた。カレナの婚姻が決まった時、共にこの国に赴くことを決意したが、代々ラヴィーナの王族に仕える家族でさえそれには難色を示した。しかしクララの決断は揺るぎないものだった。家の長子として生まれ、下に弟と妹を三人抱えるクララは、同じ年だがカレナのことを妹のように思ってきた。クララの熱い説得に、両親が渋々首を縦に振ったのも時間の問題だった。
「はいはい、大袈裟すぎだから」
カレナの姿を見て感極まって両手で顔を隠すクララを見やり苦笑が込み上げる。
どうも昔からこの侍女は、カレナのことになると大げさに反応するきらいがある。
「そんなことはございません!一時はどうなることかと思っておりましたもの。王后様似の美しいお顔とお肌。特に育ち過ぎたと言っても過言ではないほどのそのお身体。ラヴィーナ貴族の子息どもの不埒な視線から隠すのにどれだけ苦労したことか……」
勢い良く顔を上げて力説するクララに、カレナは呆れ顔のまま溜息を吐いた。
「もういいから………」
クララがカレナの姿を褒めるたびに苦い思い出が甦る。
幼い頃は貴族子息たちの賞賛をそのまま受け入れていたが、成長するにつれて彼らがカレナの身分と容姿にしか興味が無いのだということを徐々に理解していった。質素倹約を信条とし他国に比べて遥かに貧しい国の王族でも、そこに暮らす人間にとっては天上人と同じように魅力的に映るらしい。
自分の容姿が醜いとは思っていない。それでも、周りからの称賛は王族という立場があってこそなのだと、カレナは思っている。
そしてソルライト鉱山発見後にはそれがあからさまに酷くなっていった。まだ年若いカレナにとって、大人たちの詭弁は簡単に割り切れるものではなかったのだ。
「よろしいではないですか。これもあなたさまの魅力のひとつですから。それにこのような素晴らしい国に嫁ぐことが決まって、わたくし本当に誇らしいのです。ただ、………あとは相手次第でございますね」
「そうね……」
昨夜の会話を思い出し、カレナは歯切れ悪く返す。
「でもわたくし大事なことをお伝えするのを忘れておりました。実はあの話には続きがありまして、王子の見目のことなんですが」
「なに?もうこの際何がどうでも驚かないわよ。王子は恐ろしく不細工ですとか、足が片一方ないですとか?あっ、それとも目が三つある?鼻がない?」
もう、ちょっとやそっとでは驚かない覚悟はある。カレナは自嘲気味に言い放った。
「カレナさま、それは人ではございませんよ。違うんです。逆です、逆!」
「逆?って………」
「残念だなぁ。目が三つあったほうが良かった?それとも片足切り落とす?でも人じゃなくなっちゃうのは嫌だなぁ、僕」
「…………えっ?」