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傍らにある闇 6

「黙れ!!」


 突如浴びせかけられた怒声に、会場は水を打ったように静まり返る。


 ルードヴィヒは冷めた瞳で会場を見渡した。


「お前たちが、自分たちの慢心を棚に上げ悪政などと言えるのか?私腹を肥やす名ばかりの領主が蔓延り、そうでない者は見て見ぬ振りをする。このままいけばこんな国などすぐに滅びてしまうだろう」


 皆が皆呆けたように一点を凝視する。


 その視線の先にあるのは、存在さえ疑われていた幻の王子。


「領民は苦しみ反乱を起こすだろう。貴族たちは己が欲に溺れ富と名声を奪い合い、力ない貴族は没落し領地を奪われすべてを失うだろう。そして他国はそれを見逃さず侵略を企てるだろう。この美しいブルグミュラーの大地を戦火の炎で焼き尽くしたいのか?愛しい者たちを否応なしに巻き込むことになっても良いのか?お前たちはそれでも平気な顔をしていられるのか?お前たちはそんな未来を望むのか?」


 愚かな行為の行く末を思い浮かべろ。


 それが自ら生み出した悪夢だということを理解しろ。


 脳裏に浮かぶのは愛しき彼の人。


 籠の中の小鳥のように、ただ囲ってしまいたかった。


 誰の目にも触れさせず、美しい漆黒の瞳に映るのは一人だけ。


 彼の人の世界に存在するのは我一人だけだと。


 何度心の中で叫んだか。


 けれども。


 それでは彼の人は壊れてしまうだろう。


 自分をこの世に産み落とした女のように。


 そして、それに連なるように自分の狂気は完全なものとなるだろう。


 切望するものをこの手にできずに、深い深い闇の底へと堕ちていくだろう。


 寄り添い、微笑んでいて欲しいというささやかな願い。


 美しい音色のような笑い声。


 陽だまりのように温かな体温。


 それさえ手に入るのならば。


 たとえ世界が消え去ろうとも構わない。


 それだけが、その想いがルードヴィヒを突き動かす。


「俺はそんなのはご免だ。愛しいものは自らの手で守りたい。笑顔を絶やさぬよう共にこの国で生きていきたい。俺はこの国を元通りの、いや、それ以上に誇りに思える素晴らしい国に甦らせよう」


 この国をより良い道へと導こうと思ったことなど一度としてありはしなかった。それどころか、いっそ滅びてしまえばいいとさえ思っていた。


 幼い少年は疎んじられ蔑まれ、すべてが消え去ってしまえばいいと、己さえも消えてしまえばいいと思っていた。


 しかし、それは一人の愛らしい少女によって覆された。


 彼の人がいなければ生きていなかっただろう。


 二人を結ぶ希望の光が潰え視界が闇に覆われても、記憶に眠る面影だけを頼りに生きてきた。


 それだけが、少年の僅かに残った生きる気力の糧だった。


 何も求めずただ生きてきた少年は、やがて逞しく才能溢れる青年へと成長した。


 そして遂に青年は長年待ち望んでいた光を再び手に入れた。


 今度こそ想い続けた人の隣に並び、共に歩んでいくために。


 否定し続けてきた自身の存在を受け入れるために。


 青年は立ち上がった。


 その姿は、尊く気高く、そして美しい。


「この国の誇らしく輝かしい未来のためには、領主であるあなたたちの協力が不可欠だ。今しばらく時間を頂戴したい」


 ルードヴィヒはそこまで言い終えて視線を移す。


 フックス宰相は書類の束を懐に抱え静かに頷いた。


 それを確認して、ルードヴィヒは再び前を見据える。


「これより不正及び背反行為についての尋問を行う。筆頭貴族であるアーヘン公爵、ディーバッハ公爵、トスミューレ公爵、ランゲン公爵、ハルト侯爵、ゲーリンク侯爵、以上の六名の潔白は証明されている。よって、フックス宰相と共に、資料に基づき尋問を行って頂く。各自の執務室で待機していてほしい。それから、悪事の証拠は粗方掴んでいる。虚偽の証言をした者は罪が重くなると思え。この議会場での私語も一切厳禁だ。破れば皆の近くにいる騎士が容赦なく連れ出すので注意するように。また、各執務室及び通路と窓下には兵を配置した。逃亡を企てた者はその時点で罪人として捕えられる、ということを覚えておくように」


 静かに瞳を閉じると脳裏に現れたのは明けの明星。


 そして、微笑みを浮かべる美しい黒の聖女。


 新たに生み出すのは彼の人の望む世界。


 彼の人が微笑んでいられる場所。


「悪しき闇の者に光の粛正を」


 ルードヴィヒは深い息を吐き出した後、身を翻し足早に姿を消した。






「ルディ!」


 議会場の扉から出てきたルードヴィヒに、フェリクスが勢いよく駆け寄ってくる。


「先ほど、庭園の植え込みの陰から毒を盛られた騎士が数名発見されたよ。全員に解毒剤を飲ませて今医師に見せてる。アウゲスも例のブランコのある場所で倒れてた。急所が外れているから命に別状はないけど動かせる状態じゃないよ。アウゲスが言うには、カレナさまはエリーと男たちに連れられてラウフェン宮殿に向かったって」


 守ると誓った筈なのに。


 一番恐れていたことが現実となった。


 これは、神を、己を、否定し続けた罰なのか。


 それとも神から賜った試練なのか。


 ルードヴィヒは瞬時にその場から駆け出した。


「リック、騎士団の小隊を連れてこい!選抜はお前に任せる!あと、コプフスをスッペ公爵についているオーアスのもとへ!恐らく何らかの原因で報告できないでいるのだろう!それ以外の者を至急ラウフェンに!」


「わかったよ~!」


「ルディ、俺も行く!」


 議会場から出てきたヴァルターがルードヴィヒに駆け寄ってくる。


「大丈夫か?」


「ああ。父上たちだけでも問題はないだろう」


「わかった。行くぞ!」


 ルードヴィヒは逸る思いで速度を上げた。


 責められるべきは自分だ。


 拒絶し続けたことが罪ならば、制裁を受けるのは自分だけでいい。


 だが、もし仮にこれがカレナの傍に立つことへの試練なのだとしたら。


 それならば、この身のすべてを賭けてそれを受けよう。


 そして、否定し続けてきた神に跪き乞い願おう。


 どうかカレナを連れて行かないでほしい、と。

 

 


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