傍らにある闇 5
「初めての方も多いでしょう。国王陛下の代理を務めさせて頂きます、フランツ・ルードヴィヒ・ブルグミュラーです」
ルードヴィヒがにこやかに名を述べた途端、筆頭貴族たちの席から小さなざわめき波紋のように広がっていく。幾人かの瞳からは明らかに侮蔑と嫌悪の色が窺える。
ルードヴィヒはそれを目の端に留め、笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「国王陛下の代理で閉会の宣言を、と言いたいところなのですが…………申し訳ありませんが、皆さまにはもう少しお時間を頂きます」
言い終えたところで、マイヤー騎士団長が扉の外へと合図を送る。それを受け、会場に設けられているすべての出入り口から大勢の騎士たちが会場内の至る所に散っていく。その様子は、まるで餌に群がる虫の大群のようだ。そして、最後に数名が行く手を阻むかのように各扉の前へと立ちはだかった。
その物々しく異様な光景に、会場はたちまち喧騒に包まれる。
国や民を守るべきために剣を振るう騎士たち。その中に晒された哀れな男たちの滑稽な姿に、ルードヴィヒの胸にどす黒い感情が湧き上がる。
こうしてこの場に居合わせた貴族のうち、どのくらいの者が罪という名の闇の色にその手を染めているのだろう。自領地の街道の無断拡幅や徴税書類の偽造など、その程度ならばまだかわいいものなのかもしれない。国王を暗殺しようと企んだ輩に比べれば。けれど、それでも罪は罪。
恨めばいい。
そして存分に後悔するがいい。
その原因を作ったのは自分なのだと、そう最後に気付く者はいるのだろうか。
ルードヴィヒは戸惑いと怒りを露わにする貴族たちをゆっくりと見渡した後、目の前の机に拳を打ち付けた。
一斉に静寂が会場を包む。
筆頭貴族たちが驚愕に目を見開いて動きを止める。
それを見て、ルードヴィヒは顔が歪みそうになるのを抑え込む。
痛むのは己の手か、それとも闇に侵された己が心か。
平生向けられていたのは憐憫だったか、それとも嘲笑だったか。
この中に、愚鈍で無能な王子を傀儡にと考えた者がどれほどいるのだろう。対象外の者を探す方がはるかに楽だろう。
ルードヴィヒは黙り込む男たちの様子に満足し再び口を開いた。
「一つ報告いたしましょう。…………エルムロイス公爵ハラルド・ラルス・エルテーレが夫人と共に天に召されました」
三大貴族の一人である男の不幸に会場内の空気が再び震える。
青褪めた表情でこちらを見てくる者。
放心状態で身を震わせる者。
厚顔にもこちらを睨みつけてくる者。
素知らぬ振りを決め込む者。
口の端を微かに上げてほくそ笑む者。
様々な反応を示す彼らを、ルードヴィヒは鼻で笑った。
喜ぶがいい。
憎むがいい。
怯えるがいい。
思う存分憤怒し、憎悪し、脅威し、歓喜し、そして最後にそれを恐怖に変えろ。
己が蔑み嘲った男に最大の恐怖を感じろ。
「まあ、何か思うところがある人物もこの中にいるでしょう。で、その空いた筆頭貴族の席に一人上げようと思っている人物がいるのです」
言い終わると同時に、ルードヴィヒの後方の扉をヴァルターが静かに開け放つ。
そこに、一人の若い男が姿を見せた。
「ご存知の方もいるでしょう。ディーバッハ公爵ダーク・フォルベックです。国王陛下の許可は頂いているので抗議は受け付けません、あしからず。ああ、エルムロイス公爵には後継者となる親族がいないので、当分の間はディーバッハ公爵に領主を兼務してもらいます」
その言葉に再び会場内がどよめきに揺れる。「悪政だ」「独裁者だ」などの怒号が混じる。
なぜ気が付かない。
守られるべきは自分たちではないということに。
富と名声の欲に侵され爛れきった愚かで醜い自分の姿に。
――――――黒の聖女を手に入れた今、神の申し子は欺瞞と怠惰に満ちた闇から抜け出し真実の姿を現す。