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傍らにある闇 4

 秋の冷たい風が艶めく漆黒の髪を巻き上げる。


 カレナは枯れ葉の舞う庭園で一人佇んでいた。


 今日は三月に一度の大議会の日である。


 朝から大勢の人間の声が王宮内に響いていたというのは、クララの侍女仲間からの情報だった。


 カレナの住む王族専用の区域では、その気配は微塵も感じられない。


 実際にこうしていつもの通路を通って庭園へと足を踏み入れても、普段見掛ける顔ぶれにしか遭遇していない。


「許可が下りるかしら……」


 フランツとの婚約の儀を終えて約ひと月。そのひと月で何も問題が起こらなければ、それは神の許しを得たとして大議会で承認され成婚の儀となる。


 フランツに怪我をさせてしまった自分では相応しくないと、許可が下りないのではないだろうか。ただでさえ弱国の王女であるカレナの立場は弱い。未だに、強国の王子であるフランツには相応しくないと考えている貴族も多いだろう。


 カレナの胸の内に大きな不安が湧き上がる。


 これは祖国ラヴィーナのための使命に対してなどでは決してない。


 もし、万が一、この婚姻が破談になったとしたら。


 フランツはあのエルフリーダを正妃として迎え入れるのだろうか。


 自分は別の国の王族に嫁がなければならなくなるのだろうか。


 その時自分はどんな顔をしてそれに臨むのだろう。


 まだ結果も出ていないうちから、そんな考えがカレナの頭の中を巡る。


 もう既に大議会は開会されている時間だ。


 そのため、今日は夕刻からしかフランツに面会出来ないと告げられた。


 無理をしていないだろうか。


 起きているフランツにはあれから一度として見えることはなかったが、ヴァルターからは随分と調子がよくなり心配はないと聞かされている。


 この期に及んで虚弱体質などという言葉は信じていないが、病み上がりであることに相違はない。


 もしかしたら、二日後の成婚の儀まで起きているフランツには会えないかもしれない。


 ここ数日、カレナが訪問した時は必ず眠りについている時だった。あれだけ睡眠時間が長いのだ。今日大議会が終わった夕刻に訪問しても、久々の執務に疲れ果て眠ってしまっていることだって大いにあり得る。


 出来れば成婚の儀の前に話がしたかった。


 もう一度、意識のはっきりしたフランツに聞きたかった。


 この婚姻についてどう思っているのかを。


 フランツ1世とその側室のことを。


 先見師の残したお告げのことを。


 真実が知りたかった。


 そして、カレナはふと思い出す。


 庭園の奥に進んだところにある、フランツの部屋の真下に位置する場所にひっそりと設置されたブランコのことを。


 フランツの母親のことや彼の悲しい記憶を聞かされたあの場所。


 カレナは思い立って辺りを見回した。


 クララは王宮の入り口に待機している筈だ。先ほどまで少し離れたところからカレナを見ていた護衛の騎士たちの姿も今はない。


 告げても良かったが、自分たちも行くと言いかねない。


 あの場所へフランツ以外の人間と行くのはどうしても抵抗があった。


 カレナは意を決して、そっと足を踏み出した。






 連なる木立に躓かないよう注意しながら進んでいく。


 所々根が張り出していて、転ばないよう進むのに一苦労だ。


 思えば、あの時はフランツがカレナの手を引いてくれていた。恐らく歩きやすい土の部分を選んで誘導してくれていたのだろう。


 思わぬ場所でフランツの優しさに気付き、カレナは一人笑みを漏らした。


 あと少しで辿り着こうというところで微かに足音が聞こえてきて、カレナは咄嗟に歩みを止める。


 木立の陰から目を凝らすと、ブランコには一人の女性が腰かけている。


 そして、先ほど聞いた物音はその横に並ぶ木の向こう側、王宮の壁の手前の方から聞こえてきた。微かな足音は次第に大きくなり、最後には木のすぐ後ろから扉を開けるような音と共に男が三人姿を現す。見たこともない男たちだった。


「やはり、王子の部屋でした」


「そう。ここから抜け出していたのね」


 カレナはその声を聞いて息を飲んだ。


 なぜ、こんなところにいるのだろう。


 不穏な空気を感じ取り、思わず後ずさりしたその時、カレナの足が落ちていた小枝を踏んだ。


「誰だ!?」


 一人の男がカレナの方に向かって飛び出してくる。


 恐怖に駆られたカレナが庭園方向へと掛け出そうとした寸前、黒い大きな影が視界を横切った。


 見ると、カレナを庇うように黒尽くめの大柄な男が剣を構えて立ちはだかっている。


「カレナさま、お逃げ下さい」


 言われて咄嗟にその場を駆け出そうと身体の向きを変えたが、男一人を残していくことが憚られ一瞬足を止めた。


 そうしているうちにも、後ろからは剣を交える激しい金属音が響いてきた。


 振り返ると、余程の腕前なのだろう、黒尽くめの男は三人の男を相手に優勢気味に剣を振るっていた。


 カレナはそれを確認すると再び前を向き震える足を踏み出した。


 しかし、そこである人物によって行く手を阻まれた。


 目の前には、深紅の唇の端を上げ不気味に微笑む美しい女性。


「逃がさないわ」


 エルフリーダは手にした短剣をカレナの喉元に突き付けながらカレナの後ろに回り込む。


「丁度よかったわ。あなたを呼びに迎えを出したところだったの」


 耳元で囁かれる声はどこか弾んでいるように聞こえた。


 エルフリーダは細い紐のようなもので手際良くカレナの手首を後ろ手に縛っていく。


 首に短剣を押し当てられたまま、カレナは身体を押され男たちがいる方へと歩かされる。


「そこまでよ!王女に怪我させたくなければ大人しくしなさい!」


 エルフリーダの甲高い声が耳に響く。


 黒尽くめの男はカレナたちの姿を確認した後、ゆっくりと剣を下ろす。


 足元には三人の男のうちの一人が転がっていてうめき声を上げていた。


「こんなことをしてどうなるか分かっているのか?」


 黒尽くめの男は静かな声でエルフリーダへ問い掛ける。


「わたしは悪くないわ!悪いのはこの女よ!」


 エルフリーダの短剣を持つ手が震える。


 それに伴いカレナの首にちくりと微かな痛みが生まれた。


「何が望みだ?」


 問う黒尽くめの男に、エルフリーダは鼻で笑う。


「とりあえず、あなたを黙らせることかしら」


 その言葉と共に、残る二人の男たちが次々と襲い掛かる。


「や、やめて!!」


 カレナは咄嗟に叫んだ。


「黙りなさい!」


 エルフリーダは、叫ぶカレナの首に再び短剣を強く押し当てた。またしてもカレナの首に小さな痛みが走る。


「誰かに気付かれるかも知れないわ。早く行くわよ」


 それを聞き、二人の男たちは手を止めた。


 衣服が裂け血に塗れた黒尽くめの男は、そのまま力なく地面へ崩れおちる。


 カレナはそれを直視出来ずに固く瞳を閉じた。目尻に溜まった涙が一筋零れ落ちる。


「行くぞ」


 黒尽くめの男が動かないのを見届けて、エルフリーダの仲間の一人が足元に転がる男を抱え起こした。


 従うしか道はないのだと覚悟を決め、カレナは言われるがままに足を踏み出した。








只今第一章から順番に手直ししております。

ストーリー自体には変更はありませんのでご安心を。

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