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傍らにある闇 3

 いつもの笑みを張りつかせて最後に議会場に入ったルードヴィヒの姿に、三百を超す貴族たちは一斉にざわめいた。


 それもそうだろう。


 初めて見える貴族も数多く存在する。


 噂だけが先行する幻の王子。


 皆が皆、目を見開いて眺めてくる光景に腹の底から笑いが込み上げてくる。


 筆頭貴族たちの席の方からも、ひそひそと話をする声が耳を掠める。


 物心付いたころから今の今まで、忌まわしき事実を隠し通してきた。


 真実は風化し、噂へと変化を遂げた。


 筆頭貴族たちは昔の噂話に花でも咲かせているのだろう。


 また知能障害だと噂が立つかもしれない。


 果たして噂は真実へと変貌を遂げるだろうか。


 込み上げる笑いを押し殺し素知らぬ振りをして席に付いたルードヴィヒは、開会の言葉に耳を傾けながら円形状の会場内をぐるりと見回した。


 標的となる人物の姿を確認しながら筆頭貴族の席へと目を向けた時だった。


 一つの空席が目に飛び込んでくる。


「まずい。スッペ公爵が欠席している。オーアスに見張らせている筈だが、すぐに探させろ」


 ルードヴィヒは脇に立っている護衛の役目をするフェリクスに小声で指示を出した後、再び議会場を見渡してもう一つの空席を発見した。


 やはりスッペ公爵に僕のように扱われているフッガー子爵の姿もない。


 用意周到に立てた計画の歯車が狂いだす。


 嫌な予感が脳裏を過ぎる。


 カレナの無事を確かめたい。


 巻き込まないよう、今日までわざわざ遠ざけていた。


 カレナは利用することのできる人物だと、生かしておくことが最善だと印象付けた。


 その上で、アウゲスに加え近衛の者も通常より多めに護衛として付けていた。


 公爵のもとにも一人行かせている。


 大丈夫だ。


 心配ない。


 何度も何度も繰り返し言い聞かせる。


 そうでもしなければ、このまますべてを放棄して駆け出してしまいそうだった。


 国王陛下の代理としての役目を放棄して。


 この先に待っている筈の自国民の安穏な生活をも投げ捨てて。


 カレナがすべてなのだと叫んでしまいたい。


 突如体中を襲う焦燥感が眩暈にも似た感覚を引き起こす。


 もしカレナの身に何かあったなら。


 自分はどうなってしまうのだろう。


 再び闇の世界に閉じこもってしまうのだろうか。


 ルードヴィヒは地を踏みしめる足に力を入れて自虐的な思考を振り払う。


 冷静になれ。


 まだ、そうだと決まった訳ではない。


 スッペ公爵を甘く見ていたことに今更ながらに後悔した。

 

 国政を司る筆頭貴族の、神聖だとされる大議会出席は最優先事項。


 欠席を許可されるのは親族内や領内での不測の事態のみに限られており、いずれも国王の許可がいるはずだ。


 スッペ公爵が大議会欠席ということは、彼らの作戦が山場を迎えているということだ。


 筆頭貴族の地位を顧みる必要のないくらいに。


 しかし、それを想定した上でエルフリーダの側室の話を成婚の儀の直後にした。側室の話は彼らにとっては餌となりえなかったということか。


 だが、そんな筈はない。先日まではなんの滞りもなくブレッヘルト家と話し合いが進められていた。ヴァルターの報告では、スッペ公爵はこの上なく上機嫌だったと聞いている。


 「カレナ…………」


 粛々と議会が進む中、ルードヴィヒはただひたすらにカレナの無事を祈り続けた。









「以上を踏まえた上で申し上げますが、カレナ王女はフランツ王子の婚姻相手に不適格だと思われます」


 ルードヴィヒの苛立ちは最早、最高潮に達していた。


 国中の貴族が集まる大議会とはいえ、所詮は筆頭貴族と国王と側近で行われる小議会で決められた方針を貴族たちに伝達するに過ぎないものだ。こうして貴族が全員集まるのも、ほとんどが大議会の時間以外での情報交換が目的だった。


 そう、本来ならば半刻も掛からずに閉会されるのが常の筈だった。それが、どうだろう。予定していた半刻などとうに過ぎている。


 その上最後の最後で、ある一人の筆頭貴族が王子の怪我を理由に二日後の婚姻に異を唱えだしたのだ。


 引き攣った笑みを浮かべてその理由を聞いていたルードヴィヒだったが、どうやら我慢も限界を超えたようだ。今まで浮かべていた笑みをすっと消し去った。


 反意を述べた貴族に鋭い視線をやり、自ら立ち上がって意見を述べようと机に手を掛けた、その時だった。


「わたしはその意見には賛成しかねますがな」


 そう言って立ち上がったのは、アルトゥールの祖父であるアーヘン公爵だった。


「聞けば、フランツさまはカレナ王女を、身を挺して賊からから守ったそうではないですか。そしてカレナ王女は自身の体調を崩されるまで、フランツさまを看病したとお聞きしました。お互いを思いやる心がなければ出来ることではありません。その出来事で、逆にお二人の絆が深まったのではないでしょうか。カレナさまはフランツさまに相応しい方です。わたしは、此度の婚姻は恙無つつがなく執り行われるのが最善だと思いますが」


 貴族の中で最も公正で厳格だと敬われるアーヘン公爵の言葉に、周りの貴族たちから拍手があがる。


 その様子を見て、議長も納得したのだろう。


「反対意見はお一人だけのようですな。では、フランツ王子とカレナ王女の婚姻は承諾されました」


 承諾されたことは喜ばしいが、まさかアルトゥールの祖父であるアーヘン公爵から助け舟を出されるとは思わなかったルードヴィヒは、いつもの笑顔を作るのも忘れ公爵を凝視する。


 平素の公爵ならば、自国のためとはいえ前国王の側役であった自身の影響力を重々承知しており、こういった席で表立った発言をすることなど皆無に等しい。滅多に見せない先ほどの公爵の姿に、ルードヴィヒは驚きを隠せなかった。


 凝視する視線に気付き、公爵はルードヴィヒと目を合わせ僅かに口の端を上げた。


「それでは最後に閉会の宣言をフランツ王子から賜りたいと思います」


 公爵が作る誰も気がつかないくらいの微かな笑みに思考を巡らせていたルードヴィヒは、議長の言葉に我に返り席を立った。








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