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真実への階 3

「わ、わたくしですか?」

 

 思ってもみなかった言葉に戸惑いを露わにするカレナに、アーヘン公爵は大きく頷いた。


「そこでお伺いしたいのですが。これでも、わたしは筆頭貴族の端くれでして。王宮でのお噂は嫌でも耳に入ってきます。正直にお答え頂きたいのですが、カレナさまはフランツ王子との婚姻を迷っておいでですか?」


「…………迷うといっても、わたくしにはどうすることもできません。祖国ラヴィーナのためにこの婚姻は必ず結ばなければならない、わたくしの使命みたいなものですから。そして、それはフランツさまにとっても同じなのだと思っておりました。ですが先日、フランツさまはわたくしのことを大切だと言ってくださいました。偽りの言葉なのかもしれませんが、わたくしはその言葉を信じてみたいと思いました」


「そうですか」


 カレナの言葉に、公爵は今まで見せていた険しい表情を消し去り、微かな笑みを見せて頷いた。


「カレナさま。フランツ王子は幼い頃より、先見さまとそのお告げを良く思っていらっしゃらなかった。恨んでいると言っても過言ではないほどに。そして、先見さまの示した運命に抗うようにここまで生きてこられました。ですが、そんな王子が先見さまの告げられた黒の聖女に関しては、初めて先見さまのお告げ通りに自ら行動を起こしたのです。わたしは、あなたさまを大切だと言ったフランツ王子の言葉に偽りはないと思います。王子にとっても我々国民にとっても、あなたさまはまさしく聖女なのですよ」


「でも……何かの間違いではないのですか?わたくしは只の小国の王女の一人にすぎません。そのような存在になりうる理由が――――」


「いいえ。それはフランツ1世の存命の頃から分かっていたことです。今回の婚姻の条件である国同士の繋がりは、恐らく表向きの理由でしかないのでしょう。カレナさまはフランツ王子が選んだ、只一人の女性なのだということを覚えていて下さい」


 公爵はフランツの真の姿を知っている一人なのだろうか。


 カレナはそんなことを思いながら、戸惑いながらも小さく頷いた。


「わたしの話はここまでです。アルトゥール、カレナさまをお送りして差し上げなさい」


「は、はい」


 公爵の言葉に、席を立ったアルトゥールをカレナは首を振って制した。


「いえ、クララがいますので大丈夫です。二人でも問題なく戻ることは出来ますわ」


 そう告げてカレナは立ち上がると、公爵の方へと身体を向けた。


「大議会の前日の忙しい時にお時間を取らせてしまってごめんなさい。でも、お話が出来て良かったですわ」


「いいえ。孫がご迷惑をお掛けしたようで、そのお詫びですよ」


 公爵は笑いながら答え、今度はアルトゥールを険しい表情で睨みつけた。


「おまえにはこれから説教だ。この国の貴族のなんたるかを教育し直してやる」


「あ~、カレナさま、本当にお送りしなくても大丈夫ですか?というか、出来ればお送りさせて下さると有難いのですが」


 アルトゥールは困ったように眉尻を下げ、カレナに申し出る。


「ふふ、残念ながら前言は撤回しないわ。でも、アルトゥール。今日はここに連れてきてくれて本当にありがとう。公爵とお話が出来て本当に良かったわ」


 カレナの言葉に、アルトゥールは苦笑を洩らす。


「いえ。わたしもここにお連れした時はこのような話になるなど、予想もしていませんでしたから。ただ、カレナさまのお調べしていることに少しでも協力出来たらと思っただけですので」


「でも、結果的に色々知ることが出来たわ。あなたのおかげよ」


「喜んで貰えたのならそれだけでわたしは嬉しいですよ。カレナさまの憂いたお顔も素敵ですが、笑顔のほうがもっと魅力的ですからね」


「こらっ、アルトゥール!もうそのぐらいにしろ!お前のそういうところを叩き直してやると言っておるのだぞ!」


 公爵の厳しい物言いに、アルトゥールは軽く肩を竦める仕草をする。


「では、わたくしたちはこれで失礼しますわ」


「はい。ではわたしは厳格なことで有名な祖父のお説教が待ってますので。カレナさまと次にお会い出来るのは三日後の成婚の儀だと思います。それまでは、どうぞお身体にお気をつけて」


「ええ、ありがとう」


 そうして、カレナは公爵の執務室から出て行った。


 しかし、この時誰一人として気がついてはいなかった。


 カレナたちが訪れたあと、この執務室の扉がほんの僅かに開いたことに。


 カレナや公爵の話のやり取りを、剣呑な瞳が窺っていたことに。






「アルトゥール」


 カレナとクララが出て行った扉をじっと見つめる孫に、公爵は声を掛けた。


「ああ、あまり怒らないで下さい。一応、玉砕した後の傷心中なのですから」


「まったくお前という奴は。次期公爵になろうという人間が王子の婚姻相手に手を出そうとしてどうする。貴族というものはだな、国王を助け国を良い方向へと導く――――」


「だから、分かっていますよ。というか、分かっているつもりでした。それでも、わたしは…………そういえば、なぜフランツ1世の側室の話を濁したのですか?」


「分かっておったか……。カレナさまはまだ真実を教えられてはおらん。だとしたら、わしがそれを話すことではない」


「真実?どういうことですか?」


「お前もいずれ知ることになるだろう。しかし、それは今ではない」


「何を知っているのです?」


「わしは何も知らんよ。知っていることは、ある偉大な国王とその側室の恋物語と、先見師の言葉に翻弄され真実を掴めなかった愚かな人間たちの話くらいだ」


「それは…………では、“ルードヴィヒ”という人物は?」


「それも同じだ。今お前に話す必要はない。さあ、そこに掛けろ。わしが今からお前に、じっくりと貴族の在り方について説いてやる」

 

 公爵の言葉に、まさか本当に説教を受けることになるとは思っていなかったアルトゥールは慌てだす。


「えっと、あの、大議会前でお忙しいのではないですか?」


 三月に一度の国中の三百超もの貴族が集まる大議会は明日に迫っている。折しも、フランツ王子とカレナ王女との婚姻の正式な決定も下されるであろう明日の大議会。筆頭貴族の一人として公爵の執務も多い筈だった。


「そんなことはお前に心配してもらわなくても問題ない。すべて滞りなく進んでおる。お前を教育し直す時間くらい残っておるぞ」


 幼い頃に、“貴族の子息とは”という説法を何時間も延々聞かされ続けた記憶がアルトゥールの脳裏に甦ってくる。


 アルトゥールは、嬉々として椅子から立ち上がる祖父の姿に心の底から溜息を吐いた。





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