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真実への階 1

 アルトゥールについてカレナたちが向かった先は、普段は立ち入ることのない貴族院議会の議場の手前だった。


 筆頭貴族が国政を動かす小議場と、三月に一度開かれる国中の貴族を集めて行われる大議会の議場。その手前には短い間隔で十以上の重厚な扉が存在している。


 場所の雰囲気も相まってどこか厳かな気持ちになる。こんな場所で誰に会おうというのだろう。


 カレナは訝しく思いながらも、クララと二人黙ったままアルトゥールの後を進む。

 

 するとアルトゥールの足が、ある一枚の扉の前でぴたりと止まった。


「こちらです」


 カレナに短く告げて、アルトゥールは軽く扉を叩く。


 直後、中から年配の男性のものらしき声が小さく聞こえてきた。


 アルトゥールはカレナに一度視線を移し頷くと、その扉をゆっくり開いた。


「失礼します」


「ああ、アルトゥールか」


 中はどうやら執務室のようだった。


 長椅子二つと天井に付きそうなほど背の高い本棚、奥の少し古めかしい机には白髪の大柄な厳しい表情をした老人が座っていた。視線は机の上にある書類に落とされたままで、それが動く気配はない。


「どうぞ、中へお入り下さい」


 アルトゥールから声を掛けられ、カレナはクララを伴い室内へと足を踏み入れた。


「あなたは……」


 アルトゥールの言葉に同伴者がいることを知ったのだろう。老人は書類から顔を上げカレナの方を見て驚愕に目を見開いた。


「アルトゥール!おまえ、これはどういうことだ!なぜ、おまえがカレナ王女と一緒にいるのだ!」


「まあ、落ち着いて下さい。そんな大きな声を出すと身体に良くありませんよ。カレナさま、こちらはわたしの祖父です」


 アルトゥールは、顔を仄かに赤く染め眉間に深い皺を寄せて叱責する自分の祖父に、困った顔をして宥める仕草を見せた後カレナの方を振り返る。


「アーヘン公爵ですね。婚約の儀に参列して頂いておりますが、改めて。はじめまして、カレナです」


 アルトゥールの体躯は祖父譲りなのかと、カレナは目の前の老人を観察しながら自己紹介した。


 随分と興奮している様子の公爵に、ここで怯んでは逆に嫌疑を深めてしまうだろうと、敢えて毅然とした態度で挨拶の言葉を述べた。


「ええ。アーヘン公爵領を治めさせて頂いております。お目に掛かれて光栄です。ところで、なぜ孫のアルトゥールとあなたさまが一緒にいるのですか?」


 カレナの態度に我に返ったのか、公爵は幾分落ち着きを取り戻した様子で、しかしまだその表情は厳しいまま今度はカレナへと的を移した。


「ちょっと、落ち着いて話を聞いていて下さい。とりあえず、カレナさまはそこの椅子にお掛け下さい。ああ、クララさんはカレナさまのお隣に」


 そう言ってカレナとクララを長椅子へと導いた後、アルトゥールは自らも向かいの椅子へと腰を下ろした。


「カレナさま、わたしはあなたにお話しておきたいことがあるのです」


「お話?」


「わたしの執務室で、フランツ王子の婚姻相手に何を話すというのだ!?」


「だから、黙って聞いていて下さい。出番はそのあとですよ」


 アルトゥールの気性はアーヘン公爵から譲り受けたものではないらしい。穏やかなアルトゥールに比べ、祖父であるアーヘン公爵は頭に血が上りやすいようだ。


 そんなことを思いながら、カレナはアルトゥールからの話を待った。


「カレナさま。わたしは昔、一人の美しい女性に目を奪われたことがあるんです」


「女性?」


「はい。昔と言ってもわたしが十代前半の幼い頃ですが。父に付いて祖父の使いでラウフェンの宮殿を訪れた時のことでした」


「ラウフェン?もしかして…………」


「その方はわたしよりも随分と年が上でしたが、わたしは美醜の区別はとうにつく年齢でした。フランツ1世がヘフレスから攫うように連れてきた美しい女性。特に目を引かれたのは、波打つ漆黒の黒髪と淡黄色の滑らかな肌。慈悲深く優しげな微笑みはこの世のものとは思えないほどの美しさで、わたしは父に呼ばれるまで茫然とその場に立ち尽くしてしまうほどでした」


「でも、フランツ1世の側室は――――」


「ええ、ヘフレス出身でした。それならば当然、肌の色はわたしたちと同じ真っ白な筈ですよね」


 話の意図が上手く掴めずに、カレナはそのまま口を閉ざした。


「カレナさま。わたしは婚約の儀であなたの美しさに感動を覚えたと申しましたが、実は驚いたのはそれだけではありませんでした」


 真意が理解できずに困惑するカレナを真剣な顔で見つめ、アルトゥールは再び口を開いた。


「カレナさま、あなたはフランツ1世が寵愛したその側室の方に瓜二つなのです」


「え…………」


「まるで、その側室の方の血縁者であるかのように」


 ――――血縁者。


 そんなことある筈がない。


「他人の空似ではないのですか?それとも、記憶が曖昧になっているのでは……」


 隣に座るクララが、カレナが思っていたことと同じ問いかけを返した。


「いいえ。あの頃から随分と時は過ぎましたが、今でも鮮明に思い出すことが出来るんですよ。その側室の方の姿は。なにせ、わたしの初恋でしたから。ああ、だからカレナさまを、という訳ではないですよ」


 もはや後半の言葉はカレナの耳には届いていなかった。カレナの頭の中はラヴィーナでの記憶で埋め尽くされていた。


 カレナの親族で異国に嫁いだものは極めて少ない。なにせラヴィーナは他国との交流が少なかった国だ。国同士の結びつきとしての婚姻などほぼ皆無に等しい。その数少ない王族の中で、ヘフレスに嫁いだ者など歴史を思い返してみても一人もいなかった筈だ。


 だが、なぜアルトゥールは急にこんな話を聞かせるのだろう。


「待って。あなたは、わたくしがフランツ1世の側室のことを調べていたことを知っていて、この話をしたの?」


「はい」


「なぜわかったの?」


「カレナさまの読んでいた書物ですよ。魔女に関するもの、ヘフレスに関する歴史書、そしてフランツ1世の伝記。そこから導かれる答えはフランツ1世の側室だと見当をつけました。間違っていましたか?」


「いいえ。間違ってなどいないわ。側室の方が魔女だと言われていたと聞いたものだから」


「カレナさま。フランツ1世の側室が魔女だと言われていたのには理由があるのです」


「理由?どのような理由なの?」


「フランツ1世の側室は紅い瞳の持ち主だったのです」


「紅い瞳…………」


「カレナさまとは瓜二つですが、唯一そこだけが違う点なのです。昔から魔女は紅い瞳で妖しげな魔術で人を狂わすと言われておりました。彼女が魔女と言われた所以はそこにあるのですよ」


「実際、魔術を使うことはできたのかしら?」


 カレナの問い掛けに、アルトゥールは少し自慢げに笑みを浮かべた。



 




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