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深き混沌への導き 5

「カレナさま……大丈夫ですか?」


「クララ、大丈夫よ。心配しないで」


 カレナは、心配そうにこちらを見つめるクララに穏やかに微笑む。


「……では、わたくしはあちらで控えておりますので何かありましたらすぐにお呼び下さい」


 渋々ながらもカレナの強い希望を酌み、クララは庭園の入り口の方向へと去って行った。


 カレナは気を鎮めるため深呼吸を数回したあと、庭園に咲く秋の花々に目を向けた。

 





 フランツの意識が戻ってから三日程が経過していた。

 

 あのフランツの寝室での一件以来、カレナは毎日フランツの部屋を訪れた。


 しかし、フランツの体調面や執務の滞りの解消などを理由に一日の面会時間を制限されている上、カレナの訪問する時間はなぜか必ずフランツが就寝している時だった。なので、カレナはいまだにフランツと話が出来ないでいた。


 それでもカレナはある決意を胸に、アルトゥールを庭園へと呼び出した。


 成婚の儀は三日後に迫っていて、フランツ以外の男性と二人きり室内で話をすることは得策ではないと考え庭園を選んだが、それもあまり良い選択ではなかったのかもしれない。


 秋も深まりつつあるこの時期は風が少し冷たく、長い時間この場所にいることはできないだろう。


 成婚の儀に体調を崩したなどということになれば、それこそフランツの正妃として不適格だと言われかねない。


 そんなことを考えていたカレナの耳に、草を踏みしめる音が聞こえてきた。


「カレナさま、お待たせしてしまって申し訳ありません」


 振り返ると、そこには少しだけ懐かしく感じるアルトゥールの姿があった。


「いいえ、わたくしこそ呼び立ててしまってごめんなさい」


「大丈夫ですよ。それで、お話というのは……」


「この前の返事をしようと思って。…………ごめんなさい、わたくしあなたの希望を叶えることはできないわ」


 カレナはアルトゥールの目をまっすぐと見つめて、はっきりとした口調で切り出した。


「…………………」


 カレナの言葉を聞き、アルトゥールはただ静かに黙ったままカレナを見つめ返していたが、やがて意を決したように口を開いた。


「それは、この先思いもよらぬ苦難の道が待ち受けているかも知れないフランツさまとの未来を選ぶ、ということですか?」


「ええ」


「エルフリーダ・ブレッヘルトが側室として王宮に上がることが真実だとしても、ですか?」


「ええ。もしかしたら偽りかもしれないし真実かもしれない。でも、わたくしを大切だと、守ると言って下さったフランツさまの言葉を、今は信じたいの」


 たとえ、側室としてのエルフリーダにフランツからの愛情を独占されることになるのだとしても。真実の愛を与えられず苦しむことになるかもしれなくても。


 あの日フランツの寝台でフェリクスに苦笑いされながら起こされるまでの、あのひと時に感じた自分の気持ちに賭けてみたいのだ。


「もうわたしが何を言っても、その決意は固いのですね?」


「わたくしはフランツ・ブルグミュラーの正妃としてここに来たわ。それに恥じぬ行動を取ろうと決めたの。でも、あなたには感謝しているのよ。フランツさまを信じられずに不安で押し潰されそうな時に随分と救われたわ」


 アルトゥールの姿を懐かしく思えたのも、既に過ぎ去りし過去の出来事だと自分自身の中で決着が付いているからなのだろう。


「その不安にさせる人物と添い遂げる覚悟がおありなのですね」


「可笑しなことにね、不安を安心に変えてくださるのも、そのフランツさまなのだと気が付いてしまったのよ。今

はまだあの方の本当の姿を見ていないのかもしれない。でもその姿を少しでも見られるように努力はするつもりよ」


 カレナはアルトゥールに向かって美しく微笑んだ。


 そんなカレナを見てアルトゥールは大きく溜息を吐いた。


「今日ここへ来た時のカレナさまのお顔を見た瞬間から、答えは既に予感しておりました。随分と晴れやかな表情をしていらっしゃる」


「ごめんなさい」


「謝る必要はないですよ。逆に、カレナさまを惑わせてしまって、謝るのはわたしの方です」


「ありがとう、アルトゥール」


「カレナさま、最後に一つわたしの願いをきいて頂けませんか?」


「願い?」


 アルトゥールはどこか悪戯を思いついた子供のような表情をしていた。


「はい。一緒に行ってほしい場所があるのです」


「でも、わたくしは王宮から出ることはおろか、限られた場所にしか行けないわ」


「ご安心を。王宮の中ですので。今から少しお時間を頂けますか?怪しい場所ではございませんから」


「……わかったわ。あなたを信用しているから、ついて行くわ」


 アルトゥールはカレナの言葉に、出会った時と同じ穏やかな笑みを浮かべながら王宮の入り口の方へと向かっていく。


 そんなアルトゥールに、カレナは頭に思い浮かべていたことをそのまま口に出した。


「以前から思っていたのだけれど、アルトゥールはお兄様に似ているわ」


「お兄様?ラヴィーナの第一王子ですか?」


「ええ。口数が少なくて普段はあまり笑うことはないのだけれど、わたくしとお話して下さる時はとっても優しく笑いかけて下さるの。一緒にいて穏やかな気持ちになれる方なの」


 カレナの言葉に、アルトゥールは振り返って苦笑を漏らす。


「……では最初からわたしは対象外だったということですね」


「あっ、ごめんなさい」


「いえいえ、光栄ですよ。ほかの殿方よりも親近感を持って下さっている、ということですから」


「ふふ、ありがとう」


 確かに、祖国から、家族から離れた不安な時に尊敬する大好きな兄に似た雰囲気を持つアルトゥールに抵抗なく馴染めたのは、今思えば不思議なことではない。


 自身の気持ちに整理がつき、カレナの心はまさしく先ほどアルトゥールに指摘された通りに晴れやかだった。も

う迷うことはないだろう。


「カレナさま!」


 王宮への入り口に近づいたカレナたちへ、待機していたクララが走り寄ってきた。


「大丈夫ですか?」


「言ったでしょ、大丈夫だって。でね、今からアルトゥールと行きたいところがあるのだけれど――――」


「いけません!成婚の儀はもう目の前でございます!フランツさま以外の方と出歩くなど論外です!」


 大層な剣幕で捲し立てるクララに、カレナもアルトゥールも顔を見合わせて苦笑を零すしかなかった。


「大丈夫よ。王宮の中だと言うし」


「一体どこに行こうというのです?」


「…………まだ聞いてなかったわ、そういえば」


「カレナさまのそういうところが心配なのです!」


「行先は着いてからのお楽しみなのですが…………やはり、随分と信用されてないのですね、わたしは」


 カレナとクララの会話を聞き、アルトゥールは寂しそうに溜息を吐いた。


「当たり前でございます!」


「クララ、もうそのくらいに……」


「では、クララさんも一緒に来てください」


「えっ……」


「わたしは別に構いませんよ。カレナさま専属の侍女の方ならば問題はないでしょうからね」


「ねえ、アルトゥール。一体どこに連れて行ってくれるの?」


「まあ、それは行けばわかりますから。というか、場所が問題ではなくて、そこにいる人物に会ってほしいのです

よ」


 誰に会わせてくれるというのだろう。


 アルトゥールは何を企んでいるのだろう。


 カレナには皆目見当がつかなかった。


 黙りこむカレナと大人しくなったクララを確認して、アルトゥールは穏やかな笑みを乗せて王宮へと歩みを進めた。







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