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眠れる獅子目覚めるとき 3

「ルディ、フースがさっき報告に来たよ。王女は離宮の自室で無事に休まれたって。また何かあれば連絡するってさ」


「そうか……」


 部屋に入ってきたフェリクスの言葉に、ルディと呼ばれた青年は書類から視線だけ一瞬離して短く一言告げた。そして再び書類へと視線を戻す。


「今日の離宮の庭園でのことといい、動くのが早いなぁ」


 勢い良く身体を長椅子に沈めたフェリクスの言葉に、茶の準備をしながらヴァルターが返す。


「あとひと月しかないからね。向こうも必死なんだろう」


「まあ、俺もそれを予想した上でフースを付けたからな。あちらもフースたちの正体は掴めていない筈だ。今日のことはいい予防線にもなるだろう」


 書類に目を通し終えて差し出された茶に口を付けながらルディが言うと、ヴァルターが鋭い視線を投げてきた。


「ルディ、やはりスッペ公爵だろうか?」


「いや、スッペ公爵自体はまだ様子伺い程度だろう。今日の庭園での犯人を取り逃がしているからはっきりとは言えないが、実際にいま動いているのは恐らく娘のエルフリーダじゃないのか。それも今回は脅し目的くらいの軽いものだ。恐怖心を煽って王女の出方を見るつもりだろ」


「エリーかぁ……。あれは昔から、フランツ王子、に一途だったからねぇ」


 フェリクスがわざとらしく“フランツ王子”というところを強調して言うのを聞き、ルディは片眉を上げて一笑すると切り替えした。


「リック、朝伝えたスッペ公爵領への偵察派遣の体制は整えたのか?」


「はあ?無理でしょう、今日の今日だよぉ。そうでなくても明日の婚約の儀の警備配置の確認だとかで時間を大量に割かれたから……」


「言い訳はいい、早くしろ。出来ないようならこの件はマイヤー団長に依頼するぞ」


「ダメだよ!そんなことしたら親父に何を言われるか!」


「いいか、マイヤー家の私設団から出してくれ。カレナ王女にはフースに加えてアルムスも付けるようにする。イリューンとムートスは離れられないから、俺の七人では人手が足りん。だが、くれぐれもマイヤー団長には団を動かすなと伝えておけよ」


「はいはい、急いでやりますよぉ。ルードヴィヒ様の仰せのままに」


 地雷をわざと踏んだことを後悔しつつ席を立ったフェリクスを見届けて、ルディはヴァルターに向き合う。


「ヴァルター、若干気に掛かる点がある。王の食事の再度調べなおしてくれ。それもおまえ自らだ。フックス宰相にのみ話を通してほかには内密に。その間の仕事は三分の一俺に回せ。残り三分の一はリックに」


 それを聞いたフェリクスは口を尖らせ不満げな態を示したが、結局何も言うことはなかった。


「毒物かい?以前数日行った調査の際にも反応は出てはいないが。それに調理担当は新しい人間が入ったのが一年ほど前だったね。しかも彼女はアーヘン家の遠縁の娘だろう。出自は確かな筈だが……」


 二ヶ月ほど前からブルグミュラーの国王は病に伏せっており、公の場所はもちろんのこと国政議会にさえ顔を出せない状態だ。国内でも名医と名高い主治医が診ても病名ははっきりと断定出来ていない。


 ヴァルターに言われてルディは胸のところで腕を組み再び告げた。


「今日オーアスからの報告があった。その女の祖母がスッペ公爵の腰巾着であるフッガー子爵の別荘で一時期給仕を勤めていたようだ。しかもアーヘン公爵領の干ばつで農家である実家の家計は火の車だそうだ。まあ、何十年も前だからかなり遠い話だが念のために。おまえなら解析できるだろう。一日分だけでなく時間をかけて飲み水や器の類も含めすべて隅から隅までだ。その間王への食事はフックス宰相に言ってすり替えさせろ。誰も気付かれることなくな。例の内偵の話と同時に進めてくれ」


 念のためと言った割には手の込んだ調査に、確信めいたものを感じて振り返ったフェリクスが話に入る。


「それが当たりだとすれば、かなり前からじわじわと毒を混入していたってこと?」


「まあ、そういうことだ。ただ……俺が毒を仕込むとしたら、毎日ではなく周りを欺くためにも日を置いて仕込む。例えば、直近では明日のような国儀で王宮内が混乱している時を選ぶがな。まあ、何度も混入済みだとしたらそんな些細なこと気にも留めないかもしれないが」


 フェリクスもヴァルターも昔からルディの鋭さは身を持って知っている。


 しかし王が病気で倒れたあとの宰相たちが行った調査では、毒物の反応は一切発見できていない。


 軽く嘆息してルディは立ち上がって二人を見やる。


「過去を嘆いても今更どうにもならない。王の病の進行を防ぐのを最優先として、スッペやフッガーの動向を注意深く探ってくれ。ああ、アーヘン公爵は限りなく白に近いと思うが念の為調べておいた方がいいかもな。それから、ヴァルターはダークを呼んで話を詰めてくれ」


「時期はどうするんだい?スッペ公爵と同時じゃないと意味が無くなるが」


「ああ。最終段階手前までだな。直ぐに動けるように準備させてくれ」


「エリーはどうするの?」


 フェリクスに問われてルディは何か考えるように目を細めたが、一瞬のちに元に戻すと迷いの無い口調で返す。


「エルフリーダの行動は予想外に早かったが、恐らく脅し以上のことはして来ないだろう。実際に動くのはスッペ公爵の筈だ。ラヴィーナからの財政援助の件も絡んでいるから、王女には脅し以上のことはしてこないだろう。それとマイヤー団長とフックス宰相にはこの事をくれぐれも口外しないことと、絶対に動くことのないよう再度伝えておくのも忘れないでくれ」


 ルディの言葉にヴァルターとフェリクスの二人は大きく頷いた。


「わかった」


「は~い」


「じゃあ、俺も今日は休む。明日は儀式の準備で朝が早いからな」


「ああ。じゃあ、明日」


「おやすみ~」


 二人を見送り、ルディは寝室に入り寝台の横に設えてある姿見の鏡の前に立つ。


 髪のあいだから見え隠れするのは黄金に染まった忌まわしき輝き。


 鏡に映る自分の姿を正面から睨みつけた。


 遠く離れた異国から来た美しい王女は、一度も姿を見せない自分の婚約者をどう思っているのだろう。大国の汚い内情など予想だにせず、今日の出来事から不安に胸を痛めているだろうか。それとも王子の醜い噂話を耳にして婚姻の破綻を願っているだろうか。


 どちらにしても知る者のいない異国で心細く思っていることには変わりない。


 だが、ここで王女をラヴィーナに帰す訳にはいかない。


 自分のエゴだけでここまで話を進めてしまったのだから。


 この諍いに巻き込んでしまったのだから。


 誰もが気付かないほどじわりじわりと、政の中枢に虫が巣食い始めたのはいつ頃だったか。


 礎である前国王の逝去後、国の重鎮たちが気付いた時には根こそぎ切除しなければならないほどに巨大化していた。


 表向きは未だに軍事大国として名を馳せ、諸外国にはこの国の危機は露呈していない。病巣を容赦なく切り落とすことができるのは今この時しかないのだ。


 残された期間は一ヶ月。


 そう長くはない。


 守らなければならない。


 フランツ王子の正妃を。


 この先の国の将来を。


 たとえそれがこの国の根幹を揺るがすことになろうとも。


 姿見に映る自分を再度見据えて、ルディは固く誓いを立てた。












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