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零れ落ちる欠片 6

「どうだった?」


「依然として意識不明だよ。医師によると、毒物による体温の上昇と呼吸不全の症状が顕著に出てるって。意識が戻るかどうかはなんとも言えないって」


 フェリクスと侍従のゲルトが、意識のないフランツを連れて王宮に戻ってから半刻が経とうとしていた。

 

 守りきれなかったことからの後悔と自己嫌悪に沈み込むフェリクスを叱咤し、そしてフランツを託して、ヴァルターは早期回復の見込めないフランツに代わりに、今後の執務の予定を調整して穴を埋めるべく奔走した。

 

 そして今、ようやく一段落がつきフランツの自室へと戻ってきたところだ。

 

 枕元に佇むフェリクスにフランツの容態を尋ねたが、返ってきたのは症状から察していた通りの状態で、ヴァルターはその美貌に似つかわしくない舌打ちをした。


「カレナさまは?」


「精神安定薬を飲ませて自室で休ませたよ」


「そうか……」


 ヴァルターは、フランツに付き添うように先刻までこの部屋にいたカレナの姿を思い返した。


 自身を刃から守るために傷を負ったフランツへの自責の念からか、それとも別の感情からなのかは定かではないが、ヴァルターが事の次第を聞きこの部屋へと駆け込んできた時、カレナはその美しく輝く黒い瞳から止め処なく涙を流しながら幾度となくフランツの名を耳元で呼んでいた。


 若干の錯乱状態に陥っており、どれだけフェリクスが宥めて自室へと帰そうとしても聞き入れず、困り果てた末、王宮医に精神安定薬を処方させ眠気に虚ろとなったところをゲルトが自室へと連れて行ったという。


 普段はどこかフランツを避ける様子が見られるカレナがあそこまで動揺するのは、ヴァルターにとってはまさに驚きだった。好意を抱いていることを垣間見せることなど、お互い微塵もなかったのだから。


「やっぱり毒物だったね」


「ああ。詳しく調べなければ何とも言えないが、国王に使われたものが遅効性のものだとすると、今回は同じものの即効性のものだと思うよ。そうすると、この国にある解毒剤が通用しない毒物ということになるね」


「……フランツ王子は殺す価値さえない人物だって、ルディが笑いながら言ってたのに」


「リック、その名は出すなと言ってあるだろう」


 顔を伏せて力なく呟いたフェリクスを、ヴァルターが小声で嗜める。


「ごめん、守れなくて……」


 ヴァルターの言葉に反応せず、フェリクスは再び搾り出すような小さな声を吐き出した。


 ヴァルターはそんな項垂れるフェリクス肩を軽く叩き、穏やかな声音で諭す。


「リックが責任を感じる必要はないよ。俺だってフランツさまが、まさか命を狙われるとは思いもしなかった」


 今のフランツは、敵にとって利用する価値のある存在だと信じて疑わなかった。だからフランツが狙われるとはまさに青天の霹靂としか言いようがない。敵はそれほどまでに今の状況に焦燥を感じているのだろうか。


「それに、幸いアルムスの機転で何とか一命は取り留めただろう。そう悲観するな」


「でも、犯人を捕まえることはできなかったでしょう……」


「ああ。フランツさまたちを襲った男たちは、恐らく囮だったのだろうね。フランツさまがカレナさまを庇う姿を確認してから、わざとフランツさまの視界に入るようにナイフを投げた筈だとアルムスが言っていたよ。そうでなければ、わざわざ男たちが数人倒れた後で狙うなんてありえない」


「あの男たちに殺意は感じなかったからね。僕だってそれくらいのことはわかってたんだ。おかしいと疑うべきだった。もっと近くで守るべきだったんだ。それなのに……」


「アルムスも同じことを言っていたよ。でもリック、以前あの方が言っていただろう。過去を嘆いていても仕方がないと。お前は他にしなければならないことがあるのではないのかい?」


 ヴァルターは数日前にルードヴィヒが想いを口にした時のことを思い出す。


 そう、たとえ予定外の出来事が起こったとしても、自分たちは前に進まなければいけないのだ。それしかこの国を救う術はないのだからと言った、あの時の彼の苦悩に満ちた表情を。


 今ならば、あの時のルードヴィヒの言葉が痛いほどによくわかる。意味合いは違えど、自身の大切な人を失くすかもしれない恐怖を抱えながらも、与えられた責務を全うしなければならないのだ。


「……うん。そうだね。僕は今自分にできることをするよ」


「じゃあ、まず手始めにフランツさまとエルフリーダの婚姻話だね。こんな時だが、俺からスッペ公爵に話を通しておくよ。あの方に言われた時、すぐにでも話をしておくべきだったが……」


 ルードヴィヒに話を進めて欲しいと言われた時にスッペ公爵の話を受けていれば、今の状況は違っていたのかもしれない。エルフリーダがフランツの正妃の座に強い執着心を抱いているのは、フランツの周りでは以前から有名な話だった。いや、見ている限りでは正妃の座ではなくフランツ自身に執着の念を感じるのだが。


「ヴァルター、過去を嘆いても、でしょ?」


 先ほど自分が発した同じ台詞に窘められて、ヴァルターは苦笑を漏らす。


「ああ。そうだなあ……とりあえず、フランツさまの執務を半分お願いするよ」


「えっ!半分も!?いや〜、無理でしょ!」


「こういう時は何事も半分ずつだよ。喧嘩の原因になるからって昔決めたよね?」


「そ、そうだっけ?」


「憶えてないのかい?いつまでも甘やかさないよ。」


 感傷を振り切り、この上なく極上の笑みを見せるヴァルターに、フェリクスは口を尖らせた。


「ちぇっ。わかったよ!やればいいんでしょ!やれば!」


「リック、その言葉使いも今だけだよ。成婚の儀まで絶対に使ってはいけないよ。いいかい、とりあえずフランツさまの回復が一番の鍵になる。成婚の儀まであと半月をきっているんだから」


 頬を膨らませる執務嫌いの幼馴染に、ヴァルターは笑顔のままで念を押した。






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