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零れ落ちる欠片 3

 時が止まる。


 大通りから聞こえてきていた喧騒も、今は一切耳に入ってこない。


 二人のいるこの空間だけが世界から切り離されてしまったかのように、何もかもが停止したままだった。


 何を言われているのか瞬時に理解できなかった。


 城に閉じ込めると言ったのだろうか。


 先代の王妃たちのように、自分はあの城に幽閉されるのだろうか。


 そして同じように気をたがえて朽ち果てていくのだろうか。


 そう考えた瞬間に、カレナの身体に悪寒が駆け抜ける。


 そんなカレナを見下ろして、フランツは先ほどと同じように楽しそうな、それでいて歪んだ笑みを見せたままだ。


 驚愕と恐怖に目を見開くカレナに、再び何か告げようとしたのだろうか、フランツが口を開いたその時だった。


 大通りから大勢の足音が聞こえてくる。


 音からして二人や三人の数ではない。


 カレナの腰に回っていたフランツの腕が強張り、そして離れていく。


 それと同時に、カレナはフランツに腕を引かれ後ろへと追いやられた。


 フランツはカレナの身体を隠すように目の前に立ちはだかっていて、カレナからは大通りの方向の景色は窺い知ることができない。


 そうしているうちに、頭上で舌打ちが聞こえたかと思うと次の瞬間、カレナは強い力でフランツに腕を引かれていた。


「カレナ、後ろを見るな!そのまま走れ!」


 前を見据えたままフランツが怒鳴る。


 今まで聞いたことのないフランツの激しい物言いにびくりと身体を揺らしたものの、カレナは訳も分からず言われるがままに全力で駆け出した。


 狭い路地を駆け抜け、いくつもの十字路を折れる。


 カレナはもう既にどうすれば元の大通りに出られるのかわからなくなってしまったが、手を引き導くフランツの足取りが迷いのないように感じるのは気のせいだろうか。


 後ろからは、絶え間なく沢山の大きな怒鳴り声と足音が聞こえている。


 何が起きているのかわからなかった。


 なぜ自分はフランツと共に走っているのだろう。

 

 なぜ大勢の人間に追われているのだろう。


 フランツが命を狙われているのだろうか。

 

 そんなことを考えているうちに、二人は行き止まりに追い込まれていた。

 

 先ほどと同じように、カレナを自身の身体の陰に隠すように立つフランツ。

 

 カレナは訳もわからずに乱れた息を整えながら、フランツの身体から顔を覗かせた。


 二人を追い詰めていた明らかに柄の悪そうな男たちが路地を隙間なく埋め尽くしている。十数人はいるだろうか。屈強な身体つきをした男たちは腕に覚えがあるのか、手にはそれぞれ慣れた手つきで剣を持ち、下卑た笑みを浮かべてこちらを見ている。


「残念だな。行き止まりだ」


 男たちの一人が剣をちらつかせながら一歩前に歩み出た。この男が主犯格なのだろう、一人だけ飛びぬけて体格がいい。


 男の発した言葉に、後ろにいる男たちから下品な笑い声が響く。

 

 いつの間に剣を抜いていたのだろうか、フランツがカレナの身体を左腕で庇いながら剣を翳す。


「誰に言われてこんなことを?と言っても答えないだろうねえ」


 余裕さえ感じさせるようなフランツの言葉が真上から聞こえてくる。


「そりゃあ、当たり前だなあ」


「目的は僕だよねえ?それぐらい答えられるでしょう?」


「ああ、お譲ちゃんには手は出すなって言われてるが…………まあ、あんたを痛めつけて

から俺らが可愛がってやるのも悪くはない。それだけの上玉だ。ちょっとくらい手を出した後でも高く売れるだろうな。ありがとよ。わざわざ自分らで袋小路に迷い込んでくれて」


 品のない笑みを浮かべる男の言葉に、不快感が込み上げてくる。カレナはフランツの後ろに隠れながら、自分の身体をぎゅっと抱き締めた。


 すると、そこに男たちの笑い声を一蹴するかのような大きな声が響き渡る。


「こちらこそ、ありがとう。素直に付いていってくれて」


 いきなり現れた新たな声の介入に、カレナはフランツの身体越しに前方に目を凝らした。


 大勢の男たちの隙間からフランツの侍従であるゲルトとフェリクスの剣を構えた姿に加え、先の鋭いナイフを何本も手に持ち男たちを見据えている見たこともない小柄な男が目に入る。


「何?!何だ、おまえらは?!」


 フェリクスの言葉と先ほどの淀みない足取りからすると、やはりフランツは意図してこの場所にたどり着いたのであろうことがわかる。


 完全な挟撃状態であったが、圧倒的な人数の差は男たちにとっては安心をもたらす要素として十分だった。背後からのフェリクスたちの登場に、驚きはしたものの再び彼らは顔に笑みを浮かべた。


「たかだか四人で俺らを倒せるとでも思っているのか?」


「う〜ん、どうだろうねえ。試してみる?」


 あくまで態度を変えないフランツに、男は笑みを歪んだものへと変えた。


「フ、フランツさま……」


 十五人ほどいるであろう男たちに対して、こちらはカレナを除いて四人。いくら近衛騎士隊を統べるフェリクスがいようとも、あまりにも無謀な争いだ。


 フランツが剣術を学んでいないことを聞き及んでいたカレナは、目の前にあるフランツの上着の裾を握り締め恐る恐る声を掛けた。


 カレナの声に反応し、顔は前に向けたままフランツは視線だけでちらりとカレナを見やる。そして再び目線を前に戻してから口を開いた。


「カレナ、そのまま目を閉じて少しだけ待っていてくれる?」


「で、でもフランツさまに何かあったら……」


 カレナの言葉に、今度は顔を動かし目を見開いてカレナを見つめる。そしてすぐにふわりと綺麗な笑みを作ると、不安げな表情を浮かべるカレナの額にちゅっと軽く音を立てて唇を落とした。


「大丈夫だよ。君を完全に僕のものにするまでは死なないから。だから目を閉じてさっきまで見ていたレドラスの街を思い返していてごらん。きっとそれが終わる頃にはこっちも終わってるよ」


 そう言い終えて再び前を見据えるフランツに、会話が終わるのを待っていたかのように男たちが声を張り上げて走り出してくる。


 あまりの恐怖に身体が後ずさる。


 壁に背を付けたカレナは、咄嗟に手で顔を覆い自ら視界を遮った。

 

 鋭く響く剣の交わる音と男たちの怒号が辺り一面を包み込む。

 

 そんな異様な空気の中、カレナは只々無心にフランツの無事を祈り続けた。





 


 


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