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零れ落ちる欠片 1

 次の日はカレナの心とは反対に、雲一つない快晴だった。


 用意された朝食に半分以上口をつけることが出来ず、心配するクララにカレナは大丈夫だと笑顔で答えた。


 その朝食の後、見計らったかのように訪れたジルケによって、カレナが今日着るべきドレスが届けられた。昼前にはフェリクスが迎えに来るという言葉を残して、彼女はすぐに部屋を出て行った。


 そして半刻ほどが過ぎ、クララが再びカレナの部屋を訪れた。


「まだお時間はございますが、着替えを済ませておきますか?」


 ジルケから手渡されたドレスの包みを手にクララが問いかけてくる。


「そうね。もう着替えておこうかしら」


 カレナの返事を受け、クララは手の中にある包みを開ける。すると中から出てきたのは、街で一般的に着られているような簡素な一枚のドレスだった。


 もしかすると、フランツはレドラスの街に下りようとしているのだろうか。それ以外にこのようなドレスを着る理由は思いつかない。


「カレナさま、フランツさまはなぜこのようなドレスを……」


「街にお忍びで行くのかもしれないわ。ほら、ジャン・パウルもよく簡素な服を着て抜け出していたでしょう?もっとも、あの子の場合はもっぱら森の中だったのだけれど」


 カレナの弟であるラヴィーナの第二王子は、植物の研究者として国政に関わることなく日々を過ごしている。その弟が、以前こういった服を着て城を抜け出して王城近くの森に通っていたことがあった。


「ああ、そういえばそんなことがございましたわ。それではフランツさまも同じように?」


「ええ。わからないけれど、恐らくは」


「カレナさま、何度も申し上げますが、くれぐれもアルトゥールさまとの件を口に出さないよう、お気をつけ下さいませ」


「ええ。わかっているわ」


 カレナは、フランツがなぜよりによってこのタイミングでカレナに会おうとしているのか躊躇いながらも、それを決して表に出さないよう決意を新たにし、渡されたドレスに袖を通し始めた。








 昼少し前、カレナは迎えに来たフェリクスにつれられて、普段は施錠され使われることが少ないという小さな通用口から外に出た。


 そこで待っていたのは、どこにでもあるような街馬車と、普段どおりの笑みを浮かべたフランツだった。身に着けているものは、やはりカレナと同じような簡素な上下に、同じく簡素は剣を腰に携えている。


「やあ、カレナ。待っていたよ〜。さあ、乗って乗って」


 フランツに促され、カレナは停めてあった馬車へと乗り込んだ。カレナに続き、フランツとフェリクスも同じように乗り込む。


 馬車の御者台には、ジルケによく似たゲルトというフランツの侍従が一人で座っていた。護衛は見たところフェリクスしか見当たらない。フランツは剣術を使えないことを聞いているから、お忍びとはいえ、どう考えても王子とその正妃が街へと繰り出す図とは思えない。カレナは自分の予想が外れていたことを知り、馬車が動き出し程なくしてフランツへ疑問を口にした。


「あの、どこに行かれるのですか?」

 

 しかし、返ってきた答えは一刻ほど前にカレナが予想していた通りのものだった。


「カレナにレドラスの街を案内しようと思ってねえ」


「え……あの、護衛がリックしかいないようですが」


「うん。リックだけだよ〜。どうして〜?」


「大丈夫なのでしょうか?」


 かりにも大国唯一の王子で、そして王位継承者である。もし万が一何かあった時にフェリクス一人で対応できるのだろうか。もちろんカレナは剣術など使えるはずもない。ラヴィーナのような戦いの全くない平和な国ならまだしも、この国は広大な国土を有する軍事大国である。王位継承者に迫る危険が全く無いとは言えない筈だ。


「心配しなくても何かあった時は、リックがカレナを守ってくれるよ〜。ねえ、リック」


 通常こういう場合は婚姻相手であるフランツが、カレナを守るという言葉を口にする場面なのではないか。しかし、フランツにそれを期待すること自体間違っているのだろう。自称とはいえ、なにしろ剣術は全く不得手なほど病弱だという話だから。


「はい。カレナさまはわたくしが必ずお守りしますのでご心配なく」


 フランツに話を振られたフェリクスは爽やかな笑みでカレナに笑いかける。しかし、庇護する対象は一人ではない。


「リックがわたしを守ってくれるのはいいのですが、フランツさまは誰が守るのですか?」


「え、僕?僕は大丈夫だよ〜。こう見えても逃げ足だけは速いんだ。ねえ、リック?」


 それはカレナが危険な目に遭っても自分は逃げると、遠まわしに警告されているのだろうか。その可能性は多いに有り得る話である。


「はい、フランツさまは逃げ足だけは一級品ですよ。カレナさま、ご安心下さい」


 逃げ足だけとは、それはそれで問題なのではないだろうか。仮にも大陸一の強国の次期国王なのだから。


「だから、カレナは安心して楽しめばいいんだよ〜」


「はあ……」


 カレナはなんとも複雑な気分のまま、曖昧な返事を返した。


 そんな脱力するような話をしているあいだに、馬車は王都レドラスの街の広場にある馬車の乗降場に着いていた。


 馬車を降りたカレナの目に映ったのは、ラヴィーナの王都とは比べ物にならないほどの人の波と、煉瓦造りの美しい建物の街並みだった。


 ラヴィーナの王都クラインリートも活気がないわけではなかったが、レドラスのものと比べると明らかにその差がひと目で理解できる。


 商店が所狭しと連なり、まっすぐに歩けないほどの人々が行き交う石畳の道。どの商店からも活気のある声が飛び交っている。道行く人々は、カレナの普段着ているものよりは簡素ではあるものの、ラヴィーナでは見かけることのない色とりどりの華やかなドレスに身を包んだ若い女性も多く見られる。


 カレナは広場から見ることの出来る王都の街を、大きな瞳を見開いて興味深そうに見渡していた。


 そんなカレナに、フランツはより一層笑みを深めて手を差し出した。


「さあ、カレナ。レドラスの街を案内するよ。おいで」


 カレナは街並みに向けていた視線をフランツに移し、心の中の戸惑いを隠しながら差し出された手に自分のそれを重ねた。





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