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雲間に瞬く星の囁き 5

「申し訳ありませんが、わたくしよくわかりませんわ」


「そうよねえ、わたしだって理解できていないもの」


 茶の仕度を整え戻ってきたクララに、カレナは正面の椅子へと促してこれまでのことを話して聞かせた。もちろんフランツから受けた口付のことは省いてだったが。


「整理してみませんか?まずはじめに国王陛下の仰ったルードヴィヒという人物とラウフェン宮殿に関してですが」


 確かに要点をまとめなければ、混乱してしまうだろう。実際に自身で見聞きしたカレナでさえも整理できていないのだから。


「ええ。ずっと調べていたのだけれど、ルードヴィヒという人物は今のところ全く情報がないのよ。ラウフェン宮殿はこの前フランツさまと行ってきたのだけれど……」


「フランツ1世前国王の肖像画の横に、ラヴィーナの絵が掛けられていたのですね」


「そうなの。クララも行ったことがあるでしょう?ヴィースヴァルドの丘から街を見下ろした時の景色だったわ。フランツ1世前国王の側室がお気に入りだった絵だと聞かされたのだけれど、何の変哲もない風景画よ。わたしのようにラヴィーナ出身であるのならまだしも、なぜヘフレス出身の側室がその絵をお気に入りになられたのか全く理解できないわ」


「テオドール国王はその絵の存在を知っていて、カレナさまにラウフェン宮殿のことを仰ったのですね」


「ええ、たぶん」


「ですがそれとルードヴィヒという人物がどう繋がるのでしょうか?」


 カレナがラウフェン宮殿を訪れた際に飾られていた肖像画は、フランツ1世のもの一枚のみだった。そして、ラウフェン宮殿にはプファルツ夫妻以外に誰も住んでいないということは本人から聞いていたので、あの宮殿にルードヴィヒという人物が住んでいるということはないだろう。


「わからないわ。でもリックに、その名前はこの王宮では出さない方がよいと言われたから、少なくともリックは知っている筈だわ。それに同じフランツさまの側近のヴァルターも知っている可能性が高いわね」


「では、なぜ隠すのですか?」


「さあ。王宮では知られてはまずい人物なのかしら。それくらいしかわからないわね」


「で、そのフランツ1世さまの側室の方が、存命中に魔女だと言われていたのですか?だから、あの時カレナさまは突然魔術師のことを口に出されたのですね」


「そうなの。だってわたし魔術師なんて見たことないんだもの。ねえ、魔女ってことは魔術が使えたってことよね?」


「そうですね。それ以外で魔女と言われる所以はございませんもの。でも、わたくしも一度お目にかかってみたいものですわ」


 ラヴィーナでは伝説にさえなっている存在だ。確かに一度この目で見てみたいという気持ちはカレナにもわからなくもない。


「ええ、良い魔術師ならばね。でも残念ながらフランツ1世をたぶらかした悪い魔女と言われているみたいだし、既に亡くなっているわ」


「それで、ラウフェン宮殿に行かれた際に、書物に記録されているフランツ1世に告げられた先見師の言葉とは違う言葉を教えられたというのは?」


「プファルツ老師が、書物に記されていないお告げの言葉を敢えてわたしに教えたその理由が全くもってわからないの。テオドール国王を示す神の子に黒の聖女が現れて真実が明らかになるってことだと思うのだけど」


「謎だらけですね。フランツさまがそのお告げの対象だとしたら、黒の聖女はカレナさまということになるのかもしれませんが」


「まさか。わたしは聖女なんて尊いものでもなんでもないわ。それにわたしがブルグミュラーに来たことで何かが起こるとも考えられない」


「フランツさまのことも……」


 クララの言葉に、カレナは近いうちに夫となるであろう人物の姿を脳裏に思い描いた。彼の時折見せる激情は、母親に虐げられて育った結果なのだろうか。


「王妃さまやテオドール国王、それにフランツ1世前国王はフランツさまの何を見たのかしら。恐らくそれが原因で知能障害だと言われているのだと思うけれど。なぜフランツさまは普段あんな態度を装っているのかしら」


「フランツさまのことはよくわかりませんが、とりあえず落ち着くまではアルトゥールさまにはお会いにならないほうがよろしいかと思いますわ」


 クララは真剣な表情でこちらを見ている。クララにもラヴィーナへの思いがあるのだから、その発言はもっともだ。軽率な行動は全てにおいて祖国の立場に関わってくる。カレナの行動次第で、ラヴィーナは新たな後ろ盾を探さなければならなくなるのだ。


「フランツさまがカレナさまに好意を抱いていないという確証はないのですから、もしこの国に正妃の情夫という存在が黙認されているのだとしても、衝動的な行動は慎むべきだと思いますわ」


「そうよね。わたし、そのようなことが許されていること自体に戸惑ってしまって。それを理解できるようになるまでには時間が掛かりそうだわ」


 幸い四日間はアルトゥールが王宮を訪れることはない。すぐに答えを出さなくても良いと言っていたから、カレナに考える時間を与えたのだろう。当分会うのは避けるのが得策だ。


「カレナさまはフランツさまのことをどうお思いになっているのですか?」


 カレナの身体がピクリと反応する。


「……わたし、よくわからないの。フランツさまのことを少し恐ろしいと感じていることは確かなんだけれど、でもそれだけではないのよ。フランツさまの本当の姿をまだ見ていないような気がして、あの方のことが気になって仕方がないの。あの瞳から目が放せないのよ」


 あのブルーグレイの瞳が何かを訴えているような気がしてならないのだ。彼の本当の姿を見てみたいという欲求が、彼に会う度に強まっていく。


「では、アルトゥールさまは?」


「……わからないわ。とても素敵な人だとは思うの。フランツさまといるときには感じられない穏やかさがあって、一緒にいると落ち着くことは確かだわ。少しお兄さまに似ているかしら」


 祖国の三つ年上の兄を思い出す。寡黙だがとても思慮深く、いつもカレナを温かく見守ってくれた人物だ。


「ノルベルトさまですか?」


「ええ、お兄さまといるときのような穏やかな気持ちになれるから、余計に親近感が湧いてしまうのかも」


 兄を思い出し少しだけ顔を綻ばせたカレナに、クララは顔をしかめる。


「カレナさま、くれぐれも軽率な行動は慎んでくださいませ」


「わかっているわ。アルトゥールはお兄さまではないもの」


 そう、彼は兄ではない。兄にはない激情を宿しているのだ。


 その時、不意にカレナの自室の扉が叩かれる小さな音が耳をかすめた。時刻は昼の少し前だ。昼食の準備ではなさそうだ。


「どうぞ」


 注目した扉から現れたのは意外な人物だった。


「失礼致します。フランツさまからのご伝言でございます。明日、御一緒にお出かけをされたいとのことです」


「……明日?わかったわ」


 入ってきたのは、フランツ付きの侍女ジルケだった。相変わらずその表情に感情の色はない。


 アルトゥールが王都を離れた時にこの申し出というあまりのタイミングの良さに、フランツがカレナとアルトゥールのことを知っているのかと少し怖くなる。


「はい。お召しになって頂くドレスはこちらでご用意させて頂きます」


「ドレスを?今あるものではいけないの?」


「はい。また明日お届けさせて頂きます。それでは失礼致します」


 いつもどおりの無駄を省いた行動をとるジルケの後姿を見送り、カレナは溜息を吐いた。


「すごいタイミングだわ。まるでアルトゥールがわたしに申し出た話の内容を知っているみたいな……」


「カレナさま、何もない振りをするのが一番ですわ。情夫になりたいと申し出をされたことなど、おくびにも出さないようにしてくださいね」


「もちろん、わかっているわ。でも、ドレスを用意してくださるなんて、いったい何をするつもりなのかしら」


 カレナの部屋の衣装部屋には、それこそ色とりどりのドレスが山のように仕舞われている。そのほとんどがフランツによって婚約の儀の前に用意されたものだ。


「もしかしたら、どこかへお出かけになるのではないでしょうか?」


「今の衣装部屋に沢山あるドレスを着られないような場所に?まあ、どちらにしても明日になればわかるのだし、とりあえず今日はゆっくり休むわ」


「はい。では昼食の準備をしてまいりますのでお待ちくださいね」


 食事の準備に席を立ったクララを目で追いながら、カレナはフランツのことを考えた。


 このタイミングは本当に偶然なのだろうか。


 もし、フランツがアルトゥールのことを口にしたら、自分はなんと答えるのだろうか。


 カレナがアルトゥールに会っていたのは書庫の奥。書庫は人の出入りが少なく、更には奥の棚には滅多に使われることのない専門書が並んでいる。カレナとアルトゥールの話を誰かに聞かれている可能性は、限りなくゼロに近い。それでも、カレナやアルトゥールが書庫に入っていく姿を誰にも見られていないという保障はないのだ。


 カレナにおかしな執着を持つフランツが、書庫でのことを知っているとしたらどのような反応を示すかなど、想像するだけで身体に震えが走る。


 カレナは明日のフランツとの約束に思いを馳せ、再び大きな溜息を吐いた。







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