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光の痕跡 4

 カレナが書庫に通い出してから三日が過ぎた。

 

 膨大な書物と格闘し続けているが、先日手に入れた情報以上の成果は挙げられていなかった。それでもいまだに目を通していない書物のほうが多いのだ。この先のことを考え、カレナの気は重くなる。

 

 相変わらず、フランツからの音沙汰は一切無い。

 

 カレナも期待するだけ無駄なことに気力を使うことに嫌気がさして、フランツのことは考えないようにしようと思っていた。

 

 ありがたいことに、書庫に篭もって無心に書物を読みふけっていれば何も考えずに済む。今日とて朝食の後にすぐさま書庫に向かい、人気がない死角に備え付けられた机で半日を過ごした。いまは昼食の時間になり一旦自室へと戻ってきたところである。

 

 カレナは、二日前にエルフリーダが零した言葉がどうしても気になっていた。


『フランツ一世前国王陛下の側室は忌まわしき魔女だったのですよ』


 ――――――魔女。


 それは太古の昔に不思議な力を宿していた人々、いわゆる魔術師たちの女性限定の蔑称である。


 その昔、多くの魔術師たちが大陸中に存在し、この世界の国々で生活を営んでいた。しかしいつからだろう、その数も大陸の南方から徐々に減少していき、いまでは北方の数カ国にしか存在しなくなっていた。王族や国民を守るために魔術師を使役している国など、大陸最北端の国レックスロートくらいしかない。そしてその数も減少の一途だと聞いている。


 もちろんカレナは魔術師を見たことはない。カレナが生まれた頃には、遥か昔に南方の国々ではその存在は絶えており、既に伝説に近い空想上の人物たちという扱いになっていた。そしてどちらかというと、国や主を守るために力をふるう勇猛な存在としてではなく、忌まわしい呪いを授ける者たちとして忌み嫌われていた。


 その最もたるものは女の魔術師である。力の強い魔術師の特徴でもある真紅の瞳で男を誘い、妖しげな魔術で堕落させる忌まわしき存在。その蔑称が魔女なのだ。南方の国々の御伽噺には、そんな魔女たちが悪の象徴として物語に数多く登場する。


 恐らく南方の国々ほどではないにしろ、大陸の丁度中間に位置するこのブルグミュラーでも似たような扱いなのだろう。先日のエルフリーダの言葉を聞く限りでは。


「どうかされましたか?カレナさま」


 食事をする手を休めたカレナに、クララが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「あっ、ううん。なんでもないわ。……ねえ、クララは魔術師って見たことある?」


「魔術師ですか?いえ、ございませんわ。なにぶん十二で王宮に召し上げられましたから、俗世には少し疎いのですわ。魔術師は御伽噺でしかお会いしたことはございません」


「そうよねえ。わたしが見たことないのにクララが見ている筈がないわね」


「そうですわ。ああ、でも幼い頃ですが、わたくしたちが生まれる前にラヴィーナの王族に魔術師が誕生したことがあると耳にしたことがありますわ」


「王族で?」


「ええ。幼い頃ゆえ詳しい話は憶えていませんが、確か女性だったと思いますわ」


 王族のカレナでさえ聞いたことない話である。祖国の王宮にある蔵書の歴史書にもそんな記載は一切ない。


「本当に?」


「ええ。ですがそれ以来まったく耳にしていませんから、それが真実ならばわたくしが生まれる随分昔の話ではないかと思います。それこそ何百年も前の」


「そうね。そんな話が近い過去の出来事ならば、わたしたちの耳に入ってもおかしくはないものね」


「はい。ですが、なぜそのようなことをお聞きになるのですか?」


「たまたま聞いたのよ。ブルグミュラーの昔の国王の側室に魔女がいたって話を。どこまで信憑性があるのかは、全くわからないけれどね」


 あまり深く追求される前にこの話を打ち切りにしなければと思い、カレナは椅子から勢いよく立ち上がった。


「もう下げていいわ。わたし午後からも書庫にいるから、何かあったら教えてね」


「もう行かれるのですか?もう少しここでくつろがれてからでも――――」


「読みたい書物があるの」


 ここ三日間の書庫通いに訝しく思っているであろうクララを振り切り、カレナは足早に自室を出て書庫へと向かった。






 フランツと会っている形跡があまりにも少ないからであろう。クララがカレナとフランツの仲、そしてカレナの書庫通いを訝しく思いはじめているのは知っている。


 それでも、フランツとの関係はカレナの努力次第でどうにかできるものではなく。会う機会さえままならないのだからどうしようもない。


 祖国ラヴィーナの両親に知れたら、さぞかし慌てふためくだろうことは目に見えている。フランツがカレナを拒絶すれば、ラヴィーナは自国を防衛する手段を失うのだから。実際にフランツとの婚姻は、同盟を結ばなくてもそれ自体が他国への牽制となっている。


 それでもカレナからフランツに会いに出向くよりも、自身の欲求である謎に包まれた様々な疑問を解決したいということに完全に食指が動いている。


 昔からこうと決めたら何が何でも成し遂げなければ気が済まない頑固な一面を持つカレナは、自身に告げられてはいない事実を知るためならば、連日の書庫通いもなんとか我慢できる範囲のものだった。


 しかし、王宮の書庫に蔵書されている書物でもカレナの望む情報はあまりにも乏しく、調べ始めて三日目の今日は視点を変えようと朝からヘフレスについて調べ始めた。フランツ一世の愛した側室の出身国である。


 現在はブルグミュラーの一部で四つの領土に分割されてしまっている、この国の最南端に位置するヘフレス地方。王都レドラスよりも雨季が長く大規模な森林の多いその地方は、もともと材木の取引で発展していった国ヘフレスがあった場所だ。


 ヘフレスは長年争い事も少なく財政面でも安定した平和な国であった。しかしこの国の栄光は、最後の国王クレメンス四世の暴挙で幕を下ろした。


 当時、他国の侵攻で急激に勢力をつけていたブルグミュラーと同盟を組んでいた盟友の筈だったヘフレスは、クレメンス四世が王位についた頃からその立場を徐々に変化させていった。


 その時すでに六つもの国を手中に収めていたブルグミュラーは、恐らくその時点での戦力は今と同様に世界最強だったであろう。そのブルグミュラーに対して何を血迷ったのか、クレメンス四世は盟約を反故にして攻め込んだ。


 まさしく喧嘩を売られたかたちとなり、フランツ一世は当然のようにそれを返り討ちにし、ヘフレスの国土全てを自国の領土とした。


 その際、ヘフレスの側室を含む王族や王城の使用人さえも、王族と国政に関わる全ての者の命が女子供関係なくブルグミュラーの軍によって奪われた。禍根を一縷も残さぬようにとのことだろう。


 しかし、その中に一人だけ命を落とさずに助かった人物がいた。


 クレメンス四世は、側室が全員で五十超はいたと言われているほど好色な人物だった。そしてその中の一人がフランツの側室となった人物で、ただ一人だけ生き残った女性。


 さすがに五十人以上いた側室の容姿や出自の記録は残されていないのか、どの書物にも詳細な記載は見つからない。


 それでも何か手掛かりはないだろうかと、カレナは午前中とは違う書物を棚から何冊か引っ張り出して、夢中でそれらの歴史書に目を通していた。


 そんな周りが見えないほど没頭していたカレナは、広げた書物に落とされた先日のものよりも随分と大きな影に驚いて顔を上げた。


「ごきげんいかがですか、カレナさま」


 低く心地の良い声音が耳をくすぐる。


 カレナの視線の先には、カレナよりも十歳ほどは年上だと見られる、長身で逞しい体躯に整った顔立ちの青年が優しげな微笑を浮かべてこちらを見下ろしていた。






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