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光の痕跡 2

『 銀色に染まる闇 

  愚かにも蠢く者あり

  驕り高ぶる愚者の咆哮

  崩れ去りゆく世界に響き渡らん


  今宵生まれいずる光

  我の子の父となり

  失われし輝きを取り戻さん


  さすれば

  我の礎の上に立つ王

  新たなる世界の象徴となりて

  黄金の夜明け 大地を染め上げ

  実りし稲穂首を擡げん 


―――――これはブルグミュラー王家に縁の深い先見師せんけんしの古代語で語られた最後の言葉を訳したものである。シュバイデル王朝第十七代国王フランツ・ヨーエ・ブルグミュラーの第一王子であるテオドール・シュテファン・ブルグミュラーがこの世に生を受ける直前に先見師が伝えた先見事として、後世に語り継がれることになるであろう。

 “我の子”とはブルグミュラー国民を表す言葉であり、即ち誕生するテオドール・シュテファン・ブルグミュラーが偉大なる王となりノイゼス大陸を象徴する存在として、大陸中にその名を轟かせることになるということを意味している―――――』



 

 カレナは膨大な書物が眠る書庫で近代ブルグミュラーの歴史書を何冊か探し出し、奥まった場所にある読書用に設けられた机に積み上げた。そして、その中の一冊である『ブルグミュラー王家の歴史』という書物に興味深い文章を発見した。


 テオドールが生まれる前夜、長いあいだ王家に助言を与えてきた先見が亡くなる間際の最後の先見としてフランツ一世に伝えた言葉。それ以来、テオドール現国王は神の申し子として国民から敬われ崇められているという。


 先見師は神の言葉を代弁する存在として王家が召抱えていることが多い。その助言をもとに政治などの国の方針を決める国も少なくなかった。この最後の言葉というのもそういった類いのものだろう。しかし、これはカレナがプファルツに聞かされた先見師の最後の言葉とは違っている。いったいどちらが本当の最後の言葉なのだろうか。


 “我宿りし炎”とは、言葉を借りるならば神の申し子という意味だろうか。ではそのほかの言葉は何を示すものなのだろう。いまのカレナの知識では皆目見当がつかない。


 先見事の歴史上の出来事は、ラヴィーナで学んだブルグミュラーの歴史書には出てこなかったことで、この書物で初めて知り得た事柄だった。国王テオドールが神の申し子として国民に崇められている事実さえも。案外他国には公にされていないことなのかもしれない。


 カレナは昨日ラウフェン宮殿を訪れた際、あまりにも謎が多いブルグミュラーの王家について調べ直してみることを思いついた。その一番早い手段が王宮の書庫に篭もることだったのだ。王宮の書庫ならば王家について書かれた歴史書が数多く蔵書されているだろうというあまりにも単純な考えであったが、あながち外れてはいなかったようだ。


 王妃と先代王妃の死因について触れている書物は残念ながら今のところ見当たらないが、ラウフェン宮殿とフランツ一世、そしてその側室たちのことは若干ではあるがその姿が見えてきた。それも、ルードヴィヒという人物を探るという当初の目的には関連のないことばかりだったが。


 フランツ一世は好戦的な人物で、王子時代に七つもの国を滅ぼしていた。その最後に消え去ったのがヘフレスという国である。そしてフランツ一世が初めてその敗戦国から側室を連れ帰ったという事実。父王からの側室の縁談話を断ることなく受け入れていたフランツ一世は、総勢十二人もの側室を後宮に抱えていたという。その中でただ一人ラウフェン宮殿に囲い寵愛を注いだという側室が、そのヘフレスから連れ帰った女性だった。


 そこで不意に思い出す。フランツの侍女ジルケもヘフレス出身だと言っていたことを。彼女の黒い瞳に黒い髪、そしてあの肌の色。もしも同じヘフレス出身の側室がその色を持っていたとしたら。プファルツの語った最後の言葉に出てくる黒の聖女とは、そのヘフレス出身の側室のことではないのだろうか。


 ラウフェン宮殿はフランツ一世が大陸中の著名な建築家を多数呼び寄せて、僅か半年という短い期間に建てたものだった。通常では一つの宮殿の建設には数年を要すのが一般的である。それ自体が芸術品であると言っても過言ではないほどのあの宮殿を、半年という短期間で建ててしまうところにフランツ一世の側室への溺愛ぶりが窺える。


 しかしラウフェン宮殿に関してはわかったのはその程度だった。芸術品の作者が誰かということも、個々の芸術品の詳細が記載されている書物は今のところ見つかっていない。


 だが、この天上近くの高さまで備え付けられた書棚の全てを調べることは、到底一日で行える訳もなく。カレナは今日一日でそれ以上調べるのは無謀だと判断した。


 あのホールに飾られていたラヴィーナの風景画。あれはただ単にその側室が気に入っていたもので、特にそのことに深い意味などないのであろう。芸術にそれほど精通していないカレナには、あの絵がほかの絵に比べて秀でているというならば、その理由はまったく見当もつかない。


 そして、側室はフランツの言ったとおり、彼が七歳のときに病に倒れてラウフェン宮殿で亡くなっていた。側室について書かれている箇所はそれ以上ない。


 一つ一つの事柄が絡み合っているようでいて、けれどもそれが繋がる気配を見せず、カレナの中で消化不良を起したかのようにしこりとなって残っている。まったくもって根拠はないが、何か重大な一つの真実がわかれば全てが繋がるような気がしてならない。しかし、その何かを知るすべは無く、カレナはもどかしさに重い溜息を吐いた。


 その時、カレナが目を落としていた書物に影が射した。人の気配に気付かないほど没頭していたことに驚きつつ顔を上げたカレナの視界に、数日前にまみえた人物が再び姿を現した。


「ごきげんよう、カレナさま」


「あなたは……」


 真紅のドレスは露出の少ない深い緑色のものへと変わっているものの、艶のある栗色の巻き毛と真紅の唇は十日ほど前となんら変わることなく、鮮やかにカレナの視界に突き刺さる。表情はあの時のように憎悪を前面に押し出したものではなく、嘲りを色濃く滲ませた笑みに変化していた。


「エルフリーダ・ブレッヘルトですわ。父はスッペ公爵領を治めさせて頂いておりますの。カレナさま、この先何度も顔を合わせる機会があると思われますから、わたくしのこと忘れないで下さいませね」


 スッペ公爵ブレッヘルト家といえば、エルムロイス公爵エルテーレ家、ディーバッハ公爵フォルベック家と並びブルグミュラーの三大公爵家の一つだ。特にその中でもブレッヘルト家は最も古く由緒正しき家柄で、ブルグミュラーの王族と婚姻した者も少なくないと学んだ記憶がある。


 なぜ、そのような人物が王宮の書庫などを訪れたのだろう。いや、それよりもなぜ彼女はこうもカレナを敵視するのであろう。やはりフランツが原因なのだろうか。


 カレナは嘲笑を浮かべ見下ろしてくる意外な人物の登場に、言うべき言葉が見つからない。


 そんなカレナを満足気に目を細め、エルフリーダは言葉を続ける。


「フランツさまに相手にされないからといって、一国の王女がこんなところで一人お勉強ですか。ああ、ごめんなさい。長閑のどかなお国でお育ちになったんですもの。それくらいしか時間を潰す方法をご存じなかったのですね」


「………………」


「わたくし感心してしまいますわ。わたくしでしたらフランツさまに放っておかれたら、とてもじゃないけれど耐えられませんもの。カレナさまは見かけによらず、随分逞しいのですね」


「もう自室に戻るつもりでしたの」


 惜しげもなく辛辣な言葉を浴びせかける美女に、不快感に耐え切れなくなったカレナは立ち上がり、広げたままの書物に手を伸ばした。


「あら。カレナさま、魔女のことをお勉強してらっしゃったのですね」


 カレナが片付けようと手を添えた書物の内容を目ざとく読み取り、発せられたエルフリーダの言葉に手が止まる。


「魔女?」


「ええ、フランツ一世前国王陛下の側室は忌まわしき魔女だったのですよ。有名なお話ですわ。そういえば、その忌まわしき魔女も黒い瞳に黒い髪だったそうですわ。カレナさまが魔女と同じように若くして亡くなることのないように、わたくし祈ってますわね」


 そこで言葉を切り、エルフリーダはかつて見たことのある憎悪に翳った瞳でカレナを睨みつけて最後に一言付け加えた。


「ですから、正妃だからといい気にならないようお気をつけ下さいませ」


 そう言い放ち、突然の嵐は夜会の時同様の優雅な足取りで書庫を去っていった。







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