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闇の片鱗 2

 フランツは国政議会に参加するため新たに設えられた執務室の椅子に座り、どこを見るともなしに窓の外を眺めていた。


 先ほどから、この執務室専属で配属された新しい侍従が忙しそうに茶の支度を整えている。


 そこへ、扉を叩く音が静かな執務室に響き渡った。


「開いてるよ~」


「失礼致します」


 入ってきたのはヴァルターだった。美しく流れる白金の髪をなびかせて足早に入ってきた男は、普段からは珍しくその中性的な美貌を歪め険しい表情をしていた。


「どうしたの~?怖い顔してるよ~」


「ご報告申し上げます。カレナ王女の部屋に何者かが忍び込みドレスを一着持ち去ったということです」


「へえ~、そんなにあそこの警備は手薄なのぉ?」


「……そればかりか、そのドレスの模倣品を切り裂いたものをフランツさまの名で本日送り付けてきたそうです」


「ふうん。面白いことをする人もいるんだねえ~」


 そう言い放った後、フランツはまるで興味を失ったかのように再び外へと視線を戻した。そこから見えるのは良く晴れた秋空のみ。フランツはその何もない空間を、笑みを浮かべた表情でじっと見つめる。


「フランツさま……。盗まれたのは先日の夜会でお召しになっていた、青のドレスでございます。わたくしのほうで、フェリクスに警備の強化と送り主を特定させるようにとの指示を出しておきました」


「うん、ヴァルターとリックに任せるよ~。それにしても、盗まれたドレスはどこにいっちゃったんだろうねえ~?」


 視線をそのままに、フランツは後半の言葉だけ独り言のように呟いた。


「畏まりました。それから、あの話を進めさせて頂きますが宜しいでしょうか?」


「………………」


 一向に返事を返してこないフランツを正面から見据え、ヴァルターは只々じっと待つ。相変わらずフランツはどこか得体の知れないにこやかな笑みを浮かべたままだ。


「ヴァルターに任せるよ~。好きにして~」


 窓の外に目を向けたままようやく口を開いたフランツの言葉に、ヴァルターは頷いた。


「はい。それから、カレナさまにお会いになられますか?」


「う~ん、そうだなあ。気が向いたらねえ~」


「そうですか。それでは失礼致します」


 フランツの言葉を受け、ヴァルターは一礼し早足で部屋を出て行った。






「ヴァルター」


 フランツの執務室を出たところで聞き慣れた声に呼ばれ、ヴァルターは首を横に向けた。


「リック、警備の強化は終わったかい?」


「ああ。カレナ王女の部屋と外出の際の護衛の人数を増やして、部屋の窓下の警備を新たに追加したんだ。いまからフランツさまのところに報告に行くところだよ」


「じゃあ、報告はあとでいいからちょっとこちらに来てくれないかい」


 ヴァルターは、フランツの執務室の扉を叩こうとしているフェリクスを静止して歩き出す。


 フェリクスは素直にその後ろを黙って付いて行き、二人はヴァルターの執務室へと入っていった。


「あっ、言い忘れてたんだけど、巡回の回数も増やしたよ~。フランツさまには言いに行かなくていいの~?」


 ヴァルターの執務室の長椅子に腰を落として、フェリクスは寛いだ様子で話しだした。その様子を見てヴァルターの眉間に深い皺が刻まれた。


「リック、一応王宮だから話し方を変えないでくれるかい?どこで聞かれてるかもわからないんだよ」


「は~い」


「リック」


「はい」


 フェリクスの天敵は、苛めっ子モードになったルードヴィヒだということは言うまでもないが、この長兄の役割を担う幼馴染も怒るとルードヴィヒ同様に厄介な人物だ。


 フェリクスは肩を窄めて小さくなった。その幼子のようなフェリクスを見て、ヴァルターは軽く溜息を吐いて話し出した。


「後々のことを考えると、あまり大事にしたくないからね。送り主の捜索はコプフスに行かせた。こうなると例の七人じゃあ回らないな」


「そうだね。フースとアルムスはカレナ王女に付いてて、オーアスとアウゲスは公爵周辺、ムートスはダークに付いてるからね。コプフスしか残ってないんだね」


 ルディの私設部隊である七人ではすべてに手が回らない。フェリクスの父親であるマイヤー騎士団長の保有するヒラー公爵私設騎士団では、密偵として訓練されていない為に動かすことは出来ない。


「ああ。ジルケは今回王女とフランツさまの伝言係りだから、行かせられないからね」


「まあ、フランツさまが執務室にいる時間が長いから大丈夫なんじゃない」


 ジルケと同じくフランツの侍従として働いているコプフスは、フランツが執務室から戻るまでには確実に王宮に戻っていなければいけないのだ。


「そうだな。夕刻までに調べあげることが出来ればいいんだが。ああ、それからあの件を進めるよ」


「えっ、やっぱりエリーの仕業なの?フランツさまは何て言ったの?」


「主犯はスッペ公爵だろうがね。フランツさまは任せるってさ」


「それだけ?」


「ああ、場所が場所だからな。あの執務室では余計なことを話すなよ」


「わ、わかってるよ。王宮では名前さえ口にするなって命令だからね」


 この王宮ではルードヴィヒの名前を出すことを、本人自ら禁止している。何処からどうやって話が伝わるのかまったくわからないからだ。


「じゃあ、あの件は俺のほうで進めておくから。リックは王女の警護を頼んだよ」


「は~い」


「リック」


「はい。畏まりました」


 小さく肩を竦めて敬礼する仕草を見せて、フェリクスは足早にヴァルターの執務室を後にした。


 その姿をヴァルターは再び小さな溜息を零して見送った。


 今回のカレナのドレスの件の犯人がエルフリーダだとすると、いよいよ本格的に脅迫という手段を打ってきたということだ。


 スッペ公爵一人でも厄介だというのに、その娘であるエルフリーダの個人的な思念が絡んできて概要が把握し辛くなってきている。今回の計画の成功の鍵を握るのは、エルフリーダの行動を把握出来るか否かではないかとルードヴィヒは考えているようだ。


 どちらにしても、国の腐敗部分の一掃をしようというこの計画を失敗させる訳にはいかない。


 新たに生まれ変わろうとしているブルグミュラーの未来を構築することがヴァルターとフェリクス、そしてルードヴィヒの目的なのだから。


 そしてそれは、ルードヴィヒのカレナへの想いから始まっている。カレナをラヴィーナへ帰す訳にはいかない。カレナの喪失はこの国の滅亡へと繋がっているのだ。


 その昔、何があったのかをルードヴィヒは語ろうとはしない。しかし、その想いは彼の行動のすべてに現れている。


 不遇の幼少期を経験していることは出会った頃に父親から耳にしていた。極度の人間不信に陥り、狂気の狭間で漂っていた彼を救ったのはカロリーネ・アンとカレナであろうということも。


 ヴァルターは、あの黄金に輝く瞳を闇の色に曇らすことがないようにと切に願いながら、握り込んだ拳に力を込めた。






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