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猜疑の痼り 4

 しかし、半刻ほどが経ち話が一段落した時だった。


「ねえ、カレナ」


 突然向かい側にいたフランツが席を立ち、カレナの横に腰を下ろした。


「フランツさま?」


 急な行動に驚きフランツの表情を窺ったが、そこにはいつもの感情の読めない笑顔が張り付いたままだった。


「カレナ。成婚の儀までのあいだに、こうして定期的に茶の席を設けようか」


 フランツの表情はいつもの通りだが、雰囲気は全く違うものを纏っている。


 鬼気迫る威圧感のようなものを感じたカレナは、フランツとは反対側に少しだけ身体をずらす。しかし、フランツは今にも触れそうなくらい距離を縮めてきている。カレナは身体を傾けてフランツから少しでも離れようとするがそれさえ無駄で、フランツは同じ距離を保ったまま同じように身体を傾けてきた。


「あ、あの……」


「ラウフェン宮殿も案内しようか。泉で水遊びも楽しそうだ。……そう、少しずつでいいからお互いのことを理解できるようにね。成婚の儀が終わったら子を成さなければならないのだから。何も知らない人物と一夜を共に過ごすなんてカレナは嫌だろう?」


「一夜……」


 まっすぐ見つめてくるブルーグレイの瞳とフランツの言葉に、カレナは顔を真っ赤に染めた。


 そうなのだ。


 婚姻の儀が終われば自ずとその時がやってくるのだ。


「嫌かい?」


「いえ、あの、そのようなことは……」


 問い掛けは茶の席のことなのだろうか。


 子を成す行為のことだろうか。


 それとも今のこの状況のことなのか。


 カレナには判断が付かず、曖昧に返事を返す。


 目一杯身体を傾けたカレナの背中に椅子の肘掛が当たる。これ以上逃げられないと悟ったカレナは、片手で傾いた身体を支えながらもう片方の手でフランツの胸の辺りを押し返した。


 しかし病弱だと主張していたその身体は、どれだけ力を入れて押してもびくともしなかった。


「それとも……」


 フランツは言いながら自分を懸命に押してくるカレナの腕を掴み、覆い被さるような体勢を取り耳元で囁いた。


「僕が怖い?」


 耳元に生暖かい微かな風を感じカレナは身震いした。


 いや、これはフランツの今の言葉からくるものだろうか。


 どちらにしても混乱している現状では変わりはない。


「カレナ、僕が恐ろしいかい?」


 間近でこちらを見つめながら再び聞いてくるフランツに、カレナは目を見開いて見つめ返すが言葉は一向に出てこない。


 恐ろしいかと聞かれれば確かに恐ろしい。


 だが、それだけではない気味の悪さがカレナに纏わりつく。


「もし……」


 そこで言葉を切り、フランツは初めていつもの笑みを消し去った。


 代わりに現れたのは酷薄に歪む笑みだった。


 それを目にしたカレナの背筋に、さきほどのものとは比較にならないほどの悪寒が駆け抜ける。


 そしてそこで初めて、いつもの間延びした口調さえも変わっていることに気が付いたのだ。


 フランツは小さく震えるカレナを満足そうに見やり、その薄紅色の唇に自身の唇を触れ合わせた。


 本人の表情とは正反対の柔らかく優しい感触がカレナの唇を包み込んだ。


「もし仮にカレナが僕のことを恐ろしいと感じたとしても、もう遅いんだよ。君はもう僕のものだからね。僕は君を逃がさない」


 一瞬のちに唇を離した後、ゆっくりと告げてフランツはカレナから身体を離した。


 カレナはこの状況とフランツの言葉を理解できずに同じ体勢のまま呆然と固まっていたが、フランツの身体が離れたことに気が付き咄嗟に扉へと駆け出した。


 逃れられるのは今しかないと、身体が勝手に動いていた。


「大丈夫だよ」


 カレナが階段へと続く扉へ辿り着く寸前に、再びフランツが口を開く。


 立ち止まって恐る恐る振り返ると、フランツは窓辺に佇み、それまで見せたことのあるものとはどれとも違う、穏やかで優しげな笑みを浮かべこちらを見つめていた。


「その黒く光る美しい瞳も甘い唇も、そしてその柔らかな身体も。君の全てはもう僕のものだ。誰にも触れさせないし傷つけさせない。ああ、もちろん僕も絶対に君を傷つけないと誓うよ」


 窓から差し込む太陽の光を浴びて、フランツの金茶の髪が神々しいまでに輝いて金色の光を放っている。


 そう、まるで彼がこの世の者ではないかのように。


 カレナはその眩しさに目を細め、少しのあいだ無言でフランツを見つめていたがその後身を翻し、明るい部屋の中から暗い影が支配する扉の外へと飛び出した。




 


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