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猜疑の痼り 3

「カレナさま、お迎えにあがりました」


 昼食が済んで一刻が過ぎた頃だった。カレナの元を訪れたのは侍女服に身を包んだ黒髪に濃茶の瞳の女性。年のころは三十代後半といったところだろうか。


 そして、カレナの目を惹きつけたのは彼女が淡黄色の肌を持っていることだった。


「あの、あなたは……」


「フランツさまの侍女をしておりますジルケと申します、カレナさま」


「ジルケは南国の出身なの?」


「わたくしはヘフレスの出でございます」


 ジルケは無表情に淡々とした口調で告げた。


「ヘフレス……」


 ヘフレスはフランツ1世が最後に滅ぼした、今ではこのブルグミュラー国内の南域に位置するヘフレス地方にかつて存在していた国だ。しかし、ブルグミュラー同様に肌の色は一様に白かったはず。そして淡黄色の肌は南国の人種の特徴なのだ。


「フランツさまのお部屋にご案内致します」


 それ以上は会話を続けるつもりがないのか、ジルケはカレナの様子を気にも留めず身を翻す。


 カレナは腑に落ちないながらもその思いを飲み込み、先に歩みを進めるジルケに黙って付いていった。


 広大な王宮の中でも人の行き来が極端に少ない寂れた雰囲気を醸し出す通路を、二人で黙々と歩く。


 案内された先は、人が二人ほど通れるくらいの狭く薄暗い階段の上だった。大国の第一王子の部屋がある場所などと誰もが想像できないような。


「失礼致します。カレナさまをお連れ致しました」


 長い階段のせいで息を乱すカレナが一息つくのを待って、ジルケは軽くドアを叩き扉に向かって声を掛けた。


「あ~、待ってたよぉ」


 中から顔を出したのは、昨日と同じように右目を細めてにこやかに笑みを浮かべるフランツだった。


「さあ、入って~」


 笑顔のフランツに導かれ、カレナはその部屋へと足を踏み入れた。


 そこは予想に反して、大きな窓から光が差し込む明るく清潔感のある部屋だった。特別な広さはないものの、場所柄から想像していたほど狭くない。華美な装飾を抑えてはあるが調度品は歴史ある最高級のものだと一目でわかる。


 大きな窓から差し込む日差しが眩しくて、薄暗い階段に目が慣れてしまったカレナは目を細めて部屋を見回した。


「そんなに珍しいものは何もないよぉ」


 フランツの言葉に、カレナは自分が不躾に部屋の様子を窺っていたことに気付き我に返った。


「も、申し訳ございません」


「いいよ~。さあ、ここに座ってよ」


 勧められるがままにフランツの正面の長椅子に腰掛けると、ジルケが茶器一式と焼き菓子を携えて現れた。茶の香ばしい香りが部屋じゅうに立ち込め、カレナは無意識のうちに深く深呼吸をしていた。


 すると、部屋にある三枚の扉のうちの一枚が開き二人の男が姿を現した。


「ご機嫌いかがですか、カレナさま。昨日は慌ただしかったので大層お疲れになったのではないですか?」


 出てきたのはヴァルターとフェリクスだった。二人揃って出てきたということは、あの扉の向こうに執務室のようなものがあるのだろう。あとの二つの扉は寝室と浴室だろうか。


 そんなことを考えながら、カレナはヴァルターの言葉に穏やかな笑みを浮かべて返す。


「いいえ、一晩ぐっすり寝たら疲れも取れましたわ。それよりフランツさまのほうがお疲れが残っているのではないですか?お身体が弱いと仰っていましたし」


「そうだねえ。でもこうしてカレナの顔を見たらそんな疲れも吹き飛んじゃったよ~」


 そう言ってフランツは満面の笑みを浮かべるが、やはりどうも胡散臭い。


 しかしそんな素振りは見せずに、カレナはフランツに最高級の笑みを見せる。


「嬉しいですわ。お疲れの時には是非お声をお掛け下さいませ」


「本当に?嬉しいなぁ」


 明らかに上辺だけとわかるような感情の籠らない会話に、カレナは心の中で苦笑した。


 まるで腹の探り合いのようだ。


 カレナ自身もそうだが、フランツでさえも嬉しいなどとは思っていないだろう。昨日初めて顔を合わせたばかりの人物に強い好意を抱くほど、お互いに相手のことをよく知らないのだから。


「それではフランツさま、わたくしたちは階下に控えておりますので。またのちほど参ります」


 一見すると仲睦まじく映るであろう二人の姿に、茶の準備を整えたジルケに続いてヴァルターとフェリクスも笑みを浮かべながら部屋の外へと消えていく。


 その姿を見送り、改めて目の前の男へと視線を戻す。


 長い足を優雅に組み静かに茶を飲むフランツの姿は、口を開かなければ文句の付けようがない見目麗しい王子なのだろう。


 しかし昨日の会話を思い出すと、とても次期国王にふさわしい器だとは言い難い。


 クララには冗談めかして言っておいたが、王位継承に異を唱える者も多いのではないだろうか。万一そういうことになればカレナの立場、ひいてはラヴィーナの国の立場が危ういものとなる。


「カレナ、もうこの国には慣れた?」


「はい、みなさん良くして下さるので」


「そっかぁ、それは良かったねえ。そうだ、ラヴィーナの国のことを教えてよ」


「ラヴィーナのですか?この国に比べるとそれほど珍しいものもないですし、フランツさまが退屈してしまわなければいいんですが」


「いいんだよぉ、僕が聞きたいんだから~」


「そうですか。では何からお話ししましょうか」


「そうだなあ……」


 ラウフェン宮殿について尋ねるタイミングばかりを気にしていたカレナは、フランツの言葉に最初は驚いたが、祖国であるラヴィーナのことが知りたいと言った彼の言葉はカレナにとってはとても嬉しいもので、ラヴィーナの仕来りや王宮の造り、一年に一度盛大に開かれる建国祭のことなど、フランツが退屈しないような内容を選びながら話をした。


 フランツはいつもの満面の笑みで間延びした相槌を入れながら話を聞いてくれ、わかり辛いところや疑問に思ったことは質問を返し、会話はカレナが思っていた以上に楽しいものとなっていった。






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