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7時のエンカウンター 勇者対魔王




 訪問者はみな、オレの予定も聞かず、急に来たい時に来るスタイルなので、こういう日が来ることは予想はしていた。




 今日も今日とて魔王が突然来訪し、追い返す理由もないしと家にあげてやる。

 まぁ、オレの仕事が休みの日をピンポイントに狙ってくるのは、なにか裏があるとしか思えないのだが。

 フォーユ、まさかお前が教えてるとかじゃあないよな?


「ギャ?」


 誘惑を使ったせいで、離れなくなってペットになった黒いモンスターが不思議そうに首を傾げる。

 すこぶる可愛い。

 なんでもないよ、と頭を軽く撫でてやり、魔王にも紅茶を出してやる。


「茶を出して迎えてくれる者などお前しかいない」


 この世界にお茶を出す文化がないのかもしれない。


「魔王が訪ねてくる家もなかなかないんじゃないか?」

「お前の出す茶が好きだからな」

「ああ、これ王族御用達のいいやつだからな」


 紅茶は王子が置いていくのでそれを出している。勝手に置いていくのだから誰に出そうが文句は言わせない。


「気に入ったなら分けてやるよ」

「お前が出すことに意味があるんだが」

「オレはメイドじゃないぞー。茶飲み友達くらいにはなってやれるけどさ」


 魔物たちと言葉を交わせる彼が寂しいってことはないだろうが、穏やかかつ贅沢なティータイムというものを、魔物たちと繰り広げるのはとてもじゃないが想像し難い。


「茶飲み友か……。そもそも今まで人と茶を交わした事がなかったな」

「え、そうなの!?」


 これがゲームだと【魔王の初めての茶飲み友達】の称号を得たところだろう。


 真っ向から敵対している様子もなく、さらには魅力値が高い自分を確かめにすんなり逢いに来たくらいなので、人との交流が全く断絶しているとは思えなかったのだが、今までないとは何故なんだろう。


 かなりの引き籠りだろうか。

 見た目二十代くらいの割に、実は凄く若いのかもしれない。ガキだったりして。


「魔王ってさ、一体いくつなの?」

「230」

「え?」

「230だ」

「は?」


 ジジイじゃん。逆じゃん。


「今失礼なこと考えただろう」

「いや、ごめんて。でもまさか、そんなに生きてるとは思わなくて」

「魔族の寿命は千とも万ともいう。オレはまだまだ若造といわれる」


 だとすると人間でいうと23歳くらいか。ちなみに猫でいうと2歳くらいだ。

 自分も現世での年齢はまだ17歳だが、前世は32歳だったはずだから、中身はだいぶおっさんだ。


「魔王なのに若造とか言われちゃうんだな」

 魔物の世界って厳しいな。




 玄関の扉がノックされる。


「シンタロー!」


 勇者タイガの声だ。

 なんだこいつもかと、なんの気無しに扉を開けようとしたところで、フォーユが何かを告げるように鳴いた。


「ギャッギャッ!」

「どうした?」

 肩にしがみついたフォーユが訴えるように見つめてくる。


「あれ、誰か来てんの?」

「あ、あ~」


 ん?

 もしかして、これ、まずくない?

 勇者と魔王って、こんな民家で鉢合わせしていいもん?

 もっと厳かな雰囲気の魔王城とか、謎の異空間とかで対峙すべきものではないのか?


 開けかけた扉を閉める。


「うわ、どうした!?」

「ちょ、ちょっと、待ってて」


 そそくさと部屋に戻り、出来るだけ小声で魔王を呼ぶ。


「ちょ、魔王!勇者来ちゃったよ!」

「誰だ?」


 焦るオレに対し、魔王はきょとんとした顔で返す。


「勇者だよ、勇者!冒険者の中でも最上級の奴!」

「よくわからんが、オレの知らないところでそんな者と逢っていたのか」

「え」


 なんだこの逢引きを咎められている感覚は。


「か、勝手に向こうから来るんだからしょうがねぇだろ」


 オレも何を言い訳しているんだ。

 魔王はわかりづらいが、そこはかとなく不満そうな顔をしている。


「おーい、シンタロー?どうした?」


 外から勇者が大声をあげる。


「ちょっと待てって言ってるだろ!」


 なんだこの浮気してるところに、急に同棲してる彼女が帰って来ちゃったみたいな状況は。

 全然後ろめたいことはないはずなのに、隠れて欲しい気持ちになっている。


「勇者はそのうち、あんたと対立するかもしれない奴なんだよ」

「お前をめぐって?」

「は?……え?」

「ギャウー」

「ち、違う違う!多分、違うと思いたい……やめてくれそんなこと!」


 確かに魔王は世界征服など望んでないし、この国の姫も攫ってないし、勇者と対立する理由はない。

 え、まさか、この場合、姫はオレなの!?


「えっと、取り敢えず家にあげるわ……」


 なんか一気に疲れがきて、諦めた。




「なんかあった?」

「なんでもない」

「あれ、お客さん?」

「まお……ごほんごほん、魔王の名前ってなに?」


 魔王と呼び掛けそうになって、まずいと思って誤魔化しながら、コソコソと聞く。


「ホクトだが」

「えっと、ホクトさん。こいつは冒険者のタイガ。タイガ、この人はまお……じゃなくてホクトさん」


 二人の間にバチっと見えない火花が散ったような気がしたが気のせいだろう。


「こんちは」

「どうも」


 互いに素っ気ない挨拶である。


「ホクトさんって何してる人なの?」


 タイガ、何気に鋭い質問だぞ、それは。

 確かに魔王と言えなくて名前だけしか紹介しなかったけども。

 うまく誤魔化せよ、と魔王と視線を交わす。


「領地の管理だ」


 うまい!

 言い得て妙で、上手く言い表している。

 流石に何百年も生きてないよな、などと口にしたら怒られそうなことを考えてしまう。


「え?貴族さまなの?」

「そのようなものだ」

「どの辺どの辺?」


 タイガが徐にワールドマップを取り出す。

 流石勇者、マップを欠かさず持ち歩く。

 RPGの世界らしく、行った箇所は地図が現れ、一度も踏み入れてない箇所は白い。

 タイガの地図は殆ど埋まってるのは流石といえよう。


「このあたりだな」


 魔王が白い地域のあたりを指す。


「へぇ。まお、じゃなくて、ホクトさんってそんな所から来てるんだな」


 ここからそう遠くはなさそうだが、山深そうなところだ。


「え、お前、この辺強いモンスターばかりの未開の地だぞ。そんなとこに住んでんの?」


 まずい、住んでる地域で魔王バレしそうだ。


「辺境伯とかいうやつだろ?」

「へぇ〜よくわかんねぇけど強そうだな」


 なんとか誤魔化せたようだ。


「でも貴族さまが、どうしてシンタローの家に?」

「茶飲み友達だ」


 魔王がどこか嬉しそうにはっきりと答える。

 さっきなったばかりだが、それは事実だ。


 ただ、タイガ、ここには貴族だけじゃなく、王子だって来てるんだからな……。




「タイガとやらは、なぜこの家に来る?」

「え、それは、その……」

「?」


 珍しく躊躇いをみせるタイガが、思い切ったように叫ぶ。


「は、初恋なんだ!!」

「!?」

「ギャギャッ!」


 フォーユもびっくりして肩の上で立ち上がる。


「シンタローのことが好きだから来てるんだ」


 見るな!

 頬を染めてこちらをチラチラ見るな!

 それに対して魔王も落ち着いた様子で返す。


「そうか。オレも恋というのをはじめてしている」

「え!?」


 その歳で!?

 タイガと一緒になってビックリしてるオレを、魔王がジト目で見る。

 また怒られそうなことを考えてしまったと誤魔化すように笑う。

 魔王がオレの手をそっと取り、得意のいい声で告げる。


「荒んだ世界を灯した一輪の花だ」


 なんだそれー!


 バッと手を引っ込める。

 そんなこっぱずかしいことをよくぞ!よくぞ言えたな!

 まさにこの世の光と陰ともいえる存在が、揃いも揃って初恋だと自分に迫ってくる状況に眩暈がしてくる。


「シンタロー大丈夫?顔真っ赤だよ」


 あー誰のせいだと思ってんだよ、まったく。


「今朝からちょっと熱っぽいんだよ。そろそろ二人帰んないの。夕飯の時間だろ」


 もう精神的にヘロヘロだよ。

 ステータスみたらMP0なんじゃないか?

 この世界の回復薬なんて詳しく知らないんだが、魔法を使うなら何かしらあるんだろうな。


「ごはんならシンタローのうちで食べる」

「いや、帰れよ」

「えーごはん食べさせてくんないの」

「食堂じゃねぇぞ、ここは」


 えー、と言いながらも渋々椅子から立ち上がるタイガに対し、未だ茶を啜る魔王を見てやると、しれっと言う。


「護るべき者の傍から離れはしない」


 何から?一体何からオレを護んなきゃいけないの!?


「大丈夫!なんだったらみんな誘惑できちゃうから!だからもうティータイム終わり!」


 二人を追い出すように家から出す。




「ギャウギャー」


 溜息を吐きながら、肩に乗っかったフォーユの頭を撫でてやる。


「誘惑使ったお前は兎も角、使ってない相手の正気の戻し方とかあったりするんだろうか?」


 二人でこの疲れだ、みんな同時に来てみろ。

 戦闘不能もあり得るだろ?


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