6匹目 モンスター
賢者のユーゴーが訪ねてきて、当然のように一言。
「心は決まりましたか?」
決まってない。
そういえばユーゴーには、一緒に王都まで旅に出ないかと誘われていた。
その後色々なことがあって、(王子にも騎士団長にも魔王にも口説かれて)、すっかり忘れていた。
「あーごめん、まだちょっと……」
「急がなくても大丈夫ですよ。急に遠出もご不安でしょう」
「まぁ、それもありますかね」
この街からほとんど出たことがないので、この世界に疎すぎて、怖いというのもある。
知りたい情報を即座にネットやテレビで得られる世界と違い、こちらでは口コミか掲示板、広報誌くらいしか情報を得る手段がない。
情報化社会で生きてきた記憶がある者としては、それでは心許ないのだ。
「ああ!では、今日は少しそこのラフランズの森まで出掛けてみませんか?」
「えっ、森ですか!?」
森といえば魔物が出る。それがファンタジー世界の醍醐味でもあるが、ただの村人Aには恐ろしいしかない。
「私が護りますから安心してください」
物凄い前のめりでユーゴーが言う。
「あ、でも、もしかしたら魔物が言うこと聞くかもって……」
魔王がそんなこと言っていたな、と呟くとユーゴーにもピンときたようだ。
「ああ、誘惑ですね!」
そんな技があるのか。
いや、例えあったとしても、それは女性キャラ限定の技ではないのか。
「確かに貴方ほどの方なら、誘惑の効果は強そうだ」
「やったことないからなぁ」
自信満々にやってみて、効果がない、って言われるのがオチじゃないか?
「では試しに私にしてみてはどうです?」
賢者は目を輝かせて期待している。
「え、いや、なんか嫌な予感がするからやめておく」
「残念」
結局ユーゴーも強く誘うので、自分の能力を知るためにも、ラフランズの森に行くことにした。
自分の街の近くの森ではあるが、ここが勇者の冒険の中盤くらいにあたるとなれば、なかなか強い魔物が出てくるのだろう。
レベル12のただの村人にはそぐわないダンジョンだったが、賢者のユーゴーはもうすでにパーティとこの森を通ったとのことで、つまりはクリア済みの者がいれば心強い以外の何者でもない。
それにしても……。
「全然魔物出てこないな?」
森に入ってしばらく歩いたが、一向に魔物1匹も出てきやしない。
「おかしいですね。先日パーティで訪れた時はすぐに襲ってきたんですが」
「その時あらかたやっつけてしまったんでは?」
ここがゲームの世界ならば、そんなことは絶対にない。
例え一時魔物を駆逐したとしても、画面が切り替われば再び現れる。倒しても倒しても現れるのだ。
勇者たちのレベル上げのために……。
「全くいないわけではないですよ。気配はしますから」
ユーゴーは神妙な顔つきで考えている。
「……もしかしたら様子を伺っているのかもしれません」
「様子?」
「はい、貴方のことを警戒しているんです」
「オレを……?」
「貴方が何者なのか量ってる、そんな気が……」
ユーゴーが言葉を止め、短く叫んでオレを引き寄せる。
「くるっ!」
「え?!」
突然、目の前に黒い獣が飛び出してきた。
出た、モンスター!
見た目はネコのようなイタチのような形で、胸のあたりに白い十字のラインが入っている。
モンスターにしてはなかなか可愛らしい感じだが、牙を剥き出しこちらを威嚇する。
「ギャギャッ」
鳴き声が壊滅的に可愛くない。
前世でもこれと似た動物がいた気がするな。有袋類の、なんだったか。
どうせなら中ボス的なやつを誘惑してやろうかとも思ったんだが、何しろはじめての相手だ。このくらいでちょうどいいだろう。
「こいつは……」
ユーゴーが何か言おうとしたところで、黒い獣がこちらに向かって飛びかかってくる。
「うわ!?」
思わず反射的に逃げると、ユーゴーと離れてしまった。
「シンタロー!誘惑です!」
そうだった!
それが目的でこんな森の中まで来たんだ。
誘惑でモンスターを虜にしてやるんだ。
よしっ、食らえモンスター!
オレの魅力に組み伏せ!!!
「……って、誘惑ってどうやんのっ!?」
肝心なことを忘れてた!
その技、使い方知らない!
「ギャウ!」
ユーゴーも流石に焦ってる。
「誘うんですよ!」
誘う!?
どこに?
確かゲームのキャラは身体をくねらせてウインクしたり、投げキッスしたりしていたような……。
でもあれは、セクシーな女キャラクターがやるものであって、絶対にオレがやっちゃいけないやつ!!
自主規制!!
「兎に角、目を離しちゃダメだ!」
そう言われても、目がクリッとしてて可愛いとしか。
「ギャッギャッ!」
お尻をふりふりして今にも飛びかかってきそうだ。
えっと、えっと、誘う、誘う……。
「君って肉食?それとも雑食?うちでゴハンでもどう!?」
うわ、最低レベルのナンパをしたと激しい自己嫌悪に苛まれる。
村人は肉体の前に心理的にダメージを食らった。
言われた魔物も呆れたのか動きがピタリと止まる。
瞬きを三回。
「ギャウッ!」
飛びかかってきた。
「うわ!」
効いてない!
襲われる!
助けてユーゴー!
ドンと肩に重みを感じて尻餅をつく。
い、痛……くはない。
状況がよくわからないのだが、黒い魔物は右肩にしがみついているようだ。噛まれているわけではない。
「どうやら誘惑が成功したようですね」
ユーゴーが言う。
「え、これ、そうなの?」
「ギャッギャ」
肩にくっついている魔物にスリスリと頬擦りされる。
あ、これは間違いなく懐かれた。理解した。
「えっと、それで、これ、どう解くの?」
なかなかこのサイズが肩に乗っかるのは重いのと、毛がごわごわと耳にあたってむず痒い。そこはかとなく獣臭も気になる。
「……自然と時間が経てば効果は薄れる筈ですが」
そう言いながらユーゴーが自分の左腕にしがみついてくる。
「なんでユーゴーまでくっつくの?」
「貴方の誘惑が飛び火したようです」
「……」
そのまま、モンスターが首にしがみつかせ、ユーゴーを腕に絡みつかせながら、街に戻るしかなかった。
家に帰るとタイガーがいて、事のあらましを伝えると、右手を掴んで羨ましげに懇願された。
「ね!シンタロー!オレにも!オレにも誘惑して!」
「やらねぇよ!」
こんな状態になってやるわけがなかろう。
二度とやるものか。
どてすんどてすん、と家の中を走り回る黒い獣をみてそう思う。
ユーゴーは暫くして無事に離れたが、魔物の方はゴハンをあげても森に帰ろうとしなかった。
魔物に餌をあげないでください、なんて話は聞いたことがないから咎められることはないだろう。
取り敢えずフォーユと名付けて家に置いてはいるが、小柄な魔物で心底良かった。
他の人を襲うなんてことがあったら困るので躾けなきゃこのまま置いてはおけない。この家には王子やら騎士やらも来ることだし……。
魔物の飼い方どうしたものか、と考えた時思い出したのは魔王の顔だった。
「使い魔を得たのか?」
「いや、違う、これはペット」
魔物をペットとして扱うなんて魔王は嫌がるだろうかとも思ったが、別段気にしていなそうだ。
フォーユは魔王に怯えるようにオレの背中にしがみついてる。
「あの森の主のようだな」
「え、そうなの!?」
背中を見るが、そんな気配が全然ない。
躾よりも、どうすれば森に帰るか聞くべきかな。
「危惧せずとも、こいつはお前の言うことは聞くだろう」
「森に帰れって言っても聞かないんだけど」
フォーユがよじよじと背中を上って肩から顔を出してきた。
「ギャッギャッ!」
「お前を護りたいそうだ」
「あ、やっぱ魔王は言葉わかるんだ。でもオレ、護ってもらう程、危険な生活してないんだけど」
「ギャウギャ!」
「いっぱい狙われてるそうだが?」
「……」
それは勇者とか王子とか、魔王のことではなかろうか……。
「お前ならワイバーンやユニコーンですら従わせられるかもしれない」
「いや、ワイバーンは兎も角、ユニコーンが好きなのはしょじ…き、清い乙女なはずだろ!」
「……?」
「違うのか?みたいな顔をするな!違うわ!!オレを清らかな乙女扱いするな!」