3人目 王子
街に絢爛豪華な馬車が着いた。
こんな馬車、実際見たことがない。
前世で観たファンタジー系のハリウッド映画で、ふんわりしたドレスを着た御姫さまが乗っている様な作りをしている。
護衛に騎士を引き連れているところをみると、どこぞの貴族さまが旅行でもされてらっしゃるのか。
目の前に止まったその馬車は動こうとしない。
道でも聞かれるのだろうか。
いつものように街の紹介をした方が良いだろうか。
生憎この街には庶民が泊まる宿屋しかない。リゾート地として有名な街はもう少し海寄りなんだが。
そうこう考えているうちに馬車から人が降りてきた。
その人は、予想通り煌びやかで質の高い衣装を召していて、薄茶色の髪はさらっさらで光にあたると金色のようにもみえる。
こいつは貴族というより……。
騎士がずらりと周りを取り囲む。
「最近ギルドで話題の『ミスカッドの華』とやらは貴殿のことだろう?一目でわかったぞ」
オレに話しかけてるのはわかるが、内容が全くわからない。
「僕はジュリー・ストラベリィ」
ストラベリィ?
それはこの国の名だ。
国の名前が苗字として名乗っていいのは、王族しかいない。
王族、ということは、まさか。
「王子!?」
「そう、王子。貴殿の名前は?」
あっさり認められて、顔が引きつるのがわかる。
そういう存在がいることは知っているが、まさか逢う事があるなんて思いもしない。
前世でだって、テレビで見るだけの遠い存在だ。
「し、シンタローです、王子」
声が裏返るのも仕方がない。
すると王子がスッと跪いたと思ったら、右手を取られて、手の甲にキスされる。
その一連の動きはスローモーション。
ギョッとして勢いよく手を引いてしまうと、手を握って跪いていた彼も少し蹌踉めく。
「おっと」
周りの騎士が一斉に身構える。剣に手を置いたものまでいた。
王子が騎士に納めるように目配せする。
「驚かせてしまったかな。ほんの挨拶さ」
挨拶にキスする文化は前世でも持ち合わせていないぞ。
「『ミスカッドの華』に逢えて嬉しいよ」
いや、知らない知らない。
ていうか『ミスカッドの華』ってなに!?
まさか。まさかだよな?
魅力MAXが王子まで呼び寄せてしまうなんて、ホイホイにも程がある。
周囲の人も平穏長閑な街に突然現れた、異様な集団に気付きはじめ、何事が始まるのかと騒がしくなってきていた。
「少し落ち着いて話すことは出来るかい?」
「お茶くらいしか出せませんよ」
本当は今すぐ帰ってもらいたいところだったが、そう言うと王子は麗しく微笑んだ。
自分には待ち合わせていない気品がそこにはあった。
こんな粗末な家に連れ込んでいいものかと一瞬悩んだが、王子が躊躇いもなく付いてくるので気にするだけ無駄なんだろう。
お茶と一緒に、先日勇者パーティの女性陣が何やらご迷惑をお掛けしますと置いていった贈答用の菓子があったので、申し訳程度に出す。
「粗茶ですが」
「ありがとう」
素直に礼を言って口を付けようとした王子に、慌てて護衛の騎士が声を上げる。
「殿下!毒味を!」
「毒!?」
物騒な物言いに取り乱す。
「失礼だぞ、お前たち。すまない、悪気はないんだ」
「いえ、心配される気持ちもわかるし、確かにこんなお茶、王子には毒みたいなものかと」
自分の冗談に自分だけ笑う。
「それで何用ですか、王子様」
なんだかすっかりその存在とこの状況に慣れてきた自分がいる。
「なに、巷で噂の『ミスカッドの華』とやらをこの目で見てみたくなったんだ」
さっきも言っていたが『ミスカッドの華』ってなんなんだ。
それは本当にオレのことなのか。
噂って、国の王子に届くほどに広まってるのか?
「どうですか、実際逢ってみて。ガッカリされたでしょう、あまりにフツウ過ぎて。噂なんて大抵そんなもんです」
前世でもあの店の店員が綺麗や可愛いなどの噂は、三割程度盛られて耳に届くので、わざわざ足を運んだらそうでもないじゃんと落胆するのがご定番。
そうやって他人の好みは様々なのだと勉強していくのだ。
恐らく、一部の冒険者パーティに何故か好かれたせいで、ギルドやら街中でも噂になってしまったのだろう。
タイガとユーゴーのあれは、ライバル心からくる恋の相手の取り合いであって、本気の恋とは言えないのではなかろうか。
何かで対立したい二人の前に、たまたま魅力値の高いオレが現れてしまって、火を付けてしまったのではないだろうか。
「ああ、噂などあてにならない」
そうだろうそうだろうと頷こうとしたところで、次に続いた言葉には耳を疑った。
「貴殿は『ミスカッドの華』ど、『ストラベリィの宝』といえる」
「へ?」
世界が止まった感覚。
ひょっとして時間停止の魔法かな。
再び動き出した思考でも理解不能。
「ちょっと、御宅の王子様だいじょうぶ?どこか御病気なんじゃない?早くお城に連れて帰った方がいいよ」
自分の耳じゃなくて、王子の頭を疑う始末。
護衛の騎士たちに助言してみるが、彼らは澄ました顔でこう言った。
「いいえ、ジュリー王子のご慧眼には感服致します」
全員がうんうんと強く、それはもう強く頷く。
マジかこいつら。
「ジュリー王子は随分部下たちに慕われてるんですね」
「近くにいる者たちにも好かれない者が、国民から好かれるわけがないからね」
自分の立場と責任をよく理解し、あるべき姿であろうとしているのが伺える。
「僕は耳聡さにも定評があるんだ。お忍びで冒険者の集まる酒場によく行くからね。あそこは国の噂の宝庫だよ」
自慢気に言うけど、お忍びってここで言っていい発言だった?
護衛の騎士たちが目を白黒させている。
「そこで貴殿のことを耳にして、噂の真偽を確かめに来たつもりだったんだが」
「それって酒の肴にされてるんですか、オレ?」
「ああ。実際に貴殿を見たことがある者や、話し掛けたことがある者たちが、『ミスカッドの華』に話し掛けたらにこやかに街の名前を教えてくれたって喜々として語るんだ」
「それは地獄だ」
頭を抱えて呻く。
「ハハハ。君は臆さずに話してくれるね」
「あー失礼があったらすいません。これまで十七年生きてきて、さらには前世含めても、こんな身分の高い方と話したことないんで」
「気にしてないよ」
つい前世とか口に出てしまったが、さらっと聞き流してくれたようだ。
「きっと王子の人柄がそうさせるんですよ」
そう冗談めかして言うと、王子は一度目を瞬かせてから、フッと笑みを溢した。
「ふむ。気に入ってしまったな」
何をかと問う前に王子が切り出す。
「シンタロー。本当に国の宝になる気はない?」
真剣な眼差しを向け、先程までとは違う声色と空気感。
その言葉の真意を悟って息を呑む。
「……いやいや、オレ男ですよ?」
冷静に考えたらそうだった。
比喩ではない国の宝になるには、王子と結婚する他ない筈だが、残念ながらこの世界も同性婚の壁は厳しい。
「僕は第二王子だからね、その辺は自由だよ。兄はすでに結婚して子どもがいるし、自分の子どもは後々の後継者争いの元になる可能性もあるから居ない方がいいだろう」
王弟の息子が王位争いなんて揉め事は、芽吹く前に摘んでおくべきなのだろう。
王位争いで国がごたつくなんてどこを取ってもいい話ではない。
そう考えていたら、王子は何やら勘違いしたらしく、表情を変えることなく告げる。
「ああ、貴殿がどうしても子どもが欲しいのなら養子を迎えてもいいんじゃないかな」
いや、そういうことじゃなくてだな。
「……これって断ったら不敬罪にあたるとかあります?」
「いいや。恋愛ごとに関しては権力を行使するつもりはないよ」
安心してホッとしつつも、恋愛ごととはっきり言葉にされたことに気付き赤面する。
「ああ、だけど貴殿に関しては、この使い所があるようで実質、殆どない権力を使ってみたくもなる」
意地悪そうな笑みを浮かべる。
「使わなくていいです」
王子がフフフと笑う。
「すぐにどうこうする話ではないし、検討してもらおうかな」
それから王子はこの街に頻繁に参られる。
そのせいもあって、『ミスカッドの華』の噂はさらに広まっている。