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1人目 勇者



 いつもの荷下ろしの作業中、遠目から勇者パーティが我が街に訪れたのがすぐにわかった。


 その辺にいる街人や冒険者たちと比べて、見た目の作り込みが全然違うのだ。遠くからもわかる様な派手な髪型のやつは、初めてお目にかかる。

 彼らの物語の中盤くらいなのだろう、装備がしっかりとした造りのもので明らかに強そうだ。


 実は、いつか来るのだろうと思っていた。ここはきっとそういう世界なのだろうと。

 ゲームの主人公が存在して、彼らには何らかの大きな使命があるのだろうと。

 村人Aには計り知れない何らかが。



「わぁ、すっげぇ!おっきな街だなぁ!」


 田舎臭さ丸出しのセリフを、茶色の短髪に、くりんとした茶色の目をした少年が、ぽかんと開けた口で放つ。

 先ほどの台詞といい、見た目の雰囲気といい、こいつは王道系の勇者さまだな。

 そうひっそりと様子見していると、早速村人Aのオレを見つけて寄って来た。


「ねぇ、名はなんていうの?」

「ここはミスカッド。王都の次に大きな街さ」


 待ってましたとばかりに喰い気味に告げてから、さぁ今日もいい仕事したぞ、とにっこり笑いかけてやる。


 だが、勇者はまだこの場を離れようとしていない。

 オレからこれ以上の詳しい情報は聞き出せないぞ?宿屋とかギルドの場所なら教えてやらなくもないが。


「いや、街の名前じゃなくて。君の名前はなんていうんだい?」


 オレの名前?

 ただの村人Aに名前を聞くのか?

 流石、はじめはレベル1のくせに魔王城の一番遠くの村から危険を顧みず旅に出て、鍛錬を積み重ねて世界を救おうとする奴は、その辺の村人の名前まで気にする人格者だなと只々感心してしまう。


「君、すごくかわいいよね!」

「はぁ?」


 名前を問うた次に勇者から発せられた言葉の意図が掴めず、疑問とも驚きとも呆然ともつかない言葉が漏れる。


「オレと一緒に旅に出る気ない?」

「え、いや、え!?」


 こいつ、何言ってるんだ?壮大な目的を持つであろう旅に、冒険者でもない村人Aを誘うか?


「タイガさま、何ナンパしてるんですか!」


 青い髪をポニーテール束ねた美少女が腰に手をあてて、タイガと呼んだ勇者を窘める。動くと胸が揺れる。

 ナンパ?

 その言葉の意味を頭の中で検索している間に、パーティのもう1人の少女が勇者の裾を引っ張る。


「た、たしかにこの方は凄く可愛らしい方ですが、突然過ぎますよー」


 可愛らしいなんてピンクの髪とひらひらした衣装の少女に言われたくない。

 ナンパされるのは前世を合わせても初めての経験故に思わずテンパってしまったが、勇者はオレを口説いているということでいいのか?

 口説いているのか、このオレを?


「おい、みっともない真似はするな」


 長めの黒髪の青年が僅かに怒気を孕ませた声で言う。このパーティの中では一番の年長者らしく、落ち着いた雰囲気だ。


「さっさと宿屋に行くぞ」

「えー」


 勇者の後ろ襟を引っ張りながら、その翠の瞳がこちらを捉える。


「突然申し訳なかった。このお詫びはあとで」

「いえ、お構いなく……」


 ズルズルと引き摺られて行く勇者を薄目で見守ってやる。



 しっかし、勇者がナンパかよ。先が思いやられるゲームだな、全く。

 本日の仕事を終わらせながら溜息を吐く。

 ……いや、待てよ。

 これは、もしかしなくても『魅力999』の罠ではないのか。

 ヒロインを引っ掛けるのではなく、勇者を引っ掛けてしまったのか。

 なんかこの先の嫌な予感しかないと頭を抑える。



「おーい!」


 あ、勇者が戻ってきた。

 あの怖そうな青年から逃れて来たのか、取り敢えず宿屋を見つけられたのかはわからない。


「なぁ、名前なんて言うの?」


 そういえばさっき答えずに終わったな。


「シンタローだ」

「シンタロー……いい名前だね!オレ、タイガっていうだ!よろしくな!」


 そう言って握手を求めてきたので、何がよろしくかは不明だが応えない理由も特に見つからなかったので手を出すと、ぐいと強く掴まれてぶんぶんと強めに振られる。

 勇者はニコニコと嬉しそうにしている。なんだか犬っぽいな。



 日が沈みかけ朱く染まる街並みに、明日の再会をも惜しみながら家路に帰る子供たちの声と、お疲れと交わす仕事終わりの男たちの声が響き、どこからか漂う夕餉の匂いに自分も空腹であることを思い出させる。


「素敵な街だよね」


 勇者はそんな街を見渡して微笑む。その事に関しては同意しかない。


「ああ。暫く、此処に留まるのか?」

「うん、そーするつもり!」


 王都を前に装備やらアイテムやらを整えるにはちょうどいい街である。

 人口も多く情報は集まりやすいし、周りのダンジョンもなかなかレベルが高いらしいので、勇者パーティには気に入ってもらえるだろうと思っていた。


「雰囲気も気に入ったし、クエストも多そうだし、なにより……」


 勇者はそこで一旦言葉を留めて、生まれ育った街を褒められて悪い気はせずにウンウンと頷くオレをジッと見る。

 なんだろうかとその先を促すように首をかしげると、急にガシッと肩を掴まれて。



「シンタローのこと、一目で好きになっちゃったから!」



 物凄い笑顔でそう言ってのける。

 ドキッと無い胸がときめき、瞬間それを否定する。

 いや、嬉しくない嬉しくない!

 勇者の言葉と自分の反応に驚きつつ、どうすべきなのかと狼狽えていると、街の中心の方から勇者を呼ぶ怒鳴り声のようなものがした。


「あ、やべ。先にギルドに顔出してくるって言って抜けて来たんだった」


 なるほど。


「ねぇ、明日もこの辺で仕事してる?」


 否定する要素はないので、こくりと頷く。


「よかった。じゃあ、また明日!おやすみなさい!」


 そう言って身を翻し、声のした方へと駆けて行く。

 台風のようとはよく言ったものだ。こんな奴、前世でも会ったことがない。


 ふぅ、と自然とため息が漏れる。

 ファンタジー世界に生きてきて、驚くことが無かったわけではないが、漫画やゲームでファンタジー慣れしているせいもあるのか、大体想定内のことばかりだった。


 だが、今の『勇者に告られる村人A』は予想だにしていなかった。

 しかも出逢って早々に。

 この世界の主人公に接触することはあれど、深く関わるのは想定外。


 しかしこれって、噂の『ぼーいずらぶ』とやらなのではないか?

 どうせなら女のコにハーレム状態の世界、求む。



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