メッセージ〜送信〜
翌日、僕は休憩中にスマホを睨みつけていた。
そんなつもりはなかったが、後輩にはそう見えたらしい。
「先輩…スマホが怯えますよ……」
そんなに睨みつけていたのだろうか?
もちろん、待っているのは彼女からの返事だ。
昼過ぎの客の切れ間に、
昨日一晩考えておいた文章を送った。
別にだからと言って素晴らしい文でもなんでもない。
『おつかれさま。マサトだよ!
名刺に連絡先あったから、こっちで探したらみっけちゃった♡
よかったら返事ちょーだいo(^▽^)o』
色んな文章を何べんも書いたけど、
結局友達に送るような、軽いノリにした。
なんて送ったのかと聞いてきた後輩が、
そのメッセージ内容にため息をついた。
「せんぱーい……それ、返ってこないっすよ……。
完結しちゃってるじゃないですか。よかったらって…
よくなかったから返事しなくていいやってなるやつっすよ?」
まぁ…確かに…
「わかってるよそんなの。
疑問形になってないって言いたいんだろ?
そう思ったけど…」
そっちで返ってこない方が傷つく。
僕が辿り着いた、なんとも情けない結果だ。
だったら、軽く探りをいれるくらいの文章で痛手を緩和しようと思った。
こんな事も、今まで考えたことは一度もない。
「店、行っちゃえばいいんじゃないですか?
場所わかったんだし。あーでもこの辺、俺たちみたいの行くと
すぐホストが勧誘してきてうざいっすよねぇ…」
そう、その場所は、昼と夜を繋ぐ場所。
こう見えても僕たちは昼職だ。
夜の仕事は一度もした事がないが、
見た目だけで判断される場合が多々ある。
「まぁ…そのうちな」
曖昧な返事をして、買ってきたコンビニ弁当を食べ終わる。
時刻は14時。そろそろ返事をするにはいい頃合いではないだろうか。
そんな期待を裏切るように、彼女からの返事は
その日どころか、金曜が終わっても返ってくることはなかった。
そして週末。
僕の仕事が一番忙しくなるのが土日だ。
平日に休みがないお客さんが、がっつり予約を入れてくる。
朝から夜の最後まで、今日もみっちり予約が入っていた。
「よし!今日も気合いれるかっ!」
彼女のことは、ひとまず置いておこう。
今朝家を出る時にそう決めた。
もうあのメッセージへの返信はないだろう。
だからと言って諦めたわけではもちろんない。
とりあえず、この週末を乗り切ったら
もう一度ゆっくり考えよう。
僕の……運命の人だからな。
そんな事を脳内で呟いていると、
後輩が近寄ってくる。
「先輩…わかります……今日の仕事量じゃ
壊れても仕方ないっす……」
「はぁ?」
「いや、なんか見たこともない顔でブツブツ独り言言ってるから…
てっきり今日一日を考えて壊れ始めたのかと……」
「ばーか。別にこれくらい大したことないよ。
早くお前も予約でパンパンって嘆いてみろ」
自分の声が出ていた事にハッとした僕は
気合を入れなおす。
今日は…あの人も来るからな。
僕を一番に気に入ってくれて、
しまいには店まで出してあげると言ってきたマダム。
もう6年担当している。
まだ未熟だったアシスタントの頃から気にかけてくれて
スタイリストになった時に一番最初に指名してくれた。
最初の頃こそデートもしたけど、
僕が金や女に靡かないと知ってからは
凄くサバサバしたいい関係になった。
お世話になっているマダムのためにも
気合入れていかないとな。
オープンと同時に予約を順調にこなして、
これからデートという女の子にお礼を言われたり、
湿気が多くなってきたから困ってるという相談を受けたり、
最近のニュースで盛り上がったり。
大変だけど、天職だと思う。
少し暗い顔して入店した子が、
笑顔で帰っていく時は一番うれしい。
昼休み前に来たその子は、好きな男の子に
彼女がいる事を知ったと落ち込んでいた。
一目惚れだったらしい。
電車で見かけて、バレないように大学を突き止めて、
知り合い伝いで友達にまでこぎつけた。
他人事ながら、凄い行動力だ。
一歩間違えたらストーカーになりそうだけど…
でも、恋はそのくらい人を動かすものなんだって、
その時の僕は心の底から共感していた。
だから、自分も今、
どうなるかわからない恋をしていると伝えた。
その子は、『結城さんでも?!』と
心底驚いたように言っていたが、
だったらまだ諦めないと言った。
僕は自分の容姿をそんなに過大評価はしていないけど、
その子曰く
「結城さんみたいなイケメンでも恋に悩むなら
私はもっと頑張らないと!」と言った。
恋してる君は十分キラキラしてて可愛いと思うけど…
そんな想いは口にせずに、
お互い頑張ろうねって別れた。
「ふう…20分巻いたな。」
ふと、時計を見ると15時すぎ。
マダムが来るのは15時半。
あの人は絶対に時間通りにきっちり来るから
少し休憩できる。
「裏入るねー」
スタッフに声をかけ、バックルームへ。
買ってあったコンビニのサンドイッチを頬張りながら
仕事中に震えていたスマホをポケットから取り出した。