中編(一日目・終)
「ギャハハハハハハハハハハ！」
「うわぁぁ………！！」
なんだこれ。どういうことだ。理解が追いつかない。さっきまで大人しかった人間がこんなに変わるのか？二重人格と言われれば理解できるが納得は出来ない。突然連れてこられた地下室で殺人鬼と遭遇するなんて誰が納得するというんだ。バイトといわれて来たが、殺される実験体なんて聞いてない！
「うわ、……ぁ、あ、あぁ……」
パニックになり言葉にならない声が出るだけだった。足はすくんでその場から動けることも出来なかった。死にたくはないと本能に近い恐怖を感じているのに、蛇に睨まれた蛙のようにその場に立ちすくむだけだった。言い得て妙である。まさにこちらが被食者であちらが捕食者なのだから。食物連鎖とはまさに──。
「おいおいおい。勘弁してくれよ。逃げなきゃ追いかける意味がねぇだろう。まあこんな小さい部屋じゃ逃げる話じゃねえがな」
殺人鬼は、奴はボクには近づいてこようとはせず、中央にあぐらをかいて座ったまま動こうとはしなかった。
「…………へ？」
「なぁにほおけた面してやがる。何も喰って殺しやしねぇよ。ギャハハハハハハハハハハ！利害が一致してるから交渉しようと考えただけだぜ」
何をいっているんだろうか奴は。てっきり殺されると思ったのだが、ビデオカメラを破壊したきり動こうとはしない。それより交渉とは？利害が一致してるとなぜ判断できる？
「死んだ魚みてぇな目だなおいギャハハハハハハハハハハ！」
「…………どういうこと？」
「あぁ？魚を知らねぇのか？」
「じゃなくて。ボクを殺さないの？交渉ってなに？」
奴ははぁ？と呆れた顔をして頬を掻いた。
「俺がてめえを殺さない代わりに、お前は俺をここから出せってことだ。前来た人間はビビって失神しやがったから話もできなかったんだよ。その分お前は生きてるが目は死んでる」
再びギャハハハハハハハハハハと大きな嗤い声をあげた。
「わ、わかった。交渉に従うよ……」
「それでいい。なら、そこの扉を開いておいてくれ。どうも俺には触れねぇ仕掛けをしてるみてぇでよ。あとはてめえの好きにしろ」
開けるだけでいいのか？それでボクは助かるのか？
「じゃあ………」
「ああ」
ボクは奴の指示通り扉を開けて地下室から脱出したのだった。彼女には申し訳ないが殺されたくはないのだから仕方ない。そもそもあんな化け物と一緒にいろと言う彼女に非があるだろう。バイト代は丁重に断るとして、これ以上はここにはいたくない……。
恐怖から解放された頭で奴のことを考える。
彼女曰く完全なる孤独だと。何にも影響されず何にも影響を与えない存在だと。だからこそあの地下室に閉じ込められていたのだろう。夜の研究とも言っていた。夜になれば少女とは違う人格が現れると言うのだろうか。まさかそんな非現実的なことが………いやこの際認めるしかないだろう。この目で見てしまったのだから。
それにしても。
なぜ奴は魚という存在を知っていたんだ？ボクの目を表する時にその言葉を使った。他の存在と無関係のはずならば魚という存在を知っているはずがない。だがこれは説明ができる。奴が少女の人格の時に魚を食べたからだろう。化け物といってももとの肉体が人間である以上は食事を要するはずだ。化け物のほうに食べた記憶が共有されるのであればその言葉くらいは容易く伝わってしまう。
だがそれ以上に。
殺人という行為には、他の存在と関わる必要があるじゃないか。食物連鎖のカテゴリーエラーと彼女は言っていただろうか。殺人鬼の場合は、殺す殺されるの関係。少なくとも二者が存在する。ならば奴がボクを殺し、ボクが奴に殺される段階で関係を持ってしまっているじゃないか！
彼女が求めた完全なる孤独は殺人鬼なんかじゃない。そもそも関係を持たない存在などあり得ないんだ。
ボクの考えたこの結論が正しければ、彼女の研究は根本から間違っていることになる。前提が崩れれば研究などする意味がなくなるのだから。
自分のなかで結論がでたせいか先程の恐怖から逃げた安心感からか、一息ついたボクはそのまま眠りについたのであった。
後編へと続きます。
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