中編(一日目)
研究所とやらに着いた時にはすでに西へと太陽が沈みかけていた。しかもちょうどどこからか教会の鐘のような鈍く響く音が聞こえてきた。時間にして午後六時を回った頃だろうか。
「こちらからどうぞ」
彼女が門らしき場所へと誘導してくれる。らしき、というのはその門が錆で朽ち果てていて原形をとどめていなかったからである。何十年と放置されたかのようなそんな印象を受けた。そして肝心の研究所の方は案外まともなつくりをしていた。木造建築の二階建て。都内で見かける一軒家当たりの大きさだろうか。棟内へ入ると室温が低かったせいか、寒気を感じてぶるりと体が震えた。異様なまでの寒気だった。
「二階の一番手前があなたの部屋です。荷物はそこにおいてください。一階が食堂です。今日はもう夕食にしましょうか。いい時間です。食べ終わったのならば研究室へ行きましょう。奥の地下への階段が実験体が収納されている場所なので―――」
「いや、あの、ちょっと……」
到着して息をつく暇もなく彼女はスケジュールを読み上げるように早口でしゃべっていくのに戸惑ってしまった。というか、まだ理解できないことが多すぎるのだ。こちらとしては一つ一つ進めてほしいのだが彼女は一刻を争うかのようにテキパキと行動していく。すでに夕食の準備に取り掛かっていた。
「え、あの、なにを……」
「なにって、レトルトのカレーを温めているのですよ。ご飯はたくさんあるからお替りするといいでしょう」
そこを気にしているのではないのだが。
「それともカレーは嫌いでしたか?」
「いえ、別に……」
数分後。二人は正面を向いた状態でテーブルに着いた。というかテーブルと木椅子以外に食堂には何もなかった。必要最低限の食器類とフライパンと鍋。それくらいだけだった。
「質問があるんですけど」
カレーをほおばりながら先ほど彼女が早口で述べたスケジュールの中で気になっていたことを吟味していた。
「さっき言った僕の部屋、ってどういう意味ですか」
はて?といったふうに彼女は首をかしげた。なぜそんなことを聞くのか、とでも言いたげだった。彼女にとって疑問でないことはすべての人間にとっても疑問ではないということなんだろいうか。それは何でも傲慢すぎるだろう。
「説明が不足していましたか?あなたに頼んだアルバイトの三日間はこの研究所で過ごしてもらうためですよ。そのためにもプライベート空間ぐらいはあった方がいいと判断したのですが」
……なんてこった。まさか住み込みだったとは。この奇妙な人と奇妙な場所で謎の研究をやらないといけないってのか。ボクはカレー皿に残った一口がどうしても口に含むことができなかった。
中編・後編へと続きます。
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