廉の一日目
アラームの音で俺は目を覚ますと、そこは見慣れない可愛らしい女の子の部屋だった。真後ろの壁を見ると、アイドルのポスターが一枚だけ貼ってあった。
時計を見ると、六時四十五分だった。いつも七時に起きる俺にしては早い時間だった。
部屋を出て、階段を下りると、扉から照明の光が射し込んでいるのが見えた。開けると、そこには少し太った女性が居た。
「実、おはよう」
女性がそう言ったのを聞いて、俺は首を傾げた。実とは誰だ、と。
急いで洗面所で鏡を見ると、後輩の女子の不細工な顔が映っていた。俺は驚いて硬直した。
トイレをしようとすると、俺はあることに気付く。今の俺の体は女だということに。早く済ませて、こたつに入った。
部屋に入ってきたのは、小学生ぐらいの男子だった。細く可愛い顔をした男の子だった。これが噂の弟なのか。
実という女の子はどんな子かは分からない。だが、俺が好きという噂が広まっている。なぜそうなったか、それも俺は知らない。
実の母親が作ったピザトーストを食べ、準備をして外に出る。見慣れない住宅街が広がっていた。
「あっ、実ちゃん。おはよう」
そう言われて振り返ると、ショートヘアーの女子が居た。名札の色を見ると、実の後輩であることが分かる。
実の後輩――加藤さんと雑談をしながら学校に向かった。実は後輩にも慕われる良い奴なのか、と俺は思った。
教室に入ると、人数は少なく感じた。俺はあることを思い出した。
この子は噂で言うと保健委員だった。ということは、俺は保健委員の仕事をすることになるのだろう。それで、俺は健康観察板を取りに行くことにした。
廊下を歩いていると、神田を見つけた。神田は俺と同じクラスの保健委員だ。
「うわぁ、あの子じゃん。ヤバい――キモッ!」神田を俺を見て、笑いながら言う。
俺は俯いて歩くしかなかった。誰かに陰で笑われているのはこんなに辛いことだと痛感した。
誰かでも慕われた俺はこんなことになったことなんて無かった。だから、涙が出そうになるほど辛く感じた。
あの子はこんな日々を耐えているのだろうか。俺のせいで、君は辛い思いをしているのだろうか。
俺は健康観察板を取って、教室に戻った。教室には、同じサッカー部の舜が居た。
「舜、おはよう!」
いつもの気分で話し掛けると、恐ろしいくらい嫌そうな顔をした。
「はっ、何?アイツに近付きたいからって俺を使うな。キモい」
舜はそう言うと、別の男子と一緒に去ってしまう。俺はそれを見た後、席に戻って突っ伏した。
何でこの子はこんなに嫌われているんだろう。友達とかいるのか。何で、こんな辛い思いをしなければいけないのだ。
全て、俺のせいなのだろうか。
「おはよう」
軽い声で俺のところに来たのは、同じクラスの斎藤の妹だ。下の名前はどうなのか知らない。実はこの子をどう呼んでるのか定かではない。名前を呼ぶことが無いように、勘付かれないように気を付けよう。名簿を見ると、斎藤鏡花という名前らしい。
「朝から悶々って感じしてるよ。元から暗いけど」
考え込み過ぎたか。元から暗いというのは、俺の影響だったりするだろうか。
そんなことを考えていると、朝読書の時間になった。俺は彼女の本を開いた。コイツ、ちゃっかり難しい本を読んでいるようだ。この名前の文豪、歴史の授業で聞いたぞ。
授業はとても簡単に感じた。俺は馬鹿でも一つ上だ。これくらい楽勝だ。
それより、実の授業用ノートを見て驚いた。カラフルにまとめてあって分かりやすい。さすが女子のノート。
アイツは一つ上の授業でかなり困ってるような気がする。想像してみると面白い。
授業終わりに鏡花と一緒に女子トイレに入った。鏡花が手を洗う俺の手を見つめた。
「ねぇ、この傷……」
鏡花の言葉に俺は目を丸くした。この痕はどう見ても浅いリストカットの痕だ。まさか、コイツ……。
「リスカ?」
「あっ、まぁね……」
「そんなに先輩が怖いんだね」
「……うん」
鏡花の言葉に俺は頷くことしか出来なかった。この子が苦しんでいる理由は、本当に俺なのか。
コイツに本当のことを話そうか、そう思ったが止めた。隣の男子トイレに舜達が入って行くのが見えたからだ。先ず、コイツは信じないと思う。
「どこ行ってんの?」
俺は鏡花と家は帰っていた。俺は実に家に帰らなくてはならない。うっかり自宅に帰ろうとしてしまったようだ。
鏡花は隣でクスクスと笑っている。友にも礼儀ありってコイツは知らないのか。俺も人のことは言えない。
家に帰り、実のスマホを手に取る。パスワードがあって、開けない。けっこう秘密主義なんだな。スマホだけでも交換出来ねぇのか。
実の家族と一緒にご飯を食って、風呂に入って、寝た。
明日は戻ってることを願って。