実の一日目
朝、アラームの音で目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。サッカーボールやスパイクが飾ってあって、男の子らしい部屋だった。
私は体をお越し、トイレに向かう。しかし、私はこの家の間取りなど知らないので少し迷った。そして、洗面所があるところに着いた。洗面所の鏡に映った自分を見て、目を疑った。
「えっ……」
その顔は、武藤先輩の顔だった。私は、鏡の前で硬直した。何で私ではなく先輩が映っているのだろうか。
私は思い付いた。先輩と私の体が入れ替わっているのかもしれない、と。それなら、少しは説明がつく。
私の好きな先輩が目の前の鏡に映っている。何かのフェイクでもなく、ただ映っていた。いろいろ体を動かしてみても、自分と同じように先輩の体も動く。
私は落ち着くためにトイレに行ったのだが、あることに気付いた―――男の体だということに。
私は便座に座り、目を瞑って済ませた。男の体を見るなんて、そんな下品なことはしたくない。ましてや、先輩の体であるのだから。
キッチンのところに行くと、先輩の母親であろう女性が朝食の準備をしていた。私はリビングの椅子に座った。寒いのにこたつが無いなんてキツいな。
「廉、ご飯出来たわよ」
先輩の母は、ご飯を私の前に置いた。私は「いただきます」と言って食べた。
食べた後は急いで歯磨きをして、制服に着替える。男子の制服なんて着ることも無いから着方が分からない。それなりに着て、上着を着て、鞄を背負った。
靴を履いて外に出ると、見掛けない景色が広がっていた。
「廉、おはよう!」
一人で周りを見渡していると、先輩の友達であろう男の子達が三人ほどやって来た。
「おはよう!」私はみんなにそう言った。
最近は男っぽく言うことなど無いので、この人達にどう接していいか分からない。先ず、男と話すことも無い。
「一緒にオンラインでやって楽しかったな!」メガネを掛けた面白そうな男が私の肩を叩いて話し掛けてきた。
「おっ、楽しかったな!」
とりあえず、適当に返した。昨日まで先輩が何をやってたかなんて私が知るはずも無い。
「なぁ。あの後輩の女子はどうすんだ?関わってみるか?」
そう話し掛けられ、私はビクッとした。
あの後輩の女子というのは私だ。なぜか、本人に気持ちがバレてしまっているらしい。関わっても居ないのに、いつも何でだろうと思っていた。変な噂で学校生活が窮屈していた。
「知らねぇよ。気にしないでおけ」
私はそう言うしか無かった。だって、中身は私本人なのだから。それをバレないようにするには話を反らすしか無かった。
名前も分からない男子と学校まで雑談して、教室に入った。
「おい、廉。あのゲーム面白いよな!」
クラスの男子に話し掛けられ、私は硬直する。やっぱり、先輩は人気者だと痛感した。
「あっ……そうだよな!おもしれぇよな!」
適当に返事をした。先輩がどんなゲームが好きだなんて知らないよ……。
「武藤さん、彼女さんが呼んでるよ!」
そんな声がして、私は肩を震わせた。まさか、彼女に直接対面するなんて、最悪だ。
「廉!」
先輩の名前を呼んだ女子は私より可愛かった。こんな不細工な私に比べれば美しいものだった。
「廉はどこの高校に受けるの?」ニコニコ笑顔で私に問い掛けてきた。
「うーん、まだ決めてない」
私は先輩がこれからどんな未来を送ろうとしているのか私には分からないので、そう言った。
「そっか……私は普通科の高校、受けるつもりだから」
そう言って、先輩の彼女は去ってしまう。先輩の彼女と対面するなんて正直辛かった。会いたくなかった。
あんなに可愛い人なら負けるよ。不細工な私には敵わない、そう痛感された。
授業はとりあえずノートに書いた。三年生の内容なんて私には理解出来なかった。
先輩の筆箱を覗かせて頂いたが、色ペンと言っても赤ペンしか入っていなかった。今までのノートも眺めていたが、男らしい真っ黒に染まっていた。
とりあえず、クラス全員の名前を覚えることにした。人気者である先輩が急に全てを忘れたと言ったら変なことになるからだ。
隣の人は卓球部の先輩である渡辺先輩で同じ部活だったから分かるのだが、先輩の友達が多過ぎて覚えられない。
剣道部の部長は山崎翔太ということは覚えた。サッカー部の人はクラスが違うので分からない。
次は理科で移動教室だった。もちろん、たくさんのご友人と共に歩く。こういう時に先輩の偉大さを知る。
教務室前の廊下を歩くと、先輩のご友人の一人がニヤリと笑った。そこに居たのは、私の姿をした先輩だった。
先輩は私とは思えないぐらいにガツガツと親友の鏡花と話していた。見ていると、先輩は入れ替わりのことを話していないようだ。
「ほら、お前のファンだ。気持ち悪いよな」
「おい、廉、どうした?」
気付くと、私は足を止めていた。ご友人達が不思議そうに私を見ていた。
そうだ、私は先輩なのだ。先輩みたいに振る舞わないといけないのだ。
「あっ、なんともねぇよ」
男子として振る舞うことは、けっこう難しい。私は心からそう思ったのだ。
先ず、先輩は大丈夫なのだろうか。あの傷はとっくにバレてしまったのだろうか。急に酷いことを言われて、先輩のメンタルは大丈夫なのだろうか。
私は先輩のご友人と帰っていた。横断歩道で信号待ちをしていると、ご友人達は首を傾げていた。
「お前、どこに向かってんだ?」
私は嘆息を吐いた。間違えて本当の自宅に帰ろうとしてしまった。この姿で来たら大問題になるだろう。
私は頑張って話を合わせながら、先輩の自宅に帰ることが出来たのだ。
私はこのまま先輩だと貫き通せるのだろうか。とても不安である。
私は宿題をやろうとして固まった。何だ、この複雑な計算問題は……。とりあえず、答えを写した。
私は生き地獄と言えるような風呂に入り、ベッドに入る。明日は戻ることを願って、眠りに落ちた。