第八話『若戸市街』
生は適当に空のことをあしらって学園の外に出てきた。
向かったのは駅の方だ。無論新しい方の。
若戸市駅前の方へ来ても特に何かするわけでもない。ただ、ぶらぶらと歩いて暇を潰しているだけだ。
今は家に帰っても誰も待っていない。帰っても暇なだけなのでそれなら駅前で時間を潰す方がましだった。
駅前はすでにまだ一ヶ月以上も先だというのにクリスマスの準備に取りかかっていた。
葉を失った街路樹にはオーナメントが飾り付けられ、ビルにもそれは続いている。主に緑と赤で構成され、ピカピカとライトの明かりが街を彩る。
寂しい冬には過ぎたデコレーションだ。
クリスマスまでは後一ヶ月と一週間程度。
この街、若戸市は何かと祭りをするのが好きだ。だからここまで早い時期でもいそいそと準備を始めているのだろう。
今年はクリスマスと大晦日、来年は正月、バレンタインとそれなりに行事がある。どうせまた夜中ずっと、騒ぎ通して少しの変化には目を瞑るのだろう。
だから■■されるのだ。
生が駅前を歩いていると見知った顔を見つけた。さっき別れたばかりの熊だ。
「おっ!生じゃないか」
「………用事ってのはこの事か」
生は熊の姿を見て呟く。
熊は制服ではあるものの、その手には少し大きめの段ボールを二段に重ねて運んでいた。段ボールの隙間からコードのようなものが見えているからおそらく飾りの一つだろう。
熊が向かっていた方向を見ればそれなりの距離の場所に忙しく飾りつけを行っている四、五十代のボランティア、あるいは町内会の人であろう人たちが見えた。
熊はその中に混ざって手伝いをしているのだ。
「春野さんの方は終わったのか?」
「ああ」
生は短く返答した。
熊は必要な場所だけ案内して後は学園内地図の場所を教えたと思った。実際、合っている。
最後までやり通すことはないが、それに準ずることはしているというのが熊の認識だ。
そうやって一人で納得した。
「ふむ、そうか。なら手伝ってくれないか?見ての通り、人手が足りてないんだ」
熊は段ボールを少し持ち上げる。
二つ同時に運んでいることを示しているのだろうが、さすがに生以外でもこれは断るだろう。
「断る。クリスマスの準備だとしたら早すぎるだろ」
「それはそうなんだが、この街の皆はとりあえず祭り騒ぎは大好きだからな」
「だとしたら断る。そういうのはやりたい奴にやらせておけば良い。俺は参加したくない」
元々一人で過ごすことも多い生だが、そもそもそれは誰かと一緒に馬鹿騒ぎしたりすることが好きではないからだ。
確かに生が不良で他人を寄せ付けないオーラを発している点は間違いなく生に問題があり、それが一人でいることも一因であることも否めない。
しかし、それ以上に生自身は面倒事が嫌い、自分本意、基本的に他人を極端に嫌っているというまさに問題児一辺倒な性質のおかげで一人でいる方が落ち着いていられるのだ。
祭りに関しては言うまでもなく、その当日はおそらく家に閉じ籠っているだろう。
「ん?そうなのか」
生の言葉を聞いた熊は不思議そうな表情を浮かべた。
「ああ」
「だが去年は参加していただろう?」
「………なんでそれを知ってる?」
生は思わず熊のことを睨んだ。
実際、生は去年、クリスマス祭に参加している。出店の手伝いだ。本来なら参加する気は一切なかったのだが、冬華に引っ張り出されたおかげで参加する羽目になった。無論裏方である。
参加したとはいえ、裏方で、しかもあまり目立たない場所に陣取っていたのでそう多くは顔を見られなかったはずだ。表で接客なんかをやらせれば客が寄り付くどころか遠巻いてしまう迷惑な店員になってしまう。
「なんでって、そもそも生は風紀委員の手伝いの枠で始関先輩に呼ばれたのだろう」
「………知らねえよ」
初耳である。
冬華は生に対して一言、手伝え、しか言わなかった。
生も似たようなものだが、一単語で理解できるわけがない。
「聞いてなかったのか?」
「手伝え、しか言われてねえ」
「そうか。それは残念だったな」
熊はなんとなく冬華はが生に強制労働をさせるためにやったのだと思った。
去年の今頃、つまり冬の頃は冬華はまだ学園に通う生徒だった。そのときは今の飛鳥と同じ風紀委員でその当時から生と冬華は関係があった。
状況的には今の生と飛鳥の関係に近い。生の面倒を風紀委員に一任している感じだ。その面倒を見るついでに生の場合は風紀委員の手伝いをさせられている。
去年、クリスマス祭に参加させられたのはその影響だ。
「まあ、どっちでもいい。俺はやらん」
「そうか………。なら俺は一人で頑張るとしよう!」
熊は一度段ボールを持ち直して準備をしている場所へ向かった。
「あいつも暇だな………」
生はそう言って苦笑した。
それは熊が似ていたからだ。
何かやることもなく、たださ迷って何かをしていないと苦しくなってしまう誰かと似ていた。
もう過ぎてしまったあの日々のせいで奪われてしまい、自分を保てなくなったあの人に。
性格は、確かに似ていたかもしれない。
そんな共通点を持つからこそ、生と付き合っていけるのだろう。