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ハルノソラ  作者: 弓原優歌
春を告げる者
6/13

第五話『ユキとの日常1』

「ただいま」


 生は家に帰って、そこにいる家族に声をかけた。


「お帰り、生」


 声が聞こえた方には生にとって唯一の家族、ユキがいる。

 白と黒のツーカラーで構成された服、要するにメイド服を着ており、その立ち振舞いは文字通りのメイドのように綺麗な姿勢で立っている。

 実際、ユキは本物のメイドだ。生は確認していないが、生の家では掃除、洗濯、食事の準備とおおよそ家事と呼ばれることをこなしている。

 生の産みの親に雇われて生の面倒を見ているが、生にとってはユキこそが自分の母親であると感じている。産まれてからの時間は実親よりもユキの方が長いからだ。年齢的には生と近しいはずだが、その風貌や行動から姉と言うよりも母と言われた方がしっくり来る。


「生、今日はどうだった?」


 ユキは台所に立ったまま、顔だけ生の方向いて微笑む。


「別に。いつも通り」


 生は素っ気なく答える。


「そっか。今日も楽しそうでよかった」


 ユキは生の僅かな回答と素振りだけで生の内心をそのまま読み取った。それが出来るのはこうして親子のように関わり合っているからだろう。


「そんなことは言ってない」


 生はユキのことを睨み付けるが、その視線は他の人に向けるよりはずっと優しい。


「うんうん、それで?魚出君とか交田君たちとは上手く付き合えてる?」


 ユキは生の照れ隠しを受け止めつつ、話題を別のものにすり替える。

 魚出と交田は生の数少ない友人だ。ただし本人は認めていない。その名前もユキが誘導尋問して出てきた名前の中から的確に拾い上げた人物だ。


「いや、別に」


「駄目だよ?生と一緒に居てくれる友達なんだから大切にしなくちゃ」


「一緒にはいない。付きまとわれてるだけだ」


「またまた、そんなこと言って」


「事実だ」


 生は付きまとわれてると言っているが、実際にはそれなりに仲良く、親友とまではいかないが、放課後に一緒にいることもそれなりにある。


「まあでも、生が楽しそうで何よりだよ」


「楽しくは………ない」


 生は本音の手前、断言することを一瞬躊躇った。

 それは本心では生が学園生活を楽しんでいることの証明に他ならない。少なくともユキにはそれが理解できた。


「でも、行けて良かったんでしょ」


「それは、まあ」


 実は生自身はその見た目通り、不良であるのは明白だが、その頭もそこまでよくはなかった。むしろ下から数える方が早い。

 高校に進学するとき、就職するか進学するかで迷っていた時期があったのだが、生のちょっとした憧れをユキが読み取って今いる学園への進学を強く進めたのだ。

 その時に一つだけ約束もした。


「私とも約束したしね。守れてて偉い偉い」


 約束の内容は『学園を卒業する』。ただそれだけである。

 普通の人にとっては簡単そうにも思えるが、生にとってはそうでもない。

 事ある毎に問題を起こし、停学あるいは退学一歩手前まで行きそうになる上に成績は学園ではそこまでいい方ではない。ギリギリ進級できるくらいなのだ。

 故に『学園を卒業する』というのは結構な難題だったりもする。もう一つ付け加えるならば、生が学園にいることをあまり良しとしていない点だ。

 時が来れば、学園生活なんて意味がなくなる。

 楽しいけど、それによって決意が揺らぐことが怖かった。

 何故なら生は■■■を■■■なければならないから。

 しかし今はそれも胸のうちにしまっている。理由は単純にユキに心配をかけたくなかったからだ。


「子供扱いすんな。今はユキの方が小さいだろ」


「でも私の方がお姉さんだもん」


 ユキは背伸びして見栄を張ろうとするが、その背は高くない。

 生の身長は男子の平均身長よりも数センチほど高いが、ユキはそれに比べてそこまで高くはない。


「行動が子供っぽい」


「むっ、失礼な。これでも生の世話役なんだよ?」


「知らん。俺は頼んでない」


「生の親に頼まれたからね。生のことを頼んだって」


「勝手な親だよ、本当に」


 生は語気を強めた。

 生は自分の親に関してあまりいい感情を抱いていない。憎しみ、あるいは敵意に相当する悪感情を持っていた。だが、そんなことを思っていても仕方がないのを生は理解している。

 自分が今こうして普通に高校生活を送れているのは自分の親のお陰であることを分かっていたからこそ、生は自分の親に逆らおうとは思わなかった。


「仕方ないよ。手が出せないんだから」


 ユキは生の表情を見て、生が何を考えているのかを察した。

 生が自分の産みの親にいい感情を抱いていないのはユキも知っていた。

 ユキは生の親が今生に何か出来ないことを知っていた。手が出せない状況にあるからユキは割りきれたが、生にとってはそうではない。

 ユキ自身も生のことは可哀想だと感じているからこそ出来る限りの親身に接しているのだ。


「そんなことは置いておいて、ほらご飯にしよ。お腹空いたでしょ?」


 ユキは暗くなりかけた空気を払拭するかのように机の上に夕飯を並べる。さりげなく生はユキのことを手伝う。


「今日は、ぶりの照り焼き?」


 生はお皿の上に盛り付けられた料理を見て言う。

 お皿の上にはおおよそ三角形の魚の切り身が茶色いソースにからめられて香ばしい匂いを放っていた。


「そうだよ。よさそうなのがあったからね」


「そうなのか。………いやユキはここから出れないだろ」


 生は思わず納得しそうになったが、ユキが生の家から出ることを禁止されていることを思い出した。

 ユキは生の親からこの生の家から出ることを禁止されている。正確には生が家として認識している、つまり庭なども含まれる領域を出ることが出来ない。そこに法的な拘束力はないが、ユキは言いつけに従っている。


「ふふふ、まあそうなんだけどね。実を言うと冷蔵庫にあったものを使わせてもらっているだけだよ」


「誰が入れたのかも分からないやつだろ、それ」


 生の家の冷蔵庫は時々買った覚えのないものが入っている。何時何処で誰が買ったかも分からない代物だが、一応食べられるものなのでユキが調理して知らぬ間に出されている事が多い。


「じゃあ生が買ってきてくれるの?」


「それは断る」


 自分で食品を買うより我慢して食べることを選んだ。別に潔癖性ではないので食べる分にはそこまで気にしない。


「でしょ?それなら我慢して」


「分かった」


 生は素直に頷いて机に着いて気がついた。


「………でも、これは止めてくれ」


 生は机の上に乗っかった夕飯の一つ、小鉢に入ったカボチャと小豆のいとこ煮を指差した。


「え~、美味しいのに」


 ユキは不満そうな声を上げるが、生も不満な声を上げる。


「だからといって、毎日はやり過ぎだろ」


「毎日じゃないよ。週六だよ」


「おんなじだろ」


 生はほぼ毎日だろと文句を言うが、そこまで強くは言わない。

 ユキに自分の食事を用意して貰っている立場で何か言えることはなかった。


「まあ別にいいけど」


「………いいの?」


「ああ」


 生は興味無さげに箸に手をつける。


「はい、どうぞ」


 ユキは最後の料理、味噌汁を持って生の前に置く。


「いただきます」


 生は夕飯を食べ始める。

 夕飯のメニューは白飯、味噌汁、魚、煮物、和え物と和食だ。生の家では、ユキが作る料理が和食の方向に偏っているので和食に偏る。洋食を作るときもないわけではないが、週一程度だ。ただし、カボチャと小豆のいとこ煮は洋食の時でも出ることがある。

 生は偏食ではないが、こうしてちゃんとした料理が出ないと毎日でもラーメンなんかを食べに行くのでその点健康に気を遣ってくれるユキの存在はありがたい。


「………うん。今日も美味しい………」


「ありがと」


 生は無意識に出た言葉に気付かず、ユキに返答されて思った事が口に出てしまったことに気がついた。

 少し照れてユキと視線を合わせないようにするが、ユキには照れていることがバレて逆に気を遣われて話の話題が反らされる。他愛ない世間話だ。


「最近寒くなってきたね」


「まあ、冬だしな」


「そっか。それじゃもう一年もう経つんだね」


「ああ」


「学園生活は?勉強はどう?」


「上手くやってる。ギリギリ落ちないくらいで」


「生はやれば出来るんだからもうちょっと頑張んなよ」


「なんでだよ」


「学園卒業した後、色々役に立つよ?」


「立たねえよ」


「………そっか。それじゃ約束だけは守ってね」


 ユキは悲しそうな表情を浮かべた。

 理由は、生には分かった。


「分かってる。卒業はする」


 だからこそ約束だけは守らなくてはならない。

 たった一人の家族のために生は学園を卒業しなくてはならない。


「それまでは私もなんとか頑張ってみるから」


「ああ」


 生はたった一つの約束、ユキとした大事な約束のために明日も学園へと向かう。

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