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ハルノソラ  作者: 弓原優歌
春を告げる者
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第四話『春を告げる者』

 生は若葉たちと別れて旧市街の中心部へとやってきた。すでに使われていない旧駅だ。

 生はいつもこの場所に来るくらいにはお気に入りの場所になっている。正確にはお気に入りの、というよりも思い入れという方が正しいが。

 旧駅はちょっとしたデパートが併設、というかビル駅みたいになっているので中に入れば放置された雑貨類が手に入らなくはない。最も時間の経過による経年劣化や埃の堆積、人的な破損によってほとんどが手入れがされていない物が使い物にはならない。

 このデパートでは使えるものは早々と生が回収して売り捌いたが、いくら未使用とはいえほぼ盗品でしかないそれを売るのには特殊な経路を使わざる得なかった。

 相変わらず、妙な真新しさとボロさを兼ね揃えたこのデパートには特に使えそうなものはない。


「いつも通りか」


 生は残念そうに呟く。

 もし、何かあればそれを売って金にして酒でも買おうと思ったのだが、世の中そう上手くはいかない。

 デパートの中は商品が軒並み消えているが、いくつかはまだ残っている。

 このデパートは別に高価なものを専門に取り扱ってはいない。よくある日用品、雑貨類、衣類、電子機器、本なんかをいくつかのフロアで分けてそれぞれに所謂大手のメーカーが入って商品を売っていたのだが、その中に宝石類やアクセサリー、高級ブランド品を扱っている店はなかった。

 だから生が売り捌いたとしても大した利益にはならなかった。せいぜい日々の生活を凌げる程度の利益収入だった。

 生はそんなボロボロのデパートの中を歩いていく。

 半ばウィンドウショッピングのような感じだ。

 商品こそ何もないが、生には関係のない話だった。

 ただここにいる。それだけで十分だ。

 食料品コーナーに行けば、もう何も残っていない。腐る前に生が大半を食べて残りは廃棄した。腐るとろくでもないことになるには目に見えていた。

 家具のコーナーではいくらか使えそうなものが残ってはいるが、これらは売れない。家具の需要はあるだろうが、生が一人で運ぶには無理がある。運び方を工夫する以前に別のものを売った方が早かった。

 電子機器コーナーでは大型の冷蔵庫や洗濯機は残っているが、コードやヘッドフォン、パソコン、タブレット、スマホ、テレビは残っていない。全部売った。普段見ている額なら売るときに高いはずだと思ったが、実際は売った額から手数料をとんでもない額引かれて手元には少額しか残らない。まとめて売ることは出来ないので少しずつ運びことになり、あまり大金にはならない。

 書店では何年か前の本が新書として置いてある。物によっては高いものもあるはずだが、そもそもどれが価値があってないのかなんて生にはわからない。親しい友人もいないせいで最近は何が話題になっているのかにも疎い生にとってこれ以上価値のないものはなかった。

 衣類コーナーではほとんど生が古着屋に売りにいったせいで残っているものはない。古着に関してはほぼ新品同様の扱いをされたので結構いい額になった。今現在残っているのは商品としての価値がないマネキンくらいだ。店の至るところにマネキンはあり、服は着ていないので無機質な肌色が見えている。


「ん?」


 生はその中にまだ服を着ているマネキンがいることに気がついた。

 薄い桜色の、白にも見間違うような薄さにドレスに身を包んだマネキンが残っている。やけに背丈が低く、首より上の辺りが左右に首振りしているが、マネキンだ。


「まだ残ってたか………」


 生はマネキン?に背後から近寄って頭を掴む。


「ひにゃっ!」


 マネキンは生に頭を掴まれて悲鳴を上げた。


「………あ?」


 生はそのマネキンが悲鳴を上げたのを聞いて、マネキンのことをよく見る。

 マネキンは生に掴まれた頭に触れて生の手をはがそうとしているが、普段から荒事に慣れている生の手を力ずくで動かせる人なんて限られている。

 生がマネキンだと思ったのは少女だった。

 見た目は冬華や若葉とは違ったタイプだ。

 冬華は髪を後頭部で結い上げてポニーテールを作っており、やや下がった瞼が眠たそうで感情の無さを想起させる。

 若葉は染め上げた金髪につり上がった目がまさに不良女子を印象づける。

 しかしながら目の前の少女は柔らかな印象、というよりは活発な印象の方が強く感じられる。ドレスのせいでどこか上品な感じも受けるが、気のせいだろう。


「離してくださいよ!」


 少女が一際強く暴れたので生は手をどける。

 すると少女は頭を押さえて生の方に向き直る。その表情は若干涙目になっている。


「………痛いです」


 少女は生のことを見て抗議するような視線を送るが、生がそんな視線で気に止めるようなことはない。むしろ生の普段から威圧するような視線に少女が気圧される。

 少女が口を閉じて、二人の間に無言の時間が流れる。


「お前、なんでここにいんだよ?」


 先に口を開いたのは意外にも生だった。


「えっ?」


「いや、お前、なんでここにいんだよ?」


 少女は生の問いの意味が分からず、困った表情を浮かべた。


「えっと、初対面ですよね」


「あ?何言ってんだ」


 生は何を当たり前のことを、とでも言いたげな表情で少女のことを見る。

 当然のことながら、少女は生のことを知らない。それはまた逆も同じはずだ。今この場で初めて(・・・)出会ったはずなのだから互いのことを知っているはずがない。

 分かりきったことだ。


「その、質問の意味がよく分からないんですけど………」


「知らねえよ」


「理不尽!?」


「てか、お前誰だよ」


 生は少女が何か言いたげな表情をしていることを分かっているが、そんなことは無視して自分の言葉を押し通す。


「ううっ、何この人。自分勝手すぎるよ~」


 少女は涙目になってその場に蹲る。しかし生はそれすらも関係ないと答えを急かす。


「で、お前誰だよ?」


「………空」


 僅かに声が聞こえた。

「あ?」


 生は聞き返すように声を発すると少女は勢いよく振り返る。


春野はるのそら。………これでいいですか?」


 少女、空は不満そうな雰囲気、というか明らかに不満げな様子で答える。


「………で、なんでここにいんだよ?」


「まだあるんですか?」


 空は半ば諦め気味にため息を吐く。

 確かに客観的に見れば、生は理不尽を押し通しているように見える。相手が問いかける前に。自分の言いたいことを言って自分勝手に、あくまで自分本意に行動している。はた迷惑な話ではある。

 空は諦めて呟く。


「………探してるんです」


「何を?」


「多分、人を」


「あ?多分って何だよ?」


「よく分かりません。誰かを探してるのは確かなんですけど」


「………そうかよ」


 生は何か納得したようで頭をかく。

 これ以上問いつめてもまともな答えが聞けそうになかった。酷く不安定で曖昧なものしか持っていない空に自分自身が納得できる回答が出来ないことに感づいた生は目の前の少女から興味を失った。

 僅かに彼女にもっていたはずの興味が消えてしまい、生は踵を返して元の場所に戻ろうとする。

 すると生の腕は後ろへと引っ張られた。


「………んだよ?」


 生は腕を掴んだ相手、空を威圧する。が、空は平然とした表情で、いや、それよりも何かに違和感を感じているようで威圧をされていることに気がついていない。


「いえ………あれ?」


 空はその違和感の正体が分からず、その場で動かなくなる。

 動いた理由もいまいち分からない、そんな様子だ。何かに突き動かされるようにして動いたのに本人には分からない。本能的なものが働いたのだ。


「………ち」


 生は舌打ちして強引に腕を離させる。

 空は腕を離させられても反応が薄く、自分の手を見て不思議そうな表情を浮かべていた。


「………」


 生はその様子に、いつもは気にしないはずのことに一瞬気を寄せられた。だが、それも一瞬。

 そんな気はすぐに消え失せて生は先ほど同様に元いた場所に戻ろうとする。


「………あっ、待って!」


 すると今度は腕ではなく、声によって引き留められる。


「………………んだよ?」


 先ほどよりもさらに不機嫌な様子を露にして生は空の方を向く。

 空はそんな生の様子を意に介すことなく言った。


「名前」



「あ?」


「だから名前。まだ聞いてないよ」


 空はにこりと笑顔を浮かべる。


「私だけ名前言うのはおかしいでしょ?」


「知らねえよ」


 生は面倒になって空のことを無視しようとするが、生の前方、店に出入りする場所を空に回り込まれてしまった。


「だから名前。教えてよ」


「あんでお前みたいなのに言わなきゃなんねえんだよ」


「何度でも言うけど、私だけ言うのは変だよね?だから教えて?」


「………」


 空は一歩も引くことなく、それどころか生に張り合って自分の意見を押し通そうとし始めた。

 正直なところ、力押しでなら生に分があるのは目に見えていたが、さすがに女の子相手に力づくで退かそうとは思わなかったのか、生はその場に立ち止まった。


「退け」


「名前を教えてください。そうすれば退きます」


「………」


「………」


 二人の間に沈黙が流れる。

 生はすぐに痺れを切らして苛立ちを隠せない声色で言う。


「東乃生」


「東乃さんですね。覚えました!」


 空は生の名前を聞くと生の前から退く。

 その表情は笑みとは言わないが、満足しているようだった。

 生はそんな空のことを冷ややか目で見つめ、すぐに視線を反らしてその場を離れる。

 空の近くを離れて空の方を振り返ると、静かに佇む空の姿が見えた。


「………ち」


 生は舌打ちしてその空の姿がさも気に食わないとでも言うような様子だった。


「おい」


 しかし、生はそれでも空に置き土産を残すことにした。


「はい?」


 空は不思議そうな表情を浮かべて生の方を向く。

 本当なら、生は置き土産を残すことはしない。してはいけない。


「駅前」


「駅前?」


 生は言葉を短くして最小限の情報だけを伝えると聞き返されてしまった。


「………そこにいるはずだ」


「えっ?誰が―――」


「じゃあな」


 生は仕方なく情報を付け加えて空が何か言うより先にその場から逃げて自分の家に帰った。


「………答えてくれたっていいじゃないですか」


 残された空は項垂れて生に言われた通り、駅前へと向かっていった。

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