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ハルノソラ  作者: 弓原優歌
春を告げる者
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第三話『不良少女と小さな後輩』

 バイト先の喫茶店を後にした生は迷うことなく、旧市街の方へと向かっていく。

 旧市街には今現在使われている建物はない。あるのはすでに使われなくなったマンションや一軒家の数々、浮浪者のたまり場と化した公園、そして未だに取り壊しが行われない真新しさの残る旧駅だ。

 これらは全て新しい駅が出来るまでは使われていた紛れもない若戸市の中心部だ。しかし今となってはもう廃墟以外の何物でもない。

 それもあの日に起こった出来事のせいで何もかもがなくなってしまった。

 生は旧市街を進んでいくと道の端の方に浮浪者らしき人たちが何人も寝転がっている。前はこの浮浪者たちも仕事をして人並みに幸せな生活を送っていたはずなのだが、今ではもう人として認識すらされていない。

 ここには誰も近づいてはいけないことになっている。とはいえ、こんな場所に好き好んで入ろうとする人はそうそういないが。


「———ちゃん!」


 しかし今日に限って珍しく誰か来ているらしい。

 この辺にいる浮浪者なら叫び声を出すような気力も残っていない。ただ日々を惰性で生きているだけだから余計なことをしようとは思わないのだ。

 生はその声がした方へ近づいていくとその声の主が誰だか徐々に分かってきた。


「やっぱり帰ろうよ、若葉ちゃん!」


「何言ってんだよ。萌黄が来たいって言ったんじゃねえか」


 生は曲がり角に出ると道の先に二人の少女がいるのを見つけた。服装から二人とも生と同じ学園生であることがわかる。この時間から外にいるのだからおそらく三年生で間違いないだろう。

 片方は髪の毛を金色に染め上げてスカート丈もかなり短い。遠目ではよくわからないが、いかにも校則を破っているような制服姿であるのは何となく察せた。

 もう片方の方は小柄で小動物のような印象を受ける大人しそうな少女だ。金髪の少女を止めようと腕を引っ張っているらしいが、体格的に敵うはずもなく、ずるずると引き摺られている。

 端から見れば、か弱い少女を無理矢理旧市街まで連れてきた不良の図に見えなくもない。

 わざわざ面倒事になりそうなものに首を突っ込む気がない生は踵を返して元来た道へと戻っていく。


「大体………あっ!」


 生が丁度二人からは見えなくなる位置に来る寸前で金髪の少女が声を上げた。それにつられるかのように小柄な少女は金髪の少女が向いている方向を向く。

 生は特に気にした様子もなくさっさと歩いていってしまったせいで小柄な少女にはその姿を見られなかったが、金髪の少女には見られていた。


「おい、待てよ!」


 生はその言葉が自分に投げ掛けられたものだと分かっていたが、無視した。

 この寒い中で変なやつに絡まれるのは面倒だった。


「聞こえてんだろ、東乃!」


 その声が聞こえたと同時に生の肩が掴まれる。そして半ば強引に振り返らせられるとそこには前の金髪の少女、上地うえち若葉わかばが白い息を吐きながら立っている。


「………んだよ」


 生は心底不機嫌そうに若葉のことを睨み付けると若葉は逆に笑顔になって嬉しそうな表情を浮かべた。


「ちょっと待てって、あたしらダチだろ」


「お前みたいな不良は知り合いに居ねえ。じゃあな」


 生が若葉のことを振りきろうとすると今度は先に回り込まれる。


「そうつれないこと言うなって。ちょっとだけ待ってくれれば、すぐ済むから、なっ?」


 若葉で右目をウインクして生のことを押さえる。

 そして然程時間を置かずに若葉の来た方向から先程の小柄な少女、たちばな萌黄もえぎがやってきた。

 そんなに距離はないはずだが、やけに息を切らせているようだった。


「ご、ごめんなさっ、い。わざ、わざ、待たせてしまって」


 萌黄は呼吸を整えながら生に謝ろうとする。


「で、何の用だよ?」


 生は萌黄の謝罪を無視して話を進める。


「あたしは別に………ちょっ、帰ろうとすんなよ」


 生は若葉の言葉を聞いた瞬間、踵を返してさっさと立ち去ろうとする。

 若葉はすぐに生の腕を掴んで引き留めようとして生に睨まれる。


「用もないのに呼び止めんな」


「あたしはなくても萌黄はあるんだよ」


「知らん。誰だよ」


 生はさも知らないとでも言うような表情を作った。

 生の友人、というか知り合いはかなり少ない。加えてその中でも名前を覚えているのはもっと少ない。大体は印象で覚えているため、呼び方も必然的におかしなものになってくる。例えば、現風紀委員の水沢飛鳥は冬華が風紀委員だったことから二代目と呼ばれている。


「嘘つくなよ。あたしが東乃と会ってるときなんて萌黄と一緒の方が多いだろ」


「そうか?」


 生は自分の記憶を遡ってみても若葉の近くに誰か居たような記憶はない。

 それもそのはず。生にとって覚えるのに値するのは自分に深く関わっている相手に限り、そうでない場合は名前は愚か顔すら覚えていない。

 故に生が萌黄という人物を知っている訳がないのだ。


「で、なんだよ?」


 生はぶっきらぼうに言ったが、萌黄にはそれがとても不機嫌で威圧しているかのように見え、体を強張らせた。

 とはいえ、実際不機嫌なのは事実だ。

 寒空の下で早く家に帰りたいにも関わらず、誰とも知らない相手のために足止めを食らっているの。それだけで生が気分を害するのには十分だった。


「あ、………あ、の………。東乃、さん」


「あ?」


 萌黄は辿々しく言葉を発したせいで思わず苛立ちを隠せなくなった生は無意識に萌黄を睨みつけてしまった。


「ひぅ、………せ、先日は、助けてくれて、ありがとうございました!」


 生が睨みつけたせいで萌黄は萎縮してしまい、全部言い切るとどこかへ走っていってしまった。

 生は数秒固まった後に若葉に動くように促す。


「………おい、追わなくていいのか」


「そういうのはあたしの仕事じゃないと思うんだけど」


 若葉は生のことをあまり期待せずに見る。


「知らん。用はないんだろ」


 若葉の予想通り、生は自分の関することではないとばかりに元歩いていた方向へと向かっていく。

 結局、生にとっては何がしたかったのかも分からず、一人で言うだけ言ってこちらに何か言わせる訳でもなく、時間を無駄にしただけに終わった。


「あたしはね。あったのは萌黄だし。………って、聞いてないし」


 若葉は生が離れていたことに気がつかなかった。

 生は雪の降るこの寒い中を一人、音もなく去っていった。

 そんな生の姿を見て若葉は消えそうなくらい小さな声で呟いた。


「………あんなんの何がいいんだか」


 それは酷く歪んだ感情の発露だった。

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