第一話『寒き冬の日』
寒い冬。
空は曇り空で雪が降っている。
豪雪というほどではなく、地面に数センチ積もる程度だ。
「寒い………」
寒空の下で東乃生は心底不機嫌そうに雪道を歩いていく。
時刻は十一時を過ぎており、学園にはすでに遅刻なのだがそれでも学園に向かっていた。
十一時を過ぎた道路には雪のせいで車は通っておらず、そもそも昼前なので人通りは少なく、今も視界には人がいない。
そう時間もかからない内に生の通う学園が見えてくる。
生は躊躇いもなく学園の門をくぐり、階段を上り、自分のクラスがある四階まで重い足取りで進んでいく。今はちょうど授業の合間の休み時間のせいか、二階三階と廊下は少し騒がしかった。
しかし四階に上がればそのざわめきも少しはましになる。
学園の四階は主に三年生が使っているのだが、この時期の教室はすでに自由登校になっているので人はほとんどいない。自宅学習あるいは塾や予備校に行っている方が効率的という人もいるので教室に来ているのは受験をしない人や推薦で決まっている人だけだ。
生はそんなものは関係ないので学園に通常通りに登校だ。
生が教室に入ると中にいた生徒の視線が一気に生に集まる。
生はそれを無視して自分の席に向かうと小声で話す声が耳に入った。
『おい、東乃だぞ。あいつなんでまだ来てんだよ』
『受験はしないからだろ?』
『いや、あの東乃だぞ。それなら学園に来るわけないだろ』
『それもそうだな』
『どうせ暇潰しだろ。誰かシメに来てんだよ』
『おいっ、止めとけって。そんなこと言ってると俺らがやられちまうだろ』
顔を寄せあって生に聞こえるか聞こえないかの声量で生のことを恐ろしいものでも見るような目で見ている。
「………ち」
生は舌打ちしてヒソヒソと話していた生徒たちを睨み付ける。
「ひっ………」
一瞬悲鳴のようなものを上げるとすぐに前を向いてビクビクと震えながら生のことを警戒し始める。
生は世間で言うところの不良だ。
クラスメイトは勿論のこと、学園中で知られているよく問題を起こす生徒だと言われている。
実際、一年前は暴力沙汰でよく問題になっていたのだから強ち間違いではない。
生は不機嫌そうに自分の席に座ると教科書も出さずに机に肘をついて窓の方を向いた。
「………はあ」
外には雪が降っている。
十一月という早い時期にも関わらずこの街には雪が降っている。
街の住民はもう慣れたようだが、ここ最近で一気に冷え込むことが多くなってきた。
地球温暖化とか言っている割には生の住んでいる街は十一月でも雪が毎日のように降っている。白い雪がしんしんと静かに地面に降り積もっては解けるを繰り返して水溜まりのようなものを作っていく。さらにその上に雪が積もり、みぞれのようなものが出来上がっている。
人通りが少ないと雪はしっかりと真っ白で足跡のない綺麗な状態になるのだが、人通りがある程度あると変に固まって歩きにくい。
生はそのまま窓の外を眺めながら一日を過ごす。
学園に来ているのは何も勉強のためじゃない。
そもそも受験をしない生にとって勉強はやる意味がない。学園に入ったのも大学に行きたかったからでもない。
時間が経って他のクラスメイトが帰り始めたら自分も帰る。それが最近の生の日常だ。
しばらくボーッとしながら座っていると小声で誰かが話す声が聞こえた。
『そういえば知ってる?幽霊の話』
『何それ。オカルト的な?』
『そうそう。最近この辺で幽霊を出るんだって』
『あー、それ聞いたことあるかも。でも去年だったような………』
『そうなの?私は最近聞いたんだけど』
『まあでもこの街じゃ幽霊の話なんてものより旧市街のヤクザの話とかの方が現実的だし、あんまり噂にはならないでしょ』
『そりゃ、確かに幽霊なんて誰も信じないだろうけどさー』
おそらく女子の生徒が不満そうではあったが、その話はそこで終わった。
受験のストレスで変な話をしているくらいにしか聞いていた方は思わないだろう。実際、話していた側も何言ってるんだろと言いたげな様子だった。
この手の噂話というのはよくも悪くも広まりやすい。その上、変な脚色までされるため、真実なんて見た本人にしか分かり得ないことだ。
情報が都合の良い方へ進まないことなんてよくある。
ただ、幽霊という言葉には引っ掛かりを覚えた。
昔からこの街ではこの時期になると急にそんな噂話が増えるのだ。期間は大体十一月から年明けて二月上旬まで。その後はパタリと噂を聞かなくなる。
おかしな話だ。
それまでは街中で話題になっている話がある時期を境に忽然と掻き消える。まるで噂なんて元々なかったかのように。
「噂、ね………」
生は物憂げに呟く。
幽霊が出るという噂は果たして本当なのか。
見えざるもの、死者の霊魂、亡霊。何にせよ、関わるとろくなことがないのは確かだろう。
一番は極力接触しないようにすることだけだ。
生はだらだらと時間を浪費して昼休み頃。
生のポケットの中でスマホが振動したのが分かった。
しかし生はスマホを取ることもない。
誰からかは分かる。用件も大体分かる。
面倒事の予感だ。
生はスマホの振動を無視して席を立ち上がると近くの席にいた男子に近づく。
「おい」
「ひぃっ、ごめんなさいっ!」
「あぁ?」
男子生徒は生に声をかけられるなり即座に謝った。
身体をガクガクと震えさせながら頭を下げて謝っている。
「いや、頼み事をしようと思っただけなんだが、何か俺に謝るようなことでもあんのか?」
男子生徒は勢いよく首を横に振って否定する。
「そうか。それなら二代目が来たら俺は来てないって言っておいてくれ」
「え………」
それだけ言うと生は荷物を持って教室を出ていく。
男子生徒は呆然としていたが、我に帰るとすぐに言った。
「………二代目って誰?」
その声には誰も反応してくれなかった。