第十一話『すぐ近くの敵』
空の言うところの先輩という人物を目指して歩いている途中、ふと生は思い出して空に問う。
「なあ」
「はい?」
「なんでお前、俺を怖がらないんだ?」
当然の疑問だった。
はっきり言って見た目も、目付きや表情、生から溢れる雰囲気は紛れもなく、不良のものだ。
心理上、まず近寄りたくないと思うのが性である。少なくとも進んで近寄っていくのは余程のアホ、狂人くらいのものだろう。
「………どういうことですか?」
空は質問の意味が分からないとでも言うような表情を浮かべた。
しかしながら空は生の噂を知っているはずだ。いや知らないはずがない。
短時間とはいえ、生と一緒にいるところを学園生からは見られているだろう。
それならばお節介な生徒が一人や二人いてもおかしくはない。
生の噂をあることないこと言って危険だと教えられているだろう。むしろいなかったら、それはそれでどれだけ生が恐れられているという話だ。
「どうせ俺がいなくなってから聞いたんだろ」
「………聞きましたよ」
案の定である。
空は少しだけ悩んだのちに首肯した。
「暴力団を壊滅させたとか、女の子を号泣させたとか、駅前ですれ違う人、一人一人にガン飛ばしてたとか。………本当にやったんですか?」
「大体当ってる」
生には心当たりがあった。時期的には冬華が風紀委員として現役だった頃の話だ。
暴力団(悪ぶってる中学生集団)は二度と悪事に手を染めないように心の根っこから叩き潰したし、いなくなった飼い猫を見つけたら飼い主の女の子に号泣されたし、駅近くで学園に忍び込んだ窃盗犯を張っていたのは事実だ。
それが変な風に曲解されたり、誇張されたことで若干事実と違うように伝わっているのは仕方のないことだろう。
噂なんて正しく伝わることはまずないのだから。
「聞いたんなら分かってんだろ。俺に近寄らない方がいいって」
東乃生は危険人物だ。関わるとろくなことにならない。
それは空もわかっているはずだ。分かっていないはずがない。
何故なら空がそういう存在であるから。東乃生に対して良い感情を抱けないようになっているから。最低でも東乃生に対して警戒をするように設定されているから。
生には他人が自分のことをどう思っているかなどどうでもいい。些末事である。
しかし、空に関しては別の話だ。
生にとって空は最大限警戒すべき相手だ。その辺にいる有象無象とは違う。
有象無象が近寄ってきても別に変には思わない。珍しくはあるがないこともない。
「大体普通他に言うだろ」
「いやだからここに来たばかりだから知り合いはいないんですよ?」
「先輩とやらはこの辺の奴なんだろ?旧市街に入っていくくらいなんだから」
旧市街なんて若戸市に住んでいる人だって寄り付かない場所だ。別の場所から来た人なんてここには寄ってこない。
おそらく仕方なく旧市街に用があって来ているのだろう。でなきゃ、こんな薄気味悪い場所に来ることはあり得ない。
「………あの人、街の方は興味ないみたいで、変な場所に興味持つんですよ」
空は視線を反らした。
おそらく空自身は先輩についてよく分かっていないのだろう。
だが、生はその言葉で先輩というのが誰だかは分かった。
ただし、その誰かに会うのは多分無理だということを思い出した。正確には生やこの街の人が会うことは出来ない。
空の言う先輩は本来なら存在してはいないため、特定の相手にしか見えない。
それ故に生が手を貸すのはほぼ無意味なのだが、場所くらいなら実際は分かっている。
「最初に会ったときも周囲の精霊を集めてきて攻撃しようとしてきましたし………」
「………お前みたいな奴が出てきたらそりゃ攻撃するだろ」
「むっ、失礼ですね」
「事実だろ」
空は口を尖らせて抗議したが、生は冷めた視線で空を見る。
生がすでに知り得ている情報を元に皮肉ってみたが、今の空にはただの悪口にしか聞こえていない。
「………お前、変な奴だよ」
「そんなことないと思いますけど?」
「………俺の周りには変わった奴しかいないんだよ」
そう言って思い返してみる。
無感情な浪人生、友人を演じる不良、感性が壊れた後輩、正義漢、苦労人の風紀委員、変態霊媒師、幽霊が見える友人、死んだはずの家族。
どいつもこいつも変わった奴ばかりだ。
「変人に好かれる才能ってそっちの方が変じゃないですか!」
「好かれてない」
付きまとわれているだけだと言わんばかりに冷たい口調で言う。
実際、生は一人でいる方が都合がいいのだ。
「いえいえ、どっちにしたって周りにいる時点で変ですって!」
「………お前、うるさいな」
「東乃さんがそうさせてるんですー!」
「………ち」
「あっ、舌打ちしましたね!しましたよね!」
生は面倒になって舌打ちするとそれを耳聡く聞いた空が騒ぎ始める。
しかしすでに面倒になっている生はそれすら無視して旧市街を進む。
「………はあ」
「ため息なんて付かないでくださいよ」
空は生がため息を付いたのを見て文句を言うが、生の耳には届いていない。
面倒になって思考を停止、ボーッとしながらさ迷うことに切り替えたからだ。
しばらくして歩いていると空は独り言を呟き始めた。
「それにしても旧市街?って変なところですよね。意味もなく残されてるなんておかしくありません?」
旧市街が残されているのは壊せないからだ。
空はその詳しい理由については知らないのだろう。知っていたら残っているのが変なんて言えない。
ただし、街にいる大半の人は理由を知らない。
何故なら街が残されているのは霊媒師、即ち霊が関係しているからだ。
普通の人じゃ手を出せないから放置されている。
それならば霊媒師に頼めば良いという話なのだが、問題はその霊媒師がこの街には残っていないことだ。おそらく数人、片手で数えられるほどならいるだろうが、彼らが霊媒師としての力を使うことはもうない。
すでにこの街は霊媒師からは見放されているのだ。
だから放置するしかない。
元々霊媒師との関わりがあった市長はどうしようもないことを知っていたから立ち入り禁止、手出し無用としたのだ。
人には言えない理由なら沢山残っている。
「それにここって立ち入り禁止なんですよね。なのになんで私たちは入れるんですか?入っちゃ駄目なら看板か何かで示しますよね?」
空は法律的な意味合いで言っているのだろうが、超常現象に法律もなにもない。
入ってしまったら自己責任、それがルールだ。
現に旧市街には浮浪者が屯している。彼らだって自己責任でここに来ていたのだ。
それに表向きには旧市街に立ち入り禁止と定めた理由は建物の経年劣化が激しく重機を持ち込むには不適当、事故の危険性が高いという理由で放置されている。
実際、旧市街はまともな手入れがされておらず、いつ崩れてもおかしくないような建物はいくつかある。
そのせいで被害に遭いたくない人は例え仕事で近場を通ることになろうとの遠回りをすることがあるくらいだ。
それだけ旧市街は嫌厭されている。
「浮浪者?みたいな人たちもいるみたいですし、霊に襲われるとか先輩もいってましたし」
実は、空は先輩の言っていることをあまり信用してはいなかった。旧市街に行けば霊に襲われるとか言われているが、今のところ教われてはいないし、それ以前に現実的な話をすれば霊がいるとか信じるのも馬鹿馬鹿しい。
空は自分のことを別に中二病的思考の持ち主だとも怪しい薬をきめて言語障害を起こしているヤバイやつではないと信じている。極めて普通の女の子だと思っている。
「それなのに東乃さんも先輩も躊躇いなく入っていくし………」
「………おい」
空は独り言を呟いて、目の前にいる人物が信じられなくなった瞬間に生に声をかけられた。
「………はい?」
思わず気の抜けた声で応答してしまった。
生はどこか別の場所に意識が行っていた空のことは無視してとある方角に指を向けた。
「あれだろ」
空は生の指差した方を向くと自分の視力でギリギリ見えるくらいの距離に先輩のような人影が見えた。
「あっ!」
「それじゃあな」
生は空の反応を見て目的の先輩を見つけられたことを確信する。
そしてすぐにその場を離れる。
「ありがとうございました、東乃さん」
後ろで空がお礼をしていたが、生は特に振り返ることはなかった。
次の投稿は四月十四日です。