第十話『霊たち』
若葉と別れた後はすぐに旧駅の方へ向かった。
今日はすでに二人と遭遇して、時間に換算すれば大した時間ではないはずだが、もう誰とも会いたくなかった。
しかしこういう時ほど思い通りにいかないものである。
「あれ、東乃さん?」
「………ち」
生は思わず舌打ちしたが、その理由は目の前にいるのが学園で別れたばかりの空だったからだ。
「………なんでまたここにいる?」
生が空を避けているのは無意識のうちに相性が合わないことを認識しているからだ。
片や面倒臭がりで無気力な不良少年、片や元気溢れる行動力に満ちた少女だ。はっきり言って相性が良いわけがない。
「人探しですっ!」
「………ち」
生は露骨に不快感を示した。
わざわざ昨日の助言も言ったというのにそれだけでは足りず、まだ探しているらしい。
「いやー、あの人ってすぐどこかに行ってしまうんですよ」
どうやら学園を出て合流したみたいだが、置いていかれたらしい。置いていかれても当然だと生は思ったが、そんなどうでも良いことは言わない。
「………聞いてねえ」
「ここに入っていくのは見ていたんですけど、どこに行ったか分かりませんか?」
ここ、というのは旧市街の子とだろう。
現在の若戸市と旧市街には明確な分け目がある。その分け目はカラーコーンみたいなものが置いてある訳ではなく、ビルとビルの間だ。
その間の手前側は若戸市、向こう側が旧市街だ。
手前のビルは手入れ、つまり清掃がされているため壁外もそれなりに生活感が見られるが、向こう側は一切手入れがされていないため、生活感が一切見られず、苔むしている。
今、生たちがいるのはその境目だ。
その向こう側から来ているのなら未だしも手前側から来ているのに空の知り合いを知るはずがない。
第一、旧市街と言えど、その広さは狭くはない。場所を特定することは難しいだろう。
「知らねえよ」
「ですよねー。まあ期待はしてませんでしたけど」
「じゃあ聞くな」
生は不愉快そうにそう告げるとその境界線を越えて旧市街に入っていく。
するとそのすぐ後ろを空が歩いてくる。
「………」
「………」
しばらくして後ろからついてくる空が鬱陶しくなり、生は振り替える。
「………ついてくんな」
生は空を威圧する。
正直なところ、生にとっては少なくとも空に良い感情は持っていない。それを言ってしまえば、今まで会ってきた人の中で良い感情を抱いた人というのは片手で数えられるほどしかいないが、それとはまた違うベクトルで悪感情抱いていた。
生理的嫌悪感とでも言うのだろうか。とにかく空と一緒にいることが生の中では苦痛になっていた。
だから例え会話をしなくとも空といることだけは身体がむずむずして拒絶反応を覚えていたのだ。
「嫌です!」
しかし空は言うことを聞かない。
「ならその探し人とやらは俺が探してやるからお前はここから離れろ」
探し人というのが誰だか知らなくてもこの旧市街で普段見ない人を探せばいい。この旧市街で不規則に動く人物がここに来た空の探し人であるのは普段から旧市街に来ている生には分かっていた。
もっと言えば、生は空と別れてからそこまで時間が経過していないのでおそらく連絡を取り合う時間はあまりなかったはずだ。そこから一度合流して置いていかれたというのであれば、なおさら時間はない。
おそらく空と同じ学園の制服を着ているはずだ。
「それも嫌です!」
しかしそれも空は拒否した。
「………じゃあなんだったら良いんだよ?」
「私もついていきます」
「………俺は探さねえし、ついてくるなと言っているんだが?」
生の主張は一貫して同じだ。
今は空とは関わり合いたくない。
ただそれだけなのだ。
それにここは一般人が想像しているよりも遥かに危ない場所だ。特に春野空にとっては。
「第一、ここはお前には危険だ。女が一人で来るような場所じゃ―――」
「幽霊に取り憑かれる、ですか?」
「………あ?」
生は空の口から出た言葉に耳を疑った。
「お前、今なんて………?」
「幽霊に取り憑かれる、です。私、知ってますよ」
「なんで、なんでそれを………」
生は明らかに動揺していた。
それは、幽霊のことは本来空が知らない情報だ。空が知っているはずのない情報をすでに知っていることが生にとっては驚愕だった。
同時に警戒もした。
これは今までにはない傾向だ。
生の知らないところで何か別の出来事が起こっている。それは警戒をするには十分なことだ。
生は一旦、思考を切り替えて動揺から自身を正常に保つ。
「なんでそれを知っている?」
「教えて貰いました。私の先輩に」
「先輩………?」
生はその言葉に違和感を覚えた。
空に先輩はいない。生はその事実を知っているからだ。
転校してきたからこの街にはいないはず、ということではない。そもそも空には先輩に成りうる存在、いや先にも後にも春野空に関係する人物は生の中で把握しきっている。それ以上に増えることも減ることも絶対にあり得ない。
だからこそ先輩という言葉はおかしい。
しかし、生にはそれが誰なのかは検討が付いた。
「先輩はとても強力な霊を扱えるらしいのでこの旧市街に幽霊がいることも知っていたらしいんです」
霊を扱える存在。霊媒師だ。
この世界には幽霊というものが存在する。正確にはいくつかの分岐や別名があったりするのだが、一括りにして旧市街にいるものを亡霊とする。
その亡霊は旧市街に多く存在し、この冬によく現れる。毎年毎年同じ時期に決まったタイミングで現れるので、若戸市にはそういった噂が冬の間は絶えない。
学園で聞いたのもそれだ。
冬になったから幽霊が現れた。それを霊感が強い人が目撃した。それだけのことだ。
そしてこの街には昔から精霊を扱う霊媒師の一族が住んでいた。
生はその血族だ。
だから霊のことも知っているし、霊の扱いにも多少は心得がある。とはいえ、霊媒師の一族はすでに廃業、霊媒の仕事は一切していない。
若戸市の旧市街が危険だという情報は亡霊関係の話が関係してくる。
しかし、それはもう極一部しか知らない情報だ。
それこそ数人、十人はいないだろう。
それを知っているとすれば必然的に誰なのかはかなり絞られる。
「私も少しだけなら幽霊相手になんとか出来ますから大丈夫です」
そう言って空は力瘤を作って出来なかった。
生はそこで空のことを無視してもよかったが、話を聞いているうちに放置は出来なくなった。
「………そうかよ」
生は興味なさ気に振る舞って踵を返し、歩いていくと空はその後をついてきた。
これで空を放置しておくことは出来なくなった。
今までなら面倒になって放置しただろうが、今回は別だ。
何よりも聞き捨てならない情報があった。
「………ち」
生はそれを思い出して不機嫌になった。
何故なら、精霊であるの春野空がすでに東乃生を浄化する手段を覚え始めていたから。
次回は4月7日、一週間後の予定です。