一つ屋根の下
前回のあらすじ
さらば、雀庵、こんにちは神社
雀庵を出て、神社に住むことになり、今日がその一日目。
これからは練習量を増やして早く涼達に追いつかないと。
神社に着いた僕は荷物を部屋に運び、少し早めのお昼ご飯を稲美さんと食べた。
「でも、本当に大丈夫なんですか?急に住み込んじゃっても。」
「そこそこ広いですし、私一人の手には余りますから。それに…」
「それに?」
「いえ、なんでも…」
「?」
お昼の後は練習の続きだ。
最近では狐火の数も増やせて、三つから四つほどは操れるようになった。
しかし、火の玉三つ四つ使える程度と考えるとまだまだだ。
側ではルナもちょこちょこ練習に参加し、狐火を操っているが、その数は七つと僕より多い。
さすが玉さんの生まれ変わり兼娘。
素質が違うのだろう。
僕も負けてられない。
ふと気づいたが、稲美さんの様子がいつもと違う。
「あの、稲美さん、大丈夫ですか?」
「へ?あ…すいません、ぼーっとしてしまって…」
「少し休みましょう。ルナ、おいで。」
僕は台所から急須と湯飲みをとり、お茶を入れる。
「どうぞ。」
「ありがとうございます…」
きっとずっと一人で住んでいたからそのギャップで思うところがあるんだと思う。
心ここに在らずといった感じだ。
「ところで、僕たちが来る前はどうやって食べ物とか調達してたんです?」
「あぁ…知り合いに頼んで持ってきてもらってたの。昔からの付き合いでね。あなたも知っているはずよ?」
「え!?えっと…どなたですか?」
「呉服屋の織よ。ふふ、驚いたからしら?」
「織さんがですか…」
この時、つまりは織さんも稲美さんと歳が近い。
じゃあ二人はいくつなんだろうと、考えていたのは内緒だ。
「そういえば、あなたは服ってどれくらいあるの?そんなに種類持ってないんじゃない?寝巻きとか、大丈夫?」
「あー、そういえば普段は雀庵の浴衣着てたんだった。どうしよう。」
「今日のところは私のものを使っておいて。明日にでも買いに行ってらっしゃい。」
「はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、再開しましょうか。」
「はい!」
それからは夕方まで練習にふけった。
湊人も力の方に探りを入れてるらしく、新しい弓ができるまで森で練習するそうだ。
明日は服を買いに行くついでに湊人の方にも顔を出そう。
夕ご飯の前に、風呂に入る。
温度は妖術で自動調整がなされており、すごく気持ちいい。
湯船に浸かりながら、ふと気づいた。
今僕は一つ屋根の下に女性と一緒にいる。
前までは異性に対しあまり興味というか、深く考えたことがなかった。
だが、最近街でカップルを見て自分の過去を思い返すと、恥ずかしくなって雀庵の布団でジタバタした。
ちなみにこれは湊人も知らない。
そして現世で告白してくれた人達に少し申し訳ない気持ちが出てきたが、今思い返せばとんでもない状況だった。
(あの頃は純粋無垢だったなぁ。)
風呂から上がり、浴衣を着ようとして気づいた。
お尻の少し上の部分に穴が空いている。
上の部分だけ縫い付けられた布で蓋が出来るようになっている。
しかし、考えればわかることだ。
稲美さんのあの尻尾は服の上から生えてるわけではないのだ。
その上普段稲美さんの着ているものを着ると考えると頰が赤くなるのがわかった。
頭を振ってあまり考えないようにする。
その後、稲美さんがお風呂に入っている間、ルナと戯れる。
神社から眺める街は綺麗だ。
現代の都市とはまた違った灯の加減があり、写真を撮りたくなるような景色だ。
そうこうしているうちに稲美さんがお風呂から上がり、夕ご飯を食べる。
一言で言うと、今の稲美さんは別人だ。
寝巻きを着ているため、普段より薄着なうえ、少し湿った髪がすごい魅惑的だ。
稲美さんもどこか落ち着かない様子だ。
今の状況を湊人に見られたら大爆笑するに違いない。
これからずっとこんな感じで過ごさないといけないのか…しっかりしないと…
夕ご飯を食べたあとは、することもなく、就寝するのだが、ここで大問題が発覚した。
布団が一つしかなかったのだ。
当たり前だ。
ここには長年稲美さんしか住んでいなかったのだ。
枕は二つあっても布団は一つなのだ。
その布団を前にし、稲美さんと二人して固まってしまった。
きっとこのことで落ち着かなかったのだろう。
「えっと…僕、居間で寝ますね。毛布、貰えます?」
「風邪ひいてしまいますよ。」
「で、でも…」
「私とはお嫌ですか?」
「そ、そういうわけじゃ…」
くっ、前の僕ならそんなに気にしなかったと思うが、今は違った。
男女の関係というものを意識してしまう。
しかし、どうにも出来ず、結局二人で布団に入ってしまった。
お互いに背を向けているけど、少し動けば体が触れる距離だ。
幸い尻尾のおかげで背中がつくことはないが、足があぶない。
そして寝れない。
緊張のあまり目が冴えている。
「寒くはないですか?」
「え?ええ、大丈夫ですよ。」
「嘘を言ってもバレますよ。」
実際寒い。距離を取ろうと布団から半分はみ出している。
すると稲美さんの尻尾が絡みついてきて、僕の体を包んだ。
ものすごくいい匂いと、柔らかな感触が僕を包み、これで眠れるかと思ったが、余計に緊張してしまう。
さらに稲美さんは尻尾で包んだ僕を引き寄せ、手を握った。
「い、稲美さん?」
「私、ずっと一人だったんです。」
「え?」
「彼女のために覚悟はしていました。彼女が私に対して申し訳ないと思っているのもわかっていました。織がよく来てくれて元気付けてくれていました。でも…一人とは…寂しいものです。」
その声はいつもの稲美さんのものではなかった。
人の温もりを求める声。
まるで捨てられた子猫のようなか細い声だった。
手を握る力が強くなり、だんだん距離が近づいていく。
「長い日々だった。毎日毎日、一人の朝、一人の神社、一人のご飯、一人の夜。」
遂に縮む距離がなくなり、稲美さんの手が僕の体にまわる。
「迷惑なのは承知しています。ただ、少しの間でいいので、こうさせて下さい…」
すぐ近くで喋っているのにその声はとても遠くに感じた。
ずっと誰かにこうしたかったのだろう。しかし、出来なかった。許されなかった。
神社を守るものとして、九尾の力を守るものとして。
僕は我慢できなくなり、稲美さんに向き直り、抱き返す。
稲美さんは驚いたようで、尻尾もビクついた。
辛いに決まっている。
家族、友、他人から隔絶されたこの場所で永い時を一人で過ごしていたのだから。
人は一人では生きてはいけない。
それは僕もよくわかっている。
今の僕があるのは湊人達のおかげだ。
彼らがいなければきっといじめなどに耐えられず自殺していたかもしれない。
その辛さが、苦しさがわかるから、僕は稲美さんを抱き返した。
そのうち、自然と、口が動いた。
「もう、我慢しなくていいんですよ。」
その言葉に稲美さんの腕がより一層強く僕を抱きしめる。
「もう、一人じゃないんですよ。」
すると稲美さんは僕の胸に顔を埋め、涙を流した。
今までの分が一気に込み上げてきたのだろう。
この時、僕は決めた。
僕は一生この人と一緒にいてあげようと。
今までの分を埋め合わせようと。
湊人達が僕にしてくれたように。
次回、階段登るのは一人ではない!