宿泊
前回のあらすじ
悪を持って悪を制した。
現在、目的の宿 子鹿亭 の前にいる。
子鹿亭
名前はなかなか可愛らしいじゃないか。
きっと中も清潔で評判も良いに違いない。
なにせポールさんのオススメだからね。期待してたよ。
でもね?その看板が凄いのよ。
サイズは宿の大きさもあってかそこそこでかい板が入り口の上にあるのよ。
日本にでかい動くカニを店頭に置いてる店あるよね?ああいう感じで置いてあるんだけどね?
その看板がやけに達筆なのよ。
まるで、有名な書道家に書かせたかのような感じで書いてあるのよ。
俺のイメージだとね、こう触れ合い動物園のような雰囲気だと思ってたんだよ。だって子鹿だし。
でも現実は文字の圧力が凄いの。まあ漢字じゃないからまだましだけど。
イメージは熊と対峙してる時くらい。挙句には看板の両サイドにどでかい鹿の角。
前の世界のサイズの3倍は間違いなくあるね。建物の幅をちょっと超えてるもん。
きっと子鹿亭の名前の由来は来た人を子鹿のような心情にさせることから来たに違いない。てかこのサイズの角持った鹿がこの世界にはいるのね。
まあ、むしろ人が経営破綻しない程度にくるような宿だろうし、目立ちたくない俺にとっては好都合かな。もし人が全然来なくても、ポールさんというバックドアがあるから安心なんだろう。
そんなことを考えながら俺は子鹿亭に入った。
「いらっしゃいませ。」
ロビーは食事するところも兼ねているのかテーブルと椅子がいくつか置かれている。その奥にカウンターがあり、ひとりの女性が立っている。
「1人、とりあえず、一週間程頼みたいんですけど、可能ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ではここに名前をお願いします。」
そう言われて、名簿のような紙に自分の名前を書く。この世界の文字なんて一度も書いたことはないが、ダメ神の保証のおかげでスラスラ書ける。
「イバラ リョウタロウ様ですね。あまり見ない名前ですが、どちらからお越しですか?」
「えっ?ああ、旅の者でかなり遠くの方から。この街も初めてで」
「そうですか…王都が初めてなのに、何故門から遠いうちに?」
「ポールさんという方に勧めてもらったので。」
「ああ!ポールおじさんの知り合いでしたか!それなら納得です。」
自分の身元の話から、うまくポールさんの話にすり替えられたことに心のなかでガッツポーズをしながらも、宿の説明を聞く。
まず、部屋は二階と三階にあって俺の部屋は二階の階段に近いとこ。部屋にはトイレとシャワーが付いていて全体の広さは学校の教室1つよりちょっと小さいくらい。今は俺ともう一人しか泊まってないらしい。鍵はなくさないのであれば持ち歩いてもいいらしい。失くすと、作る代金を払わなければならない。ま、当然だよね。
「では、お一人様一週間、食事付きで70シルバーですね。」
「はい。ちょうどね。あと、夕食は外で済ませるから今日はいい。」
どういうことだ!ポールさんから貰った上着より安いじゃないか!来て早々俺の金銭感覚が狂うとこだったぞ!
「わかりました。では、ごゆっくり。」
そう言って女性は俺に鍵を渡す。
俺は階段を登ってへやに入ると、ベッドに横になる。
「疲れた〜。」
たしかに初日から色んなことがあった。
ゴブリンと戦闘し、ポールさんに出会い、スリをして(盗品を持ち主に返したのだからスリと呼べるかはわからないけど。)、ようやく一息つける。
そんなことを思い出して、ふと自分のレベルを確認する。かなり格上のゴブリンを5匹仕留めたのだからおそらく上がっているはず。
イバラ リョウタロウ レベル8
鑑定スキルのレベル的に、名前とレベルしかわからないが、結構上がってるな、レベル。やはり自分より強い者を倒すともらえる経験値も上がるのだろうか。
戦闘の事を振り返っていてふと自分の服を見る。気をつけてはいたが、少し返り血がついている。これ洗濯して落ちるのか?そう考えながらポールさんから貰った服に着替えるついでにシャワーに入る。そしてそこで元の服を濡らして洗ってみる。
奴らの血は割と簡単に落ちた。正確にいえば、ボディーソープで落ちた。これは有難いがどうなんだろう。単に奴らの血が繊維と離れやすいのか、石鹸が強いのか、後者だとしたら、奴らは石鹸で倒せるんじゃね?もはやバイキ◯マンじゃん。まあいい。気にしたら負けだな。
シャワーから出て、ポールさんから貰った服に着替える。こっちの人の標準的な服装だが、値段の所為もあって普通より少し高級感がある。元の服を干して、ロープとフックを組み合わせておく、これはぶら下がるために使う。ラペリングとも言う。何故必要なのかというと、単純に俺はスパイ◯ーマンではないので垂直な壁に貼り付けないからだ。これがあるとないとじゃ行動範囲がかなり違うと思って貰っておいた。
俺はこれをアンカーと呼ぶことにした。正直これの正式名称分かんないし、仕方ないよね。
それをバッグにしまい、部屋を出て、夕食を食べに行く。
今日の夕飯はシチューのセットだ。生憎、米はないらしい。そりゃ日本じゃねえしな。味は普通に美味しい。向こうのファミレスのより美味しいと思う。食べ終わってから、部屋に戻る。外はそこそこ暗くなって来たが人々の声はまだ絶えない。俺はベッドで横になりながら考える。きっと向こうでは俺が死んだことで色々起きてるだろう。両親には悪いことしたかな。学校では、急なクラスメイトの死でみんな驚いただろう。
そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。
看板の角が精巧な作り物だと言うことをリョウタロウはまだ知らない。