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ヨアケマエ外伝・零号震電  作者: うにシルフ
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第六章 『試製震電』の基礎知識

ようやく岩和田少佐から解放された翔子は、じっくり観察しながら『震電』の事を2人の准尉にあれこれ尋ねる。

そしてようやく『震電』の事が分かってきた翔子は、『震電』のテストを開始すると決断し──


第六章 『試製震電』の基礎知識



 一方翔子達は踏み台やら懐中電灯やらを持ち出して『震電』をじっくり観察していた。

 さくらは翔子の側から離れず、2人の准尉は少し離れた所で急な質問等に備えている。その他に何人かの整備士達が何か(・・)に備えてスタンバっていた。その「何か」とは岩和田少佐が危惧しているような事ではない。むしろ反対の翔子がやりたがるであろう事の準備をして待機しているのだった。

 踏み台に乗り、懐中電灯で照らしながら、エンジン冷却用空気取り込み口の中をのぞき込む翔子。そこで感じた疑問を准尉達に尋ねた。

「ねえ、ちょっと。これでエンジンの冷却はホント大丈夫なの? 一応データは見たし、後ろに吸い出しファンが付いてるのは知ってるけど」

「はい、確かにシリンダの温度が高めというデータもありますが、それで異常爆発(デトネーション)を起こしたという報告は、今のところ出ていません。水メタノールも全開にしますから、気温自体が低くても空気が薄くて冷却に不利と言われる高々度でも問題はないというのが、現時点での航技研の考えです」

 と本庄准尉が資料に目をやりながら答えた。先程も一応説明したが、実物を見て思わず心配になったのだろうと思いながら。

「ならそれを信じるけど……後エンジンや過給器のオイル冷却の方は? この子オイルクーラがオフセットじゃないから、少し心配なのよね~」

「その辺も織り込み済みです。滑油温度が高めなのも共通認識で持っていますし。もし少佐のテストで問題ありとなったら、その対応策も既に検討されていますから、実戦機の段階になれば何の心配もなくなっていると思いますよ」

「だったら最初っからそうしてあればいいのに~」

 本庄准尉の説明に、不具合が分かっているなら早く手を打ってよと嘆く翔子。

『震電』初号機が完成したのが今年初めで、今はもう4月。少なくとも3ヶ月という時間が経過していた。

 その間に折角他のテストパイロット達が問題点をあぶり出してくれたというのに、何の改良も行ってない7号機を漫然と作って寄越すなんて、実家の橘戦闘機を基準に考えれば理解できない所業であった。

 そのやりきれない感情を頭を大きく左右に振って、体で示そうとする翔子。そこに西准尉が口を挟んだ。

「あっ、その事に関して補足情報があります。九州飛行機において初号機に滑油冷却器の位置を変更する改修を実施したところ、油温の低下を確認。11号機からは最初から新装備位置で作られ、既存機体の改修も行われるそうです。なお明日当基地へ来る予定の改修4号機は、既にその改修も済ませてあるみたいですね」

 その追加情報を西准尉は明るい笑顔で伝えてくれた。翔子の役に立てそうな事を言えたのが嬉しかったのだろうか、ちょっと誇らしげな笑顔だった。

 しかしありがたい情報ではあったものの、「そう言う事も早く言ってよ~」と翔子は嘆く。別に2人の不手際を責めている訳ではない。少ない情報であれこれ考えてしまった自分に恥ずかしくなり、それが照れ隠しで外に現れただけだ。まあそう言いながらも問題点が着々と解決されていると分かり、その辺に関しては安堵していた。

 そしてテストパイロットとしてやるべき事を見いだした翔子は、

「それじゃあ私が徹底的に暴れまくって、冷却関係の問題を洗いざらい確定させれば、この子はもっといい子になるのね」

 と言って軽く舌なめずりする。やる気が出てきた証拠だろう。がすぐにまた新たな疑問が湧いた。

「そう言えば振動問題は? この子エンジンとペラが離れてるから、延長軸で繋いでるでしょ。『雷電』みたいな振動問題は起きてないの?」

 翔子は過去に一度だけ乗った事のある『試製雷電』の事を思いだし尋ねた。

『雷電』は紡錘型の胴体に大直径の『火星』エンジンを積んだため、プロペラとエンジンの間に延長軸が必要となる機体だった。翔子が乗った時は整備や調整が上手くいっていたのか、やや振動があるなと感じたくらいだったのだが、機体によっては空中分解するのでは、と怖くなるくらい振動が大きかった機体もあったらしい。

 その事もあるのだろうが、海軍の「艦戦優先」というお達しにより、三菱での『雷電』開発は凍結。

 立川飛行機に基礎研究データを譲渡して、「3式局地戦闘機『雷電改』」と言う全く趣の異なる機体に仕上がり、43年に正式採用されて、「1式局地戦闘機『鍾馗』」を上回る機体としてラバウルなどの最前線基地で活躍していた。

 実は『雷電』は翔子が公式に飛行試験を行った初めての機体だったので、開発凍結を聞いた時は少し残念に思った程だったりする。

「本機の延長軸の方が『雷電』の物より長いですが、特に振動問題は発生しておりません。『雷電』の振動問題は主にプロペラの強度不足によるものでしたからね。開発凍結後も航技研で検証が行われ続けたのです。その結果原因が判明し、改修を施した機体ではひどい振動は起こらなかったようです。本機にはその経験が活かされていますから、問題となるような振動は起こりませんよ」

「それより少佐は知らなかったんですか? 「3式艦上戦闘機『烈風』」採用後に『雷電』の開発は再び始められたんですよ。三菱でも凍結後、細々ではあるものの研究が続けられてたみたいで、独自に我々と同じ解決法を見つけていたみたいですよ。それでまもなく新たな『雷電』として採用される見込みです。エンジンを更に強力な「ハ42『極星』」に換え、延長軸が必要ないくらい機首のナセルを短くして。印象はそのままに見た目や実用性、そして何より性能を大幅に向上させて、満を持しての投入です」

「ホントっ!?」

 本庄・西両准尉から語られた『雷電』の情報に、翔子の胸は躍っていた。

 今は『震電』に集中すべきなのだが、この瞬間は新たな『雷電』に思いを馳せてしまっている。そのせいか『震電』が少しだけヤキモチをやいているようにさくらには思えた。

 その『震電』の冷却用空気取り込み口を優しく撫でながら翔子は尋ねる。

「私もその内新しくなった『雷電』に乗れるかなぁ」

「まもなく乗れると思いますよ。今月頭から航技研でも審査が始まりましたから、早ければ今月末、まあ来月半ばまでには、成田の試験隊にも何機か回ってくるんじゃないですかねぇ。予定自体は聞いてませんが」

「やったぁ」

 西准尉の返答に翔子は喜びを露わにした。

 離着陸速度が速く、太い胴体のため地上での前方視界が悪いだけではなく、トルクも強い。そんな以前の『雷電』には翔子ですら手こずった思い出がある。だから新しい『雷電』こそしっかり乗りこなしてやりたいと心から思ったのだ。

 そのためには今から行う『震電』の試験を完璧にやり遂げないといけないとも思う。与えられた仕事を中途半端にしかできない者に、自分がやりたいと感じた仕事なんて任せてもらえない。

 翔子はそう信じているので自ら両の頬を張り、一時浮かれた気分を引き締め『震電』に集中し直したのだ。

「それよりこの長い脚、どうにかできないのかな。それだけでも離着陸時の困難さはある程度軽減すると思うのだけど」

 素人でも気付く、一番先に出てきそうな疑問が今になって翔子の口から出てきた。

 何を今更と考える事もできるが翔子の事だから、誰の目にも明らかなものは後回しにして、敢えて面倒くさい所から疑問点を挙げていったのだろう。周囲の者達はそのように理解し、その答えを用意した。

「それは…無理だと思います。だって先尾翼(エンテ式)の機体に推進式プロペラの組み合わせなんですよ、『試製震電』は。普通の、尾輪式の機体であれば自然とプロペラと地面の高さは稼げますし、主翼の迎え角も付きますからね。だけどこの機体では大直径プロペラに合わせた長さの主脚と、それより長めにした前脚がなければ、その姿勢を実現できないんですよ。実際初号機が初飛行の際、上げ角を取りすぎてプロペラを地面に引っかけて、修理と改修のためテストが一日先送りにされたんですから」

 西准尉に比べ少し堅いかなと思っていた本庄准尉の口調が、簡単すぎる疑問に少しくだけてきた感じがする。その極めて正論な意見にさくらも同調して援護する。

「そおだよぉ、翔子~。確かに長い脚は強度的に不利かも知れないけど、簡単に3点着陸の姿勢が取れるし、何より『雷電』よりかなり細いから前方視界の問題もないでしょ~。だったら高性能と引き換えの短所だと思えばギリギリ納得できる範囲じゃな~い?」

 これも正論だった。普通の人間ならこのあたりで素直に引き下がるのだが、何せ翔子である。2人の意見、いや自分への反論を受け、腕を組み目を閉じて、少し何か考えたかと思うと、その格好のまま更に持論を続けようとする。

「でもね…何とかできそうな気がするのよ。既存の機体のアイディアを流用するとか、思い切った発想の飛躍とかで……何か出てきそうなんだけど、喉の奥というか頭の奥底に引っかかって出てきてくれないんだけど~。まっ、乗ってみればそれが何か分かるかも。それよりこの子って、どうやって乗り込むの? ぱっと見、下手な2階に上がるより大変そうなんだけど」

 乗ってみたら分かるかも、と自己完結してからはぱっと明るい表情になった翔子が、またも今更な疑問を口にした。もしかしたらワザとやっている? と疑いたくなるくらいに。その不信感から一瞬早く抜け出した西准尉がその疑問に答える。

「『震電』はこんな格好してますからね。普通の機体みたいにステップ等だけで乗る事はできません。量産の暁には専用の梯子を作るみたいですが、それまでは脚立とかを利用して、何とか乗り込んでもらう事になってます」

「そう言えば先輩達も脚立使ってたっけ。それで先輩隊員の1人が降りる時に脚立がぐらついて落ちそうになって、殺す気かっ! って叫んでたっけな~」

 西准尉の言葉をさくらが裏打ちした。

「やっぱり危険なんじゃない。それじゃあやっぱダメだよぉ………──」

『震電』のコクピットを見ながら言った翔子のつぶやきは、側にいたさくらにも聞こえない程だった。更に続けようとした言葉は声として現れない程小さく、翔子と『震電』にしか分からなかった。

 翔子と『震電』の会話はしばらく続くような雰囲気を醸し出していた。が以外とあっさりそれは終わり、翔子は踏み台から飛び降りて、元気よく晴れやかに言った。

「よしっ、やっぱり乗って見なきゃ分からないや。飛ぶよ、『震電』! 本庄さんに西さん、もう飛ばしちゃっても大丈夫よね?」

 いきなりだったから少し慌てたが、本庄准尉は岩和田少佐の代わりに答える。部下として充分な役割を果たしたが、岩和田少佐の思惑通りだったかは分からない。

「えっ!? あっ、はい、大丈夫なはずです。ただ暖機の必要はあると思いますが」

「ありがとっ、それじゃあ後牽引車(トラクター)と31番滑走路の手配をお願い。ちょっと長めにジャンプ飛行してみたいから」

「31番全部ですかっ!」

 これには流石に本庄准尉も驚いて、大声で聞き返した。

 空軍成田基地の飛行場は大きく、そして複雑だ。5000mの甲滑走路2本に3000m乙滑走路が3本と、誰の目にも分かる主滑走路だけでも5本もある。この他に1000m級の補助滑走路が周辺に数本あるが、これらは緊急用の滑走路のため、ここでは敢えて語らない。

 これだけでも他の飛行場より面倒くさい事になっているのだが、先にも書いたように5000m級を3分割、3000m級を2分割して、複数の1500m級滑走路として運用している事が複雑さに拍車をかけている。

 確かに現状では5000mなんていう長大な滑走路なんて必要ないのだが、だからと言ってそれを分割して使うというのも乱暴な話だ。実際当初は空軍内でも反対の声が多く、今でも他基地から来たパイロットからは分かりにくいと不評である。

 そのため各滑走路に分かりやすい番号を付ける事になったのだ。これが単に通し番号なら分かりにくさはさほど変わらない。そこで甲滑走路に甲1・2号、乙滑走路には乙3・4・5号と言う呼び方に加え、主滑走路に11・21番、31・41・51番と言う飛び番号を付け、それぞれの副滑走路にはX2・X3・X4番と言う連番を付ける事で、どの主滑走路に属するかを分かるようにしたのだ。

 例を挙げれば甲1号滑走路は主滑走路が11番、副滑走路がそれぞれ12・13・14番滑走路となり、乙3号滑走路(甲1号と並列の滑走路)では主滑走路が31番、副滑走路が32・33番滑走路と呼ばれている。

 ちなみに補助滑走路は複合的になってないので、丙6号などとシンプルな呼称である。

 故に「31番滑走路の手配」と言えば、3000m級の乙3号滑走路を丸々全部使わせろと言う事なのだ。

 幸い今日は他の飛行隊の訓練が立て込んでおらず、甲1号と乙5号のみでも事足りたし、元々乙3号は『震電』試験用に優先使用権が与えられていた。それどころか乙3号は半ば試験飛行隊専用と考えられており、実戦配備でもなければ自由に使えたのだ。だから申請さえすれば比較的容易に確保できるのだけど……試験飛行隊では他の機体も何機種か審査しているので、そことの兼ね合いの方が面倒かと思われた。が実際申請してみると、いとも簡単にそれは通ってしまった。これにはいくつかの要因が考えられる。

 1つは『震電』が最優先審査対象であった事。1つはその担当主任が岩和田少佐であり、できるなら揉めたくなかったと言う事。1つは今からテストを行うのが翔子と言う事、である。

 司令本部に出向き、申請書を提出した時点ではまず通らない、通ったとしてもあれこれ難癖付けられるのではと心配していた本庄准尉だったが、それが意外と簡単に通ってしまい、しかも(公式ではないものの)その理由を聞くと、軽く胃と頭に痛みを覚えた。上司とテストパイロットの好感度で滑走路の独占使用許可が下りるなんて、航技研や彼女の常識の範囲内ではあり得ない事だったから。

 そんな本庄准尉の気苦労など知らず、翔子達は申請なんか簡単に通るものだと信じ切っていたので、飛行のための準備を滞りなく進めていた。

 翔子は飛行服に着替え、飛行前に済ませておく支度をいつも以上に完璧に済ませ、整備士達は機体の最終チェックに余念がない。その準備があらかた済むと、牽引車と従来の始動車、そして電源車の機能を併せ持つ『1式始動車』で格納庫から『震電』を引っ張り出し、燃料が充分ある事を確認してエンジンをかけた。

 三菱「ハ43『狼星』」エンジンは快調に動き出した。ベースとなる『金星』に似ているが、より力強い爆音を轟かせて。


次話へ続く──

前回書いたように長くなった章を分割した内の真ん中です。

内容は技術的な事メインで、ストーリーとしてはどんなもんだか分かりませんが、これでようやく次章で『震電』を飛ばせるめどが立ちました。

しかし翔子の事ですから、多分普通にはいかないでしょうけどね。


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