第三章 機体の名は
食事をしながらテスト機の情報を聞き出そうとする翔子。
性能に関しては口が堅かったさくらだが、以外とあっさり機体名を明かしてしまう。
その名は『試製震電』。
名前から局地戦闘機であると察し、その由来を聞いてますます興味を持つ翔子であった。
第三章 機体の名は
翔子が一息ついたのは、皿からナポリタンが2/3程消えた頃だった。
「そう言えば今度のテスト機ってどんな子なの?」
唐突な質問だったものだから、さくらはフォークを咥えたまま固まってしまった。
今さっきまでナポリタンに夢中だったのに急に仕事モード、と言うよりいつもの飛行機バカの顔に切り替わったので、その展開にちょっとついて行けなかったものだから。ちなみにさくらの皿からはまだ1/3しかナポリタンは減っていない。
何とか口の中のナポリタンを呑み込み、コップの水で流し込んで何とか落ち着きを取り戻したさくらは、親友の素朴でもっともな疑問に答える。
「どんなって…うーん、実際に見てもらうのが一番早いと思うんだけど」
迷ったあげくの一番穏当な答えだった。
さくらはその機体の事を知ってはいる。実物も見た。が自分ではまだ操縦はしていないのだ。それでも他の試験隊員と共にレクチャーを受け、機体の性能や癖なども聞いているので、一通りの説明はできる。それでも親友の質問に素直に応じなかったのは、決して意地悪したいとかいう悪意から来ているものではない。むしろ翔子の事を思えばこその判断とも言える。
飛行機に関しては翔子の方がよく分かっている。何の説明がなくても一見しただけで、その機体の事がある程度分かってしまうくらいに。だから自分なんかが下手な説明をするよりも、実物を見てもらった方が早いと考えたからだ。特にあの機体に関しては。
「それは分かるけどぉ」
翔子は少し頬を膨らませながら親友の言葉に軽い不満を示した。そして親友の真似をしてナポリタンをフォークに巻き付けようとして上手くいかず、ただ食べ物で遊んでいるだけに見えてしまうが。
それは翔子だって自分でも今までの経験上、他人の意見より自分の直感の方がアテになる事は分かっている。しかしそれでもさくらがその機体についてどう感じているか聞いてみたかった。こっちに来る前本堂司令から気になる事を聞いていたものだから。
「でもその子、離着陸に難アリなんでしょ? その辺の所をさくらが分かっている範囲で聞いておきたかったんだけど」
「ああ、その事」
さくらは翔子の言葉を聞いて、すぐに何の事かが分かり、中途半端に情報を聞かされていると感じた。それなら少しくらい補足情報がないと翔子でも混乱するかなと、自分の知っている事を伝えねばと思ったのだ。
「あの機体ね、実戦機では離着陸速度が200㎞/h以上になると言われているの。試験機の現時点でも離陸100ktちょっと、着陸110ktとなっているから、難アリと言えば難アリなのかな」
「なーんだ、その程度」
翔子は朝から心配していた事が(自分の中では)大した事ない事を知って、椅子に座りながら両手両足を投げ出し思い切り脱力していた。
「200㎞/hって言ったら初練(初等練習機)の最高速くらいじゃない。いや今なら初練だってもっと速いか。そんな速度一端の戦闘機乗りなら怖いなんて思わないよ。もちろん空の上ならだけどね。それに最近の局戦なら着速180㎞/hのものだって出てきてるのよ。それより少し速いだけなんだから、怖がる必要なんて全然ないじゃない」
とあまりにもあっけらかんと言ってのけた翔子に、さくらは言葉を失いかけた。
一見正論っぽいのだが、飛行機の事を知っている者であればこそ、その値が尋常でない事が分かり、今までの機体とは違う次元の物のように感じてしまうので、そうは思ってない翔子の態度が理解できないのだ。
さくらは元々の性格が大人しいというのもあり、飛行機に関しても保守的、悪く言えば臆病だった。
しかし臆病というのは飛行機乗りにとって決して致命的な欠点ではない。
臆病であるなら慎重で繊細で注意深く操縦する事になり、ミスや事故を少なくできる。特にテストパイロットとしては、むしろ歓迎すべき性格とも言えるのだ。
もちろんテストパイロットには様々な事態を想定して無茶な操縦を試みる大胆さも必要だ。故にかなり過激な機動ができる翔子が求められ、今日みたいに度々呼び出されては試験飛行を行っている。ただし翔子は大胆なだけでなく、天性に裏打ちされた慎重さ繊細さも持ち合わせているため、余人を以て代え難い才能としてより必要とされているのだが。
パイロットとしても翔子と対極にあるさくらだから、時に翔子の考えについて行けない事もある。しかし飛行機の事であれば、心の底から話し合えばいつも必ず分かり合えてきた。そこで妥協点を見つけるべく、さくらは妙な方向からのアプローチを試みたのだ。
「でも翔子?いくら翔子でも初練を最高速出した状態で着陸させる事はないでしょう?」
「もちろん。そんな怖い事はしないよ」
「ならそういう事なんじゃない?」
「それは違うよ、さくら。初練のフルスピードで着陸するのが怖いって言ったのは、初練の強度がそこまで強くないから、そんな事したら確実に壊れるじゃない。だから怖いって言ったの。それに対してその新型機は、その辺の強度計算は通ってるんでしょ? だったら何も心配いらないじゃない。何か航空隊の中じゃあ古参よりも新人の方が、着速 の速い機体を怖がらないって聞くけど、私達だってその新人世代だよ。なあーに心配してるの」
「むぅ…」
さくらの妥協点を見いだし、翔子に常識的な考えを分かってもらおうという試みはあっけなく空中分解する事になる。それどころか自分の方が引き寄せられてしまいそうになるくらい翔子の物言いは堂々としていた。いやそれ以上に理詰めで説得力があったからだろう。ホント飛行機の話になると、自分では信じられないくらいのムチャをするくせに、他人に対しては理にかなった意見を言えるのだから始末に負えない。
さくらは悔しいけどここで引くしかなかった。そんなさくらの気持ちなんて気付く事もなく翔子は更に持論を続ける。
「それよりもっと怖い思いしてるのは軍艦の水偵乗りや母艦乗り組みさん達だよ。速度こそそれ程じゃあないけれど毎日カタパルトで射ち出されたり、ワイヤに引っかけて叩き付けられるように着艦したりと、あれ実際やってみると、ケッコー怖いよ」と翔子は何気なくその両方を経験した事があるとカミングアウトした。
「ふぇえっ!? 翔子ってそんな事までやってたのっ!?」
「あれっ、これってさくらに話してなかったっけ…ま、いっか、2年も前の事だし」
相変わらずこの親友には驚かされる。自分が知っている限り、彼女は空軍が審査した戦闘機のほとんどに乗っている。中には明らかにバランスを欠いているものや、ムリな発注だったためかなりのキワモノな機体もあった。本職である成田基地の571試験飛行隊のメンバー(もちろんさくらも含む)でさえ乗る事を躊躇した機体すら乗りこなして報告書をまとめ上げている。が海軍の仕事にまで関わっていたとは、さくらも知らなかった。
大抵の事はお互い話し合っていたので、こんな結構な事を聞かされてなかった事に少し淋しさを覚える。しかし翔子は何を気にする風でもなく、海軍の手伝いに駆り出された時の大変さを語り出した。
「カタパルトで射ち出される時の衝撃って想像できる? 空母に付いてる最新式のやつはそれ程でもないんだけど、戦艦とかに付いてる火薬や火薬で蒸気を作り出すやつなんてスゴいよ。空戦時にかかるGとは違って、いきなり後ろからドーンと来るからね。これ続けてたらいつかむち打ちになるなと思ったもん」
「空母に降りるって大変だよ。丁度良くワイヤに引っかけてやらないと降りる事すら出来ないし、上手く引っかかってもギューッと首根っこ掴まれたみたいに急制動かかるから、体も機体も悲鳴上げちゃうよ」
「何て言ってても実際に空母とかに乗った訳じゃないんだよね。横須賀の飛行場にある試験場で経験しただけで」
「え? 何で海軍の試験をしたんだって? ホント、何でなんだろ。あの時は面白そうだと思って何も考えずに行ってきたんだけど、よく考えれば変な話だよね。私空軍のパイロットなのに」
などなど、到底空軍のパイロットが語る実体験とは思えない内容を、興奮しながら語る翔子。さくらはそれを時に本心からの、時に半ば呆れながらの相槌を打ちながら聞くしかなかった。自分のいる場所とは全く違う世界の話だったものだから。さくらがやっと口を挟めたのは、翔子の話がようやく一区切りした時だった。
「ためになったわ。と言うより純粋に面白かった、かな。翔子の話って相変わらず話し方も内容も面白いんだもの」
さくらは微笑みながらそう親友の話を評した。
もちろん危険なテストを行った事を聞いた時には心配で堪らなかったが、それも含めて笑い話であるかのように語る翔子に引きずられ、自分まで楽しくなってしまうのだった。そんな自分の話で喜んでくれている親友の姿に、翔子もまた嬉しかったのだが。
「それにしても艦上機って、随分脚が頑丈に作られてるのねぇ」とさくらが唐突に、しかししんみりと切り出した。翔子は最初何の事か分からなかったが、自分の話の延長だと気付くと、それに応える。
「まあ、普通の陸上機に比べれば、ってくらいかなあ。最近の飛行機ってみんな引込脚じゃない。固定脚に比べればその辺苦労するみたいだけど」
「でもあの華奢な『零戦』だって普通に空母に降りられるんでしょ? 私達が使っている『零戦』と違って、軽量化のために肉抜きを多用したあんな機体で」
「ハハ、後期型の『零戦』はそこまで肉抜きを徹底してないよ。多分陸空で使ってるのと変わらないんじゃない」
空軍の事しか知らないさくらは、海軍の『零戦』と言えば初期艦上型しか知らなかったようで、いらぬ心配をしていたみたいだ。
実家が飛行機製造メーカで、自身も無類の飛行機バカである翔子は、国内のものであれば大抵の機体の情報は持っている。だから知らぬが故に心配し、また妙な所で感心している親友がかわいくて、つい笑いが零れてしまった。
が次のさくらの一言で豹変してしまう。
「そうなんだ、だったら──あの機体も大丈夫かな。そんなに心配しなくても」
「ん? あの機体って、今日テストする機体の事!?」
翔子はテーブルに両手を叩き付けるように立ち上がると、さくらの眼前まで身を乗り出し、説明するよう目で訴えた。
「う、うん、その機体。あの機体は離着陸速度だけじゃなく、脚回りにも少し不安があって、離着陸に難アリと……」
「だァ~~。そういう事は早く言ってよ~~」
大声で嘆きながら先程立ち上がった時より勢いよく椅子に座り込んだ翔子。その分大きな音を立てたものだから、先程は近くの数人から見られただけだったのが、今度は食堂にいたほぼ全員から注目されてしまった。
さくらが立ち上がって騒いだ事を周囲に詫びを入れていたが、翔子の方は親友から聞いた新事実のショックから立ち直れないだけなのか、それともその事で新たな深慮に入ってしまったのか、天を仰ぎ見て動けずにいた。
「ほら、翔子も一緒に謝ってよ」
一斉に注目されたのが余程恥ずかしかったのか、さくらは涙目顔真っ赤でペコペコし続けていた。本心では一刻も早くここから逃げ出したいと思っているだろう。しかし翔子は立ち上がる気配もなく、それどころか、
「だったら私にも謝ってよぉ。隠し事してゴメンなさいって」
とダダをこねる始末。そんな親友の姿を少し情けなく思いながらも、これ以上恥ずかしい思いは御免だから、さくらは素直に従った。
「悪かったわよ、ごめんなさい。後でお詫びの品も渡すから、今はシャキッとしてよ」
「ホント?」
さくらの謝罪に翔子はぐずるのを止め、小首を傾げながら聞き返してきた。まだ座ったままだから、さくらに対しては自然と上目遣いとなる。こういう時の翔子は反則的にかわいい。同性のさくらがそう思ってしまうくらいに。多分狙ってやっている訳ではない。だからこそこの表情をされてしまうと何も言えなくなる、何でも許してしまいたくなるからズルいといつも思うさくらであった。
「ホントホント! 後で…夕方になったら酒保の新商品で、翔子の好きそうな物を渡すから、それで何とか」
「ホントっ!?」
ピタッと両手を合わせ、必死に謝罪している親友を見て、翔子は今度は喜びの聞き返しをした。そしてその確証が取れると、再び勢いよく立ち上がり深々と頭を下げ、
「お騒がせして申し訳ありませんでしたぁ」
と大声で皆に謝罪を行った。それはそれで迷惑だったのだが、これで静かになるだろうと、周囲の者達は理解した旨を示し、視線を外して自分達の食事を再開した。
「良かったね。みんな許してくれたみたいで」
「ちっとも良くないよ。明日から私、ここでご飯食べられるのかしら」
嬉しそうな笑顔の翔子とは反対に、さくらは苦々しい表情で親友に文句を言った。実際に出禁を食らう訳ではないが、しばらくの間は奇異の目で見られるかも知れない。そう思うと恥ずかしくて堪らないさくらなのであった。
しかし翔子は気にする様子もなく、話を出発点まで戻す。
「で、脚回りの不安って何?」
「ん? あ、ああ、あの機体ね。実は普通の機体より脚が長いの。でもこれ以上は言えない。決して意地悪で黙ってる訳じゃないのよ。ただあの機体は今までの機体とは一線を画するスタイルだから、あまり情報を与えず見せて驚いてもらえって、隊長達から言われてて……でも焦らされただけの事はあったと思ってくれるだろうから。今はこのくらいで勘弁して」
いきなり話を大きく変えられ少し反応が遅れたが、親友から向けられる熱視線に何の話だったかを思い出し、例の機体についてほんの少しだけ追加情報を出したさくら。自分でも言っているように、試験隊の隊長から情報をあまり伝えるなと言われているのだ。
試験隊の隊員達は万一の事を考え、スペックやその時点で分かっている問題点を共有してから試験を行っている。そのため報告書はその情報に沿ったものになってしまいがちだし、場合によってはそれ以上の忖度があったりする。
だから事前情報なしで乗ったからこそ言える忌憚のない意見。特に翔子の意見はあまりに的確、それも何の遠慮の一つもない。そういうのが聞きたくて隊長は、直接飛行に関する情報を話さぬようさくらに厳命していた。
しかし翔子を相手にしてしまうと、完全に黙っている事なんて出来ない。
彼女の無邪気というか純粋さ、そして飛行機に対する熱さが何でも話したい、情報を共有したいとさくらに思わせるのだ。
それ故命令と感情の間で苦しみ、話せるギリギリの内容までを話して、後は平謝りで許してもらうしかなかった。
その親友の必死に謝る、それも先程の謝罪とは異なる、本気で謝っている姿に翔子も気付いたのか、それ以上自分の「知りたい」でさくらを傷つける訳にはいかないと、自分特有の欲望を抑える事にした。
「分かったわよ。後は自分で見て触れて、そして乗ってあの子の事は探り出すから。その代わり最後に1つだけ、さくらの言える範囲であの子の事を教えて欲しいな。どんな事でも構わないから」
今回テストする機体については、いつも以上にガードが堅い。
それでいて茂原基地の段階で気にかかる事を聞いていたものだから、ついムキになって情報を引き出そうとしてしまっていた。普段からは考えられないくらいに。それでさくらを苦しめてしまった。親友失格だとまでは言わないが、ダメな友達だとは思いながら。
だから翔子はさくらの気が楽になるような質問をして、それでお終いにするつもりだった。しかしさくらから返ってきた答えは翔子の予想を大きく上回る、充分驚けるレベルのものであった。
「ホント最後だからね。例の機体、名前を『試製震電』って言うの」
「んんんっ!?」
予想の斜め上を行く答えに驚き、そして軽いめまいを覚えた翔子。あれだけ機体の情報をひた隠しにしていたものだから、呼称なんて絶対教えてもらえない。もしかしたら正式名称すら決まってないのかもと(翔子が勝手に)考えていたのに、それをあっさり親友の口から聞かされ、かえって反応に困ってしまった。
「さくらさあ、それって結構重要な事何じゃないの?」
「? そうかなあ、飛行機の性能とかに直接関係ないから言っても大丈夫じゃない? それに翔子だっていつまでも『あの子』とか『例の機体』って呼ぶのもなんでしょ?」
「でも『電』って言っちゃったら局戦だってバレバレよ。そしたら性能だって、速度や火力重視だとか航続距離が短いとか、何となく察せちゃうじゃない。ホントに大丈夫?」
「あ、まあそうだねえ。でもまあ翔子が黙っててくれれば問題にならないから、大丈夫でしょ?」
そう言うとさくらは片目をつむり「お願い」の意を示した。
そんな親友の態度に、試験隊の情報管理って大丈夫なのかなと不安を覚えた翔子だったが、思いがけず聞けたテスト機の名前に、その期待の姿が少しずつ見えだしてきた。
もちろん従来機と一線を画するスタイルをしていると言う事だから、シルエットは全然浮かんでこない。だが性能などに関しては、おぼろげながら彼女の中で固まってきた。
これはあくまで彼女の中のイメージだから実際の『試製震電』とはかけ離れているかも知れない。その事は翔子が一番分かっている。それでもイメージが出来てくれば翔子はいくらでも想像の翼を広げ、その空を自由に飛ぶ事が出来たのだ。
そしてその想像の翼を広げようとした瞬間、ごく基本的な疑問が浮かんできて、それを中断せざるを得なくなった。
「ところでさくら聞きたいんだけど。『シンデン』の『シン』の字って『新しい』の『新』? それとも『神様』の『神』?」
そう、彼女はまだ『震電』の字を知らなかった。その疑問にさくらは丁寧に答える。
「『震える電』って書いて『震電』なの。大気を震わしてとどろく電。それをもって敵の大龍である『B-17』や『B-24』、そしてもうじき現れると言われてる新型の重爆を打ち砕く。それが『震電』の由来よ」
それを聞くとみるみる内に翔子の顔が紅潮していった。
「大気を震わして轟く電……いいっ、それいいっ! なんて強そうな名前なの!? 想像していたのの何倍もカッコいいじゃない!」
『震電』の由来に子供のようにはしゃぐ翔子。瞳の輝きはどんどん強くなり、顔面の赤みも増していった。そして居ても立ってもいられなくなって、
「ああもうっ、考えてるだけじゃ物足りないっ。さくらっ、さっさと食べて『震電』に会いに行こっ!」
と叫ぶと残りのナポリタンをかき込んだ。
ナポリタンはすっかり冷めてしまっていたが、まだ充分美味しいと思えるレベルだった。もっとも今の翔子に味なんて関係なかったが。
「ちょっと待ってよ。翔子だって私が食べるの遅いの知っているでしょ」
親友の言葉にさくらは泣き言で反論した。
翔子はもう食べ終わろうとしているのに対し、さくらの皿にはまだ半分以上のナポリタンが残っている。今から急いで食べてもまだ10分近くかかるかも知れない。そうなれば今の親友の状態を見れば、大量のナポリタンを残したまま格納庫まで連れて行かれかねない。ナポリタンが気に入ったさくらからすれば、その事態だけは避けたかった。すると翔子が最後の一口をかき込みながら、
「らっふぁらわらふぃ、おふぁありしふぇまふぇるほ」と言った。
それを聞いてさくらが呆気にとられている間に翔子は最後の一口を呑み込む。そしてそれを水で一気に流し込むと、席を立ってカウンターに向かっていく。
「おかわり分は自分で払うから、心配しないでゆっくり食べてて」
歩きながらそう言った親友にさくらは別の心配をしていた。お腹の方は大丈夫なんだろうかと。
実は彼女達が食べたナポリタンは通常より盛りが多かった。これはさくらがナポリタン好きなのを知っている調理人が勝手にやったサービスなのだが、2皿で3人前の量が盛られていた。さくらは一見していつもより盛りが多い事に気付いており(流石に1.5人前とまでは分からなかったが)、嬉しい反面、こんなに食べてしまって午後の仕事をちゃんとこなせるか心配していた。
翔子だってそれくらい充分心得ているだろうに、おかわりなんかして大丈夫なんだろうかと不安を覚えたが、今は他人の心配ばかりしてはいられない。まだかなり残っている、冷めてしまってちょっと味の落ちたナポリタンを一所懸命口に運ぶのだった。
「お待たせ~」
さくらのナポリタンがようやくなくなりかけた頃、翔子が楽しそうに戻ってきた。トレイに2皿目のナポリタンとミニサイズのカツカレーを乗せて。
それを見たさくらは心配を通り越した憤りを口に出さずにはいられなかった。
「ちょっと翔子、本気なの! さっきのナポリタンだってちょっと大盛りだったのに!」
先程より更に盛りが増えたナポリタンと、通常の半分程の盛りであるミニカツカレーを手にご機嫌だった翔子には、さくらが自分を怒鳴る理由が一瞬分からなかった。がすぐに食べ過ぎだと心配してくれている事を理解して、自分なりの弁明をした。
「だって食べとかなきゃ乗り切れないでしょ? これからやるテスト。『震電』のテストって面白そうだけど、大変なものになりそうだからね。聞いた限りでは高性能だけどじゃじゃ馬っぽいもの。だったらこっちも体力つけておかないとね!」
「むむむ~~っ」
翔子の力説を否定しきれず、思わず唸ってしまうさくら。確かに翔子は今までたとえ直前まで文句を言っていたって、いざ飛行機に乗ってしまえば全力で行ってしまう。それに『震電』に対し、かなり興味津々の様子だ。しかも『震電』を乗りこなすのはかなり大変なんだろうと皆思っている。
これらの事を組み合わせると、体力をつけるっていうのは決して間違ってない。がそれは直前の今になってもできるのだろうか、普通なら前日までに行っておくものなのではと思うさくら。
それ故今ドカ食いして体力をつけようとしている親友の行動に納得がいかず、力説を肯定もできないまま、ただ悶々として唸るしかできなかった。
「あ、さくらはもう食べ終わりそうだね。今度は逆に私の方が待たせちゃうけど、すぐに食べちゃうから、お茶でも飲んで待ってて」
「…翔子ったら、まったく~~」
さくらの苦悩なんて気にもとめず、翔子は席に着くとまずカツカレーから食べ始めた。
「ん~~っ、カツとカレーって結構合うんだ~。ただボリュームを増すためだけだと思ってたんだけど、これはこれで美味しいね~。さくらも一口食べる?」
「もう、翔子~」
カツカレーの事も気に入った翔子は更に上機嫌で、カレー皿をさくらの方に差し出す。 その態度にさくらは泣きたくなってしまった。自分の心配なんて彼女にはまったく無用のものだった事に。これが天才と凡人の差なのかと改めて感じ、自分達のような一般人が覚えるような不安や心配などを適用するのは意味がないのであろうと思う。それでもやはり親友の心配をせずにはいられないさくらなのであった。
次話に続く──
ようやく『震電』の名前は出せましたが、まだ飛びません。
次話では多分大空に舞い上がると思いますが、その前に閑話休題を入れたいと思ってます。
ので空を翔る『震電』の姿はもう少しお待ちください。