第一章 5
「何だ、それは!? 戦とは何でもありでは無いんだぞ。人として踏み越えてはならない一線がある。それを忘れれば、殺しに酔った只の外道だッ!!」
「数万人……それが一瞬で焼き殺されたというのか?? 爆弾というのはよく判らんが、要するに大筒から放たれる玉だろう? 一発の玉で焼き殺したと??」
ざわめく一同。それに対しずっと黙っていた武蔵様が、落ち着かれい、と呟く。静かだが腹の底まで重く響く声に皆が押し黙った。
「幕府崩壊以後の改革では南蛮諸国と渡り合うのに間に合わなかった――四郎の話を一言で言うなら、そういう事だ。故にコイツは『今から改革を始めてくれ』と、この時代に生きる我等に頼んでいる。――だな?」
俺が頷くのを確認してから武蔵様はジロリと皆を見回した。
「……飢饉と会津の騒動、それが本当に発生したら此奴に協力し改革への道を作る。それで構わないか、御一同?」
「武蔵、お主はどう考えておる? 一発の玉で数万の人を焼き殺す……そんな武器が作られる時代だ。一振りの刀が役に立つ世ではないのは、お主程の男だ、察しておろう。おそらく武士は幕府と共に滅んでるぞ」
静かに語る柳生様。凄い。正確に未来を見通しているよ、この人。
武蔵様は頷き、
「だろうのぉ。だが、此奴の言を信じるなら……島原ノ乱の直前に時の坂を転がり落ちて来た此奴は、敗北を知っていたのに逃げ出さず、民を守ろうとギリギリまで苦悩してた。領地を、そして領民を守るは武士の役目。武士そのものは滅んでも、武士の魂は数百年先まで細い糸ながらも繋がっておるのではないか?」
「武士の魂……か」
紀州公が呟くように言い、深く息を吐いた。「――怨霊、一つ訊きたい。その数万の人を焼き殺す玉、作ったのは人か? それとも神か? ……化物か??」
「人です。信じたくないけど……信じられないだろうけど、人なんです。ただ……」
「『ただ』? 『ただ』何だ??」
「相手を……敵陣に居る者を自分と同じ『人』とは思ってなかった。宗教が違うから、肌の色が違うから――そんな理由で、です。蚊を叩き潰す感覚と言えば想像出来ますか?」
「……」
「そして島原に於いて、発端は松倉家の役人が庄屋の奥さんを水牢に入れた事です。その時、奥さんは……孕んでました。そんな事をすれば母子共に死ぬなんて想像もしなかったんでしょう。相手を同じ人だなんて思ってもいないから」
横で聞いてた雪ちゃんがつらそうに唇を噛み締め、視線を逸らした。
まあ、日本も戦時中は「鬼畜米英」なんて言ってたから偉そうな事言えないんだがね。
静かに息を吐いた尾張公が俺を厳しい目で見詰める。
「その改革とやらを進めれば、我等は違う未来を選べるのか?」
「判りません。連中に舐められない国を作れば――下手に戦を仕掛けたら痛い目を見ると思わせる国を作れば何とかなるんじゃないか、と……」
太平の世に甘えず国防の研究を深め、諸外国の情報を掴んで詳細に分析し、後世のように民の識字率を100%にして文化レベルも上げたい……。軽工業から重工業への発展の道筋も今から付けときたいし、出来たら商業も世界と貿易出来るレベルまで上げたい。
やりたい事は山ほどあるが、流石に一朝一夕には無理だろうな。でも道筋を付けるくらいなら……。