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久遠の螺旋 ~転生者天草四郎、怨霊となりて江戸の歴史を闇から操ります!~  作者: 冴月小次郎
 第十章 ――青葉の巫女 前編――
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第十章 5




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 松平上総介忠輝――徳川家康の六男にして、生まれた時に「色きわめて黒く、まなじりさかさまに裂けて恐ろしげ」(藩翰譜の記述)な顔つきだったとかで、家康が「捨てよ」と言ったとか。

 母親の身分が低かったから、自分が切腹させた長男である信康に似てたから、などと色々言われてるが真相は判らない。次男である秀康も似たような境遇だったから、おそらく、天下取りが為せるまでは子供だって自分の敵になる可能性がある、と冷めた目で見るように自分を律していたのであろう。実際、関ケ原以後に生まれた尾張義直や紀伊頼宣は猫可愛がりに可愛がってる。

 で、当の忠輝だが、粗暴な性格だったと言われており、その人生はかなり過酷だ。

 義直など弟達に比べて出世は微妙に遅く、大坂ノ陣以後は家康から会う事さえ拒絶され、更には家康が死ぬ間際には枕元に行く事さえ認められなかった。そして家康の死後、秀忠によって改易、伊勢朝熊に配流、更には信州諏訪城に幽閉……。

 ただ、川中島藩の藩主時代、各地の金山銀山を魔術的とも言える才で産出量を増加させた『天下の惣代官』こと大久保長安が付家老だったり、嫁がかの独眼竜政宗の娘だったり、家康が死ぬ前に形見として『天下人の笛』と呼称される野風の笛を贈られてたり、本当に父親と微妙な仲だったのか、疑問な点も多い。

「親子の仲が悪かったとか、兄弟の仲が悪かったとか、そういう話じゃないんだ」

 両腕を組んで考えをまとめていた光さんが静かに呟く。

「どういう事?」

「……恐ろしかったんだよ、叔父上の才が。そして叔父上も、自分がそういう目で見られてる事を承知していた」

 恐ろしい??

「叔父上は人を惹き付ける……。身分の上下関係無くな。ここ奥州の連中が今でも叔父上を慕ってるのを見れば、それは判るだろう?」

 ふむ。

 周りを見回すと、六さんを筆頭にこの村の年寄り達が苦笑いして肩を竦めてみせた。

 光さんは溜息を吐くと、杯を取って酒を呷り、

「改易、配流……そこに何があったかは俺の口からは言えぬ。ただ、そこまでされても叔父上が守りたかったのは……五郎八姫様だ」

 六さんも頷き、

「姫は切支丹ゆえ、周りがどれだけ勧めても再嫁する事に頷かなかった。上総介様を今も愛しておられるだろう」

 永遠の愛ですか?

 あれ??

「ごめん。上総介様と五郎八姫の間にお子は?」

「おらぬぞ。残念だがな」

 皆が首を左右に振る。

 うん、史実でも居ない。

「なら……上総介様に側室は?」

「おらぬが? あの方は『女は一人居れば沢山だよ』と、いつも笑っておった」

 再び皆が左右に首を振った。

 え? ちょ、ちょっと待てくれ。額に手を当て、必死に前世に読んだ歴史小説の内容を思い出す。

 確か……そう、確か側室が一人居たような……うん、男の子を一人産んでる筈だ。忠輝の配流後、その子はどっかにお預けになって、冷遇されたようで二十歳になる直前に自殺している。

 まさか……この世界線、そっから歴史が変わったのか??

 考えをまとめてる俺の横で、忠さんが髭をしごきながら「ちょっといいか」と呟いた。

 六さんが、何だ髭、と微笑む。

「髭って、おい……。そのお姫さんがアンタ等にとって重要な存在だというのは判った。で、そのお姫さんが何者かに攫われた可能性が高いってのも理解した。しかし……卑怯な言い方になるが、俺達にそんな話をされても困るぞ。右も左も判らないこの仙台の地で、俺達がそのお姫さんを見付けられるとも思えん」

 と、忠さんが俺の頭をゴツい手でガシガシと撫でる。

「こいつは島原切支丹の大将だった男。無理と判っていても、同じ切支丹であるお姫さんの窮状を見捨てる事は出来んだろう。だから代わりに俺が言ってやる。そんな話、俺等が乗り出す義理はない」

「……」

 六さんが、ふん、と微笑を浮かべて酒を飲み干す。

 一方、雪ちゃんが連れて来た壮年の男と老人は「島原切支丹の大将だった男」と聞いて目を見開いた。

「島原切支丹?? それってまさか……」

「……」

 ふむ。

「お初にお目にかかります。島原切支丹一揆の大将であった天草四郎――その怨霊でございます。それで、御二方はどちらさまで??」

 ニヤリと、出来るだけ不気味に見えるように笑ってみせる。――頭の上に置かれた手のせいで、怨霊というより中二病の困った奴にしか見えない、と後で気付いたが。

 雪ちゃん達と問題の二人が縁側に腰を下ろす。年寄りの一人が気を利かせて、それぞれの前に酒の入った杯を置いた。

 老人はそれに軽く口を付けると、

「拙者、松林無雲と申す。夢想願流の剣士よ。隣に座ってるのは仙台藩の剣術指南役に就いてる柳生権右衛門殿じゃ」

 と言った。

 柳生権右衛門殿、か。連也が繰っ付いてニコニコしてるところを見るに、江戸じゃなく尾張柳生かな。

 しかし、剣士の松林??

 どっかで聞いたような……。

「拙者の噂を知った上総介様が、是非とも仙台に呼び寄せるよう陸奥守様に吹き込んだのよ。『飛翔の何とかの中の人!』とか言ってな。意味はよく判らなかったが」

 飛翔の何とか?

 それって……ああッ! もしかして、十本刀の一人の事かッ!?

「飛翔の蝙也……って事はもしかして……松林蝙也斎殿ッ!?」

「へんや? うむ。たしか、上総介様もそのように拙者を呼んでいたな。どういう意味なのだ?」

 う~ん、信じて貰えるか判らないけど……。

「数年後、松林殿の武名を耳にした将軍様が『是非見たい』と仰せになります。で、将軍様の前で幾つかの剣技を披露する事になるのですが……その妙技に驚いた将軍様が『蝙蝠のごとき奴よ』と賞賛し、松林殿はその言葉を栄誉として蝙蝠の一字を取り『蝙也斎』と号するんですよ」

「ほう……。数年後、か。天草四郎――その正体は、世の先を見通し託宣を下す“くだん”のごとき物ノ怪、あやかしの類か?」

「いえいえ、通りすがりのただの怨霊でございますよ」

 笑ってそう言うと、間髪入れずに光さんが「そんな怨霊が居てたまるか」とツッコミ入れて来た。光さん、来世では吉本に是非入ってくれ。

「俺の事はともかく、一つ質問して宜しいですか、松林殿?」

「何じゃ?」

 今まで剣士の鋭い目をしてた表情が、ふわっと柔らかく微笑んだ。まるで昔話に出て来る『おじいさん』のようだ。――でも、十本刀……。

「噂に聞く松林殿の武技……九郎判官殿の鞍馬古流の影を感じるんですが、同じ流れなんですか?」

「さぁて、どうだろう喃。若い頃、諸国を廻って多くの剣士に出会った故、影響を受けているかと言われれば、そうとも言えるし……違うとも言える」

 パクリ疑惑を懸けられた作家さんの言い分みたいだ。

 連也と戯れていた柳生権右衛門殿が、ポン、と手を叩いた。

「松林殿、諸国を廻ったと言われましたが京、美作なども?」

「赴いたな。ふむ、美作……そうか竹内流か」

「ええ」

 二人だけで通じ合うな、こら。

 美作って武蔵様の生まれ故郷だよな? で、竹内流??

 忠さんに顔を向けると苦笑いを返された。

「『小具足』と言えば判るか? もしくは『腰之廻』とか」

「小具足……戦場での体術だよね? ああ! 古武術の本に竹内流柔術って載ってた気がする。開祖は確か……竹内久盛だっけ??」

 天文年間と言うから戦国乱世の頃に誕生した武術だ。柔術や居合、小太刀、捕縛術など様々な武術を網羅したものだったらしい。確か、平成の世にも伝承者が居たような。

 忠さんが、それだ、と言う。

「竹内中務大輔殿が愛宕権現より教授されたと言われているが、化身として現れたのは異人まれびと――天狗だったとか。あそこは修験者が多いからな。そして鞍馬も……」

 ああ、どっちも天狗……修験道から来てるのか。

「天狗昇飛び切りの術……だっけ?」

 何気なにげに修験道由来の技は多い。例えば十本刀が出て来る例の漫画でも使われた二階堂平法の奥義『心ノ一方』だが、これも修験道で言う不動霊縛法――いわゆる金縛りの術が由来である。

 甚君が俺の前に出て来て、真面目な顔して頭を下げた。

「天狗の話はまたいずれ、ゆっくり聞きますので……怨霊殿、どうか知恵を貸して頂けませんか? 上総介様は五郎八姫様を守る為に敢えて幽閉の身になったのです。それなのに姫様が何者かに拉致されたなんて聞いたら、怒りに我を忘れて幽閉先を飛び出して来ちゃいます。そしたら……」

「そしたら?」

「……」

 甚君が顔を上げて俺を見詰める。「――姫を慕う隠れ切支丹、そして上総介様を慕う下級藩士達、これらが上総介様を旗頭に連合して決起するかも知れません」

 つまり、叛乱が起きると?

 甚君がコクリと頷く。

「自分達はそう判断しました。姫を拉致した奴はそれを狙っているのだろう、と」

「ふむ。しかし、知恵を貸せ、と言われても……」

「怨霊殿、ほっし~さんに『北に騒乱の気配あり』と言われて何か思い当たるフシがあったのでしょう? それを話して頂けませんか??」

 雪ちゃんと顔を見合わせる。……ニコリと微笑まれた。

 話せ、と?

「う~ん……俺も詳しくは憶えてないんだが……ミー君が藩主を継いだ後、しばらくして親戚衆や家臣達から幕府に訴えが届く。藩主殿は藩政をほったらかしにして遊び歩いてるって」

「?」

「で、幕閣のお偉いさん――確か、酒井何とかだったと思ったが――から叱責されて、結局ミー君は強制隠居、訴えた親戚の代表が藩政を預かるんだが……また揉め事が起きる」

「揉め事?」

「藩の大多数は、その代表が『一時的に藩政を預かってるだけ』と解釈してたんだが、代表は『俺が藩主だ』的な意識だったのか、色々と改革を始めていき、改革に異を唱える者達を容赦なく処罰していった。反発する者達が増えていって、酒井何とかの耳にまで届き、最終的に江戸の酒井の屋敷に反発する連中の大将と、改革の実務を担当してた奴が呼び出されて審問となる。が、そこで……事件が起きた」

 事件? ――と六さんが鋭い目で俺を睨んだ。

「ええ、改革の実務を担当してた人間が、反発してた奴等の大将を斬っちゃったんですよ。でやぁーッ、って」

「ッ!!」

 刀を構えた仕草で六さんに振り下ろす真似をしたら、さすがに皆が目を丸くした。

「勿論、周囲に居た人間達によってそいつはその場で討ち取られました。上役たる親戚代表も責任を問われ、死は免れましたが家族バラバラにあちこちの藩へ永預かりとなり、事実上の御家断絶となります」

 この事件、本当にややこしい。

 江戸時代は歌舞伎などでこの事件がネタにされ、宗家乗っ取りを企んだ大悪人としてデフォルメされたが、近代に入って「本当に悪人だったのか?」と疑問符が付くようになった。山本周五郎の小説の影響も大きい。

 まぁ、この世界線で同じことが起きるかは不明だが。 

「上総介様が『伊達藩には地雷が埋まっている』と言っていた――と、伊賀の小僧より聞いたが……やはりお主も持っておるのだな? 上総介様と同じ知識を」

 六さんが口元に微笑を浮かべつつ鷹のような鋭い眼で俺を見た。

 それは歴史という意味ですか? それともサブカル系知識という意味ですか? ――と小一時間ほど問い詰めたかったが、それはともかく、これでようやく繋がった。

 光さんの依頼人であり甚君の主は現在、幽閉中であり……俺と同じ数百年後の世から転げ落ちて来た可能性が高い人物。

 そして、松平上総介忠輝は光さんにとって叔父に当たり、現在は信州諏訪のお城に配流の身。

 ならば……

「忠さん、手数料を取ろう」

「うん?」

「その攫われた可能性の高いお姫さん、忠さんの言う通り俺達が見付けられるとは思えん。でも、忍びである黒脛巾組が見付けられないってのは異常だ。これは、忍びが『入り込めない』場所に監禁されてる可能性が高いと俺は思う」

「どこだよ?」

「知らないよ。土地勘ないんだから。――そんな場所、心当たり有りません?」

 年寄り達に振ると、皆が顔を見合わせ両腕を組んで考え込んだ。

 暫く無言の状態が続き、やがて柳生権右衛門殿が、城ですな、と呟いた。

「ああ、成程。神域か……。確かに、あそこは藩祖の血筋以外の者は入る事を禁じられている。黒脛巾組とはいえ神域だけには入り込めぬ」

 松林殿が頷き、杯に新しい酒を注いで口に運ぶ。

 神域?

 俺や忠さん、雪ちゃん達が顔を見合わせ首を横に振る。どこ、それ??

 年寄り達に視線を向けると、「おお、成程」とか言って頷いてた。だからどこだよ?

「最初の青葉城よ」

 俺達をこの村に導いたお婆ちゃんが教えてくれた。

「最初の??」

「うむ。現在、山の中腹に二ノ丸が建設中だが、寝起きに不自由ない事から二代様はすでにそちらに住み始めている。藩祖様が築いた本丸は『神域』として、基本、正月などの特別な儀式の時以外は何人なんぴとも入れない」

 かなり怪しいな、と光さんが不敵な笑みを浮かべる。

「ちょっと行ってみたいな、とか言わんでくれよ。水戸家の次期藩主様」

「え? ここは皆で乗り込む流れだろう??」

 ……どんな流れだよ。

 ってか、伊達家にとって特別な場所に水戸家の御意向を翳して強引に乗り込んだら、アンタ、すげぇ嫌な奴になるぞ。ここが京都だったら箒を逆さに立て掛けられるか、ぶぶ漬けがキロ単位で出て来かねない。

 六さんが話を戻す。

「で、何を思い付いた怨霊? 手数料に何を払えばいい??」

「その神域に一人分の食事が運び込まれてるかどうか――例え入り込めなくても、それぐらいなら黒脛巾組で調べられるのでは? 外堀を埋めた上で、城内で何か騒ぎを起こして……その隙に、お姫さんを救出するってのはどうです??」

「誰が神域に乗り込む? この仙台に住まう者達は祟りを畏れて二の足を踏むぞ」

 と、忠さん。

「俺達が行こう。怨霊と友達付き合いしているアンタ等が、今更、祟りなんぞ気にしないだろう?」

 俺の言葉に忠さんが、ふん、と肩を竦めて苦笑いを浮かべる。

「何だよ、やっぱり皆で乗り込むんじゃないか」

 光さんがニヤニヤ笑いながら酒を自分の杯にそそぐ。

「いや、光さんは留守番」

「何でだよ!?」


「――騒ぎを起こすか、か。それだったら拙者が手を貸してやろうか?」


 庭に深編笠の武士が二人、それから付き従うように後ろに控える女が立っていた。夜なのに深編笠って……。

 いや、それより今の声って……もしかして……。

 三人が月明りの届く下まで出て来る。そして二人の武士が深編笠を持ち上げた。片方は見たことの無い武士だったが、もう片方は……、

「やはり、十兵衛さまでしたか……」

「よお、久し振りだな」

 隻眼の武士が唇の端を微かに上げ、ニヤリと笑ってみせた。

 はぁ……。

「千客万来ですな、怨霊殿」

 十郎兵衛爺ちゃんが、フォッ、フォッ、と梟みたいな声で笑った。因みに連也に半兵衛さん、それから権右衛門さんの柳生一族は額に手を当てて大きく溜息を吐いてた。



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