第十章 4
柳生十兵衛サイド 寛永17年(1640年) 八月 仙台某所 深夜
俺とあやめは少し離れた場所に潜み、奴等の居る神社を監視していた訳だが……あの老人の体術は圧倒的だった。人間離れしていると言ってもいい。あやめは真っ青な顔をして、ビクビクと震えてる。
「じゅ、十兵衛……さま……。あの老人は……一体……??」
「松林無雲、とあの伊賀の小僧は呼んでいたな? 確か、夢想願流という流派の創始者だ。俺も目にするのは初めてだが……とんでもない爺さんだな」
「剣士……なのですか? あれで?? あの体術、忍びの修行を積んだ私より遥かに優れておりますよ?? 正直、自信無くしそうです」
「大丈夫、俺もだから。天狗や妖怪の類いと言われても信じられるな、ありゃあ」
師は、あの新免武蔵殿とも戦ったことのある神道夢想流杖術の使い手、夢想権之助殿。しかし、杖術とあの剣はどうしても結び付かん。廻国修行中、様々な流派の剣技を目にし、研究して己の技へと昇華させていったのだろう。
「どうします? 連中が伊達藩に匿われたら……」
「いや、どうも話はそう簡単じゃあなさそうだ……。伊達藩には確か狭川のおっさんが雇われてた筈。一度、おっさんと繋ぎを取って藩内の状況を聞いた方が……」
うん? 殺気??
蒼い闇の中で白刃が煌めき、俺達の護衛として周囲を警戒してた甲賀衆が二人、声も出さずに倒れる。……倒れた先には、白髪交じりの初老の武士が右手に刀をぶら下げて、まるで最初からそこに居たかのように佇んでいた。
「ッ!?」
あやめが咄嗟に棒手裏剣を取り出し構える。
初老の武士は刀をぶら下げたまま、滑るような足取りで前に進んだ。
「ヤッ!」
気合一閃、あやめが棒手裏剣を打った。初老の武士の喉笛目掛けて放たれたそれは、突き刺さる寸前であっさり弾かれる。
「うん? その太刀筋……その顔……お主、新左か? 狭川新左か??」
「拙者の名を知っている? どなたですか??」
初老の武士が歩みを止め、怪訝な表情を浮かべた。
あぁ、俺達、まだ身を潜めたままだったな。
「……あやめ、このおっさんは大丈夫だ。親父殿の高弟の一人で、名を狭川新左衛門。餓鬼の頃、道場でよく虐められたもんだ」
そう言って姿を見せると、狭川のおっさんが目を丸くして驚いた。
「十兵衛様? 十兵衛様ではありませんか?? 何故、仙台に?? ……と言うか老けましたな、十兵衛様も。充分、貴方様も『おっさん』ですぞ」
やかましいよ。
「なら、そっちは『爺さん』だな。――もしかして、おっさんまで隠密狩りか? 一体、伊達藩で何が起きている??」
「ここではちょっと……。拙者の屋敷まで来て頂けますか、十兵衛様? そちらのくの一殿も一緒で構いませぬので」
狭川のおっさんは太い眉を寄せて眉間に皺を作ると、周囲を警戒しながら呟いた。
ふむ。
あやめに視線を向けるとコクリと頷く。どっちにしろ繋ぎを取ろうと思ってたところだし、噂をすれば何とやら……いや、渡りに船か?
天草四郎サイド 寛永17年(1640年) 八月 仙台某村 深夜
1
温泉から上がり、着替えた俺達は与えられた屋敷で『ドン・フィリッポ・フランシスコ』と名乗った爺さんと向かい合って座っていた。
酒の注がれた杯をちびりちびりと舐めている爺さんの後ろには、村の主だった連中がニヤニヤしながら控えている。完全に悪戯が成功した悪ガキの表情だ。
「おい、怨霊。この爺さんは何者なんだ? 日ノ本の民のくせに何故、南蛮人みたいな名前を名乗ってる??」
忠さん、そんなにイライラしないで。殺気がちょっと怖い。
「独眼竜殿が南蛮に使者を送った話は聞いたことあるでしょ? その使節団の大将だった御方だよ。さっきの南蛮人みたいな名前は洗礼受けた時に貰った名前。ああ、南蛮で来た記念にって貴族の称号を貰ってたか」
「ッ!! ……ま、まさか……」
皆が目を真ん丸にする。
「そう、支倉六右衛門殿。――もう死んだと聞いていたが、まだ生きていらっしゃったんですね?」
「幕府が禁教令が出した以上、儂が生きていたら藩に迷惑が掛かるじゃろう? だから死んだ事にして、ここ……老いて働けなくなった黒脛巾組の者達が住む隠れ里に厄介になっておる。お主と同じじゃよ、怨霊殿。いや……天草四郎殿」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる爺さん。切支丹って言うより、スパイ組織か特殊部隊のリーダーって面構えだな。
そう言えば、伊達政宗が使節団を派遣した目的は表向き貿易振興、本当は天下取りへの協力支援を要請する密約締結が狙いだった、という説があったな。そう考えると派遣した爺さんが『特攻野郎Aチーム』のハンニバル、もしくは『スパイ大作戦』のジムを思わせる風貌ってのは判る気がする。
……平成の世だったら、ネタが古過ぎて逆に判らんわ、ってツッコミが来そうだが。
しかしこの村、黒脛巾組の老人ホームだったのか。
となると、仙台城を眺めてる時にお婆ちゃんが話し掛けて来たのも偶然じゃないって事になる。もう、どっから驚いていいのか判らんよ。
六右衛門殿が頭を下げる。
「芋の件、礼を言う。今から探してたのでは間に合わず、今年の冬には餓死者が出てたであろう。本当に助かった」
「いえいえ、頭をお上げください。勿論、只ではありませんので。ってか、黒脛巾組の指揮官は貴方なのですか?」
「いや、儂はただの隠居ジジイ……違うな、お主と同じ死人じゃ。指揮官とかそういうのには就いてない。まあ、気に入らない事があれば口を出すし、時と場合によっては手も足も出す。それだけじゃよ」
それだけって……昭和の頃、下町に存在したカミナリ親父か、アンタ?
後ろに控えてた年寄り共が、んだんだ、と笑って立ち上がり、皆に酒を注いで回る。
「儂等はもう、一線で働けるだけの体力は無い。じゃが、積み重ねた経験ゆえに“鼻”は利く。藩内に植えられた“草”がここ最近、ざわざわしておっての」
「草?」
「大目付、柳生但馬守様が各藩に植えられた“草”よ」
ああ、そっちの“草”ね。
年寄り共が言うに、“草”がざわめき、そしてあからさまに怪しい俺等が出現、それと前後するように幕府の放ったと思われる隠密――甲賀衆が藩内に潜入した。
何かが、この伊達藩に起きようとしている……。
六右衛門殿と年寄り共はそう察し、藩のお偉い人に話を通して俺達と接触する事にした。同時に、そのお偉い人は黒脛巾組の若い者達に隠密狩りを命令したらしい。
「隠密狩り? 六右衛門殿、実際に何か事件が起きたのですか?」
「儂とお主は同じ切支丹であり、また同じ死人。だから腹を割って話そうと酒を酌み交わしてるのだ。固い言葉は使うな」
「ふむ。なら……六さん? 平成の世に居た料理の名人みたいだが」
俺の言葉に年寄り共は「おお、それはいい」と笑い、光さんは飲んでた酒を吹き出した。
「で、六さん? 何か事件が??」
「うむ。それは……」
「――四郎様。ここ暫く、“五郎八姫様”の御姿を見た者が居ないそうです。最悪、どこかに監禁されてる可能性があります」
へッ!?
庭に面した障子を開けると、そこには雪ちゃん達が居た。見たことのない背すじがピンと伸びた老人と壮年の男性が一緒に居る。誰?
「え~と……“五郎八姫”って? 六さん」
「殿貞山禅利大居士様……お主には、独眼竜政宗様と言った方が通じるか。その娘御よ」
雪ちゃんと一緒に情報集めに出てた甚君が一歩前に出て、そして、と続ける。
「我が主、松平上総介様の御正室であり……怨霊殿が島原でそうであったように、この東北の地に隠れ住む切支丹達の心の支えであります」
はいぃぃ??




