第十章 1
半年も時間かかってすいません。
どうやっても一章では収まらないので、『前編』とさせて頂きます。
……何でこんなに時間かかったのか?
俺が仙台に行った事ないからです!(涙)
天草四郎サイド 寛永17年(1640年) 八月 仙台
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「すごい……」
呆然と前方を眺めてた山伏姿の雪ちゃんが感嘆の息を漏らす。
まるで地の底から湧いた瘴気のような灰色の雲が天を覆い、その下には絶壁を背後に背負う形で建設された山城――青葉城とも仙台城とも言われる、かの独眼竜政宗公が作った美の結晶――がそこにあった。
二代藩主によって山の中腹に二ノ丸が建設され、政宗公が作った本丸は儀式専用の特別な場と設定されたようだが……。
「竜ノ口峡谷が無く、逆に天守が威風堂々とそびえていたら、かの安土城を思い起こさせますな」
「うむ。『我こそが覇王信長公の後継者』と宣言してるかのようだ」
十郎兵衛の爺ちゃんと忠さんが両腕を組んで感心している。アンタ等、見たことあるの安土城?? 確か、山崎ノ合戦の数日後、天主と本丸が焼け落ちたらしいんだが……。
安土城は勿論、この仙台城も平成の世では『城跡』でしかない為、在りし日の姿をこうやって観る事が出来たのは時代劇マニアとして感涙ものだ。カメラがあれば……。日光写真って、この時代じゃあ再現出来ないかな?
「誰かさん達のせいで、ここまで来るのに苦労しましたけど……この光景を観る事が出来て報われた思いです」
流し目で雪ちゃんがこちらを睨む。
俺と光さんは顔を見合わせて「だからごめんって」と手を合わせた。
――
日光を去る前、俺は大僧正に江戸の町に張られた守護結界について質問した。
寺社仏閣の並び方がまるで星座を地に写したかのようだ。これは何か意味が込められてるのではないか? ――数百年後の世の者達がそう議論していると言い、俺も興味あると伝えたのだ。
「……ふむ。教えてもよいが、拙僧の下で10年は修行を積んでもらうのが条件だな」
皺深い顔で意地悪く笑う。
さすがに10年は……。諦めかけたのだが、この大僧正、いいところでこちらの好奇心をくすぐってきやがる。
――不忍池は琵琶湖に見立てたもの。ならば、そこに祀られる神は判るだろう?
――竹生島……弁財天ですか??
――うむ。関東に於いて弁財天と言えば江ノ島だ。
――ああ、鎌倉の……。でも、それが江戸城の守護結界に関わってるんですか?
――江戸城を最初に築城したのは太田道灌公だが、その故事は知らぬのか?
――乗ってた船に『九城』って魚が飛び込んできて、これはこの地に居城を築けという神のお告げに違いない、ってやつですよね??
――うむ、それだ。さて、太田道灌公は船に乗ってた訳だが、はてさて、公は船に乗って何処に行ってたと思う?
――まさか……江ノ島ですかッ??
――そして、この日光の地にも……ふふふ、こっから先を知りたければ、我が膝下で修行せよ。
ファウスト博士を魔道へと誘ったメフィストフェレスもきっと、こんな妖しい笑みを浮かべていたんだろうなぁ。
あうあう言って誘惑に抗ってた俺の腕を、雪ちゃんが身を乗り出して掴んだ。
「駄目です! 四郎様は渡しません!!」
「ッ!!」
……反対側の腕を半兵衛さんが掴んでコクコク頷いてる。
沢庵様と名人がその光景を見て大笑いした。
「これはこれは……。大和尚、下手に此奴を寺に入れたら、洩れなくそこの者達まで付いて来そうだぞ? 毎日、大騒動が起きて修行どころではなくなる」
「そうみたいじゃのう。諦めるとするか。くくく……」
くうぅぅ。江ノ島、不忍池、そして日光の三ヵ所に弁財天が?? それにどんな意味があるんだよ?? 気になるぅぅ。気になるぅぅ。
――
さて、日光から北に向かった訳だが、那須与一に所縁ある神社を経由した際、殺生石に光さんが興味を持った。
「怨霊、金毛九尾ノ狐って本当に居たのか?」
「いやいや、さすがに実在はしないでしょう。尻尾が九つある狐なんて」
「でも、あの辺りに下手に近付くと祟りで死んじまうって、昔から言われてるぜ?」
「火山性の有毒ガスでも出てんじゃないかな?」
「ゆう……どく……何だって??」
「有毒ガス。毒の混ざった空気だよ。火山のあるところって、よく地下から温泉が湧いてるでしょう? 同じ理屈で地下からよくない空気が漏れ出て来る事がたまにあるんだよ」
「それが祟りの正体かッ!?」
驚愕した光さんが大声を出したので、偶々(たまたま)参拝に来てた老人がその声に驚き、危うく転げそうになった。半兵衛さんがダッシュで老人に近付き、敷石に後頭部を打つ寸前で右手を伸ばして支えてあげる。
「うちの馬鹿が驚かせてしまって、本当にすいません」
……光さんのオカンですか、貴女は?
九尾ノ狐については正直、俺もよく判らない。
妖怪として見たら、かなりの大物だ。某漫画では京妖怪のボスで、妖怪のクオーターである主人公と死闘を繰り広げてた。
漫画はともかく、神道では狐は稲荷神の使いとして神聖視されており、陰陽道では安倍晴明の母親が白狐で、修験道では飯綱明神が白狐に乗っている。俗に飯綱使いと呼ばれる術師は竹筒に封じた狐の精霊――これを管狐と言う――を操り、奇瑞を為すとか。……まあ、飯綱の使い手は外法使いのイメージもあるのだが、これは狐が昔話で『人を騙す悪戯好き』というテンプレ的悪役を振られたのと関係あるのかも知れない。
他にも九条植通の逸話や上杉謙信の兜など、飯綱に関しては色々と興味深い話もあるのだが、そっちに行くと九尾ノ狐から話がズレていくので割愛する。
問題は九尾ノ狐のモデル、つまり正体は妖怪だとされてしまった女性、玉藻ノ前だ。
中国の古代王朝、殷を破滅させた妖女妲己の正体である九尾ノ狐が日本に逃げて来て、今度は玉藻ノ前として鳥羽上皇に取り入り……と語られているが、玉藻ノ前という名前の女性は俺の知る限り史実に存在しない。が、「珠(=宝玉)のごとき」という意味だとしたら、一人だけ該当する人物が居る。美福門院得子だ。
父に溺愛されて――それこそ目の中に入れられて――育ち、「この子はそこいらの男になんぞ嫁がせん!」と言わしめた美少女。
鳥羽上皇に見初められて寵愛を受け、何人か子を産む。そのうちの一人が後の近衛天皇な訳だが、ここからがややこしい。上皇が崇徳天皇に「この子を皇太子にしろ」と迫ったのだ。崇徳天皇としてはイラっとしただろうが、父には逆らえず、渋々、了承した。出した条件は、その子を自分の養子とする事。これなら父さえ死ねば、自分は上皇として院政を敷いて権力を取り戻せる。
が、立太子の儀式が済んだ後に驚いた。皇太子ではなく『皇太弟』とされていたのである。弟では、自分が上皇として権力を取り戻す理論武装が薄くなる。――保元ノ乱への種子が撒かれた瞬間だった。
実際問題、得子自身にどれだけ発言力があったか不明だ。でも、保元・平治ノ乱を上手い事立ち回って生き残る事には成功してるので、頭のキレる女性ではあったと思われる。
で、だ。見ようによっては権力者(鳥羽上皇)に取り入り、すでに後継者と決まっていた本妻の子(崇徳天皇)を強引に廃して自分の産んだ子(後の近衛天皇)を後継者にさせた……ように見えなくもない。いや、ゴシップ好きの庶民からしたら、そちらの方が判りやすい流れだろう。
ネット小説によくある悪役令嬢ものに出て来るヒロインみたいだな――と、ツッコミたくもなるが、ざまぁは悪役令嬢からではなく死後に庶民達からされた。戦乱を起こし、平安時代を終わらせ武士の時代(平清盛の登場)を到来させた妖女……妖怪『金毛九尾ノ狐』にされてしまったのである。
「な、何ですか、それッ!? 得子さん、可哀相ですよ!!」
雪ちゃんが憤慨し、その後ろに居た半兵衛さんも首を何度も縦に振って頷いている。何故か半兵衛さんが助けた参拝客の老人が側に居て、滂沱の涙を流してた。
「い、いや、ね? 落ち着いて。これはあくまでもフィクションであり、登場する団体、個人は……」
「何、意味不明な事を言ってるんですかッ!?」
「彼女自身にどれだけ発言力があったのか、俺にもよく判らないんだよ。それにどっちかと言うと、京から追放された崇徳上皇の方が死後、最強の怨霊として畏れられているし」
十郎兵衛爺ちゃんが顎に手をやり、ふむ、と呟く。
「確か……『日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし、民を皇となさん』でしたか」
「そう、それそれ」
「平清盛殿から始まる武士の天下で徐々に権力も銭も失い……建武中興で一時は権力を取り戻すも、南北朝の並立で更に世は乱れ……そして応仁ノ乱以降、京の衰亡は目を覆わんばかり……」
「とどめは、戦国乱世を制覇し天下統一を為した太閤秀吉の出自かな」
俺がそう言うと、別木さんが肩を竦めて苦笑いする。
「猿顔した織田家の足軽ふぜいが出世して太閤に……まさに『民を皇となさん』という崇徳さまの呪いとも予言とも取れる言葉が実現した訳ですな。怨霊殿から見たら、まさに大先輩の偉業」
大先輩言うな、こら。
この寛永から見たら未来になるが、明治天皇が即位してまずやったのは、讃岐の崇徳上皇の墓所に勅使を派遣する事だった。政治的パフォーマンスなのか、それとも本気で祟りを畏れての行動なのか、俺にも判らない。
参拝客の老人が深く息を吐く。
「……判りました」
え、え~と……何がでしょう、御老人??
「政の世界で海千山千の男達を向こうに回しての駆け引き、それを何とか生き残って天寿を全うしたのに、死んだ後に妖女として……いやさ、妖怪などという汚名を着せられた悲しい女子。せめてこの村では、男達に翻弄されるも必死に生きた女として語り継ぎましょう!」
ご、御老人??
「ええ、そうですとも! 必死に生きてきただけなのに、人扱いされないなどあっていい訳がない!! それを是とする者が居るのなら、その者こそまさに心が“鬼”なのでございましょう!! 鬼は退治されるべきです!!」
なんかエキサイティングしちゃってるんですけど、何かあったんですか??
御老人の言葉に感銘を受けたのか、雪ちゃんが御老人の手を握り「そうですとも」と何度も頷いている。
苦笑した連也が俺の腕を人差し指で突ついた。
「……いいの、兄ちゃん?」
「まあ、女の幽霊・妖怪話の裏には大抵、悲しい物語が隠されてるもんだし……姑獲鳥とか……誰か一人くらい、その悲しみを語り継ぐ奴が居てもいいだろう」
大僧正の出版事業が軌道に乗れば、史実よりも早く民衆の識字率が上がって八犬伝などの読本ブームが来るかも知れない。幽霊・妖怪を単純な悪役にするのではなく、闇に堕ちざる得なかった悲しみを描き、「本当の悪人は誰だ?」ってところまで掘り下げていけば、数百年後、幽霊・妖怪達は平和に墓場で運動会を開けるだろう。
「幽霊・妖怪にならざる得なかった女達の悲しみ……かぁ。うちのお袋も何かそういう因果、背負ってるのかなぁ」
お袋さんを妖怪扱いかい、連也?
光さんが、へっ、と肩を竦めて苦笑いし、
「だから男は女を可愛いと感じ、抱き締めたくなるのさ。守ってやろうとな。親父さんもきっとそうだったと思うぜ、尾張の麒麟児?」
その言葉に半兵衛さんが皮肉気な笑みを浮かべる。
「さすが……吉原に入り浸って女遊びにふけってた御方が言いますと、説得力がありますねぇ」
「何でそう、俺にだけ当たりが厳しいんだよ、お友さんッ!?」
……お約束になって来たな、この二人のコミュニケーション。
――数百年後、ある人物がこの那須の地で幼少期を過ごす。大人になったその人物は東京に出て出版社に就職、編集者として働きつつ自らも時代小説を書き始めた。
毎回、弱きを助け強きをくじく、勧善懲悪のそのストーリーに周囲はワンパターンと言って笑ったが、作品は何度も映像化されて主人公は多くの人に愛された。
果たして、目の前の老人が語り継いだ伝承が、そのある人物にどれだけ影響を与えたかは判らない。
その人物の筆名は山手樹一郎。そして作品の主人公は……『桃太郎侍』と呼ばれている。




